198.二人だけのディナー
「――なんだぁ? まだまだ話したいことがあんだぞ」
陽が落ちてきた。
赤い空の下、そろそろ夕食時である。
侍女リンコが「もうすぐ夕食です」と告げた。
その瞬間、ようやく場が動き出した。
「二人分しか用意してない」と言われ、不満げなゼオンリー。
そんなゼオンリーを素早く確保するダリオ。
そして、クノンとミリカだけを夕食の席へと促すローラ。
食事は家の中に用意されているはずだ。
――この時、ゼオンリーは悟った。
こいつらいつの間にか打ち合わせをしていたな、と。
だが、こうも思う。
――俺の弟子は俺のこと大好きだから果たしておまえらのつまらない企みに従うかな、と。
まあ、従うのだが。
「お、おい」
ダリオに捕まり動けないゼオンリーに、クノンはさっさと背を向けた。
「――師匠、夕食のあとでまた話しましょう」
と言い残して。
ゼオンリーが策謀に気づいた瞬間。
クノンもまた気づいたのである。
そして、迷うことなく判断した。
この件に関しては師匠は後回しだ、と。
紳士としての判断である。
さりげなく肘を出すクノン。
さりげなく寄り添うミリカ。
久しぶりに会ったとは思えない。
それほどまでに、二人の動作は自然だった。
クノンはミリカをエスコートして行ってしまった。
「チッ、あの野郎……俺より女を取りやがった」
「拗ねるな」
「拗ねてねぇ!」
ゼオンリーは鬱陶しそうにダリオの腕を払う。
追いかけるつもりまではないようだ。
「――ダリオ様、後はよろしくお願いします」
ローラはミリカの護衛兼侍女なので、傍を離れられない。
「はい、後ほどまた来ます。行くぞゼオン」
「チッ」
男たちを敷地の外まで送ると、ローラも家の中へと向かった。
ここは庶民の家である。
貴族や王族からすれば、テーブルもかなり小さい方だ。
やってきたローラが見たのは、そこに着くミリカとクノンの姿だった。
だが――
「気分だけですが」
と、リンコはグラスに食前酒代わりのジュースを満たす。
見た目だけだけなら、葡萄酒そのものだ。
テーブルは狭いが、しかし。
子供のカップルが着くのであれば、ひどく似つかわしく可愛らしい。
「……ふむ」
そして向こうの使用人。
意外と言えば意外。
元は侯爵家の使用人であるから、意外じゃないとも言える。
給仕するリンコの振る舞いは、貴族の使用人そのものだ。
ギリギリ及第点のような動作もあるが、許容範囲内である。
ローラはこの場では何もしないことにした。
きっと手伝いは必要ない。
だから、ただ気配を消して、見ているだけにする。
本当なら二人きりにしてあげたいが、立場上そうもいかないのだ。
「――この再会と、あなたと過ごせる貴重な時間と、あなたの美貌と平和に。あと健康とか色々に」
「――ありがとう、クノン君」
チン、とグラスを鳴らして。
二人だけのディナーが始まった。
穏やかかつ和やかに、ゆったりと時間が過ぎていく。
こんな場所で、というのも少々失礼かもしれないが。
なかなかのメニューだった。
「――それで、手紙にいっぱい書いてあった女性の話なんですけど。全員友達なんですよね?」
「――そうですよ。こんな僕に好くしてくれる、大切な友達です。たくさんいますよ」
前菜から出てきた皿は、高級レストランで給されるようなヒューグリア料理だ。
味までは食べていないからわからないが。
見える範囲では、非常に美味しそうだ。
そして、二人の会話は弾んでいる。
「――一番仲のいい女友達って誰ですか?」
「――一番かぁ。選べないなぁ。みんな殿下と同じくらい魅力的だからなぁ」
「――は? 同じくらい?」
「――殿下は婚約者だから、僕の中ではちょっと立ち位置が違うんですよね。比較する対象の中にいないというか。あなたはいつだって僕の特別ですから」
「――あ、ふうん……そうですか」
会えなかった時間を埋めるように。
話題が尽きることはなかった。
正直ローラは、クノンの綱渡りのような発言に興味津々だ。
だが。
話すべきことはそれじゃないだろう、ともローラは思っている。
ミリカは真っ先に話すべきことを話していない。
いや。
話すかどうか、きっとまだ迷っているのだ。
まあ、クノンの女性関係周辺の話も、するべきだとは思うが。
必ず手紙に書いてくるくらいだし、隠す気もないようだし。
どういうつもりだ、と。
しかしそれとは別の話だ。
あの件については、ミリカに一任されている。
クノンに伝えるかどうか。
これに関しては二人の問題だ。
だからゼオンリーも口出しはしないと約束した。
ディナーの時間は長かった。
結局、ミリカは話さなかったし、話すかどうか迷う素振りも見せなかった。
「――強いて言うなら、その聖女という方が一番仲がいいと?」
「――共同で仕事もしていますからね。仲で比べるのは無理だけど、過ごした時間は彼女が一番長いと思います」
「――ふうん。へえ。そうなんだ」
――今からおよそ半年ほど前、ミリカはヒューグリアの王城を出ている。
もう王都には住んでいないのだ。
クノンの手紙は届いている。
一旦グリオン家に届いて、経由してくるからだ。
そうでもしないと、まともにミリカの元に届くかどうかわからない。
だからそうしようと、最初に決めた。
それが幸いだった。
おかげで城を出たミリカに、今も問題なくクノンの手紙は届いている。
グリオン家当主アーソン・グリオンが伝えていなければ。
クノンはまだ、その事実を知らないはずだ。
まあ、クノンから微塵も話題に出さなかったのだ。
きっと知らないままなのだろう。
まだ時間はある。
ミリカが話すか否か。
どんな結論を出すのかは、彼女にしかわからない。
「――その聖女という方に挨拶しておきたいんですけど」
そっちの話の結論は出たようだが。





