197.テーブルの世界と、外の世界と
「て、天才……っ!」
クノンは慄いた。
さすが我が師、非凡なる発想だ、と。
「ああ、確かに俺は天才だ。
でも今回はおまえのミスな。たまにつまんねぇミスするよな、おまえは」
しかし言葉を返す師は、少々嫌な顔をしていた。
早速、ゼオンリーが作ったという魔建具の家――の、縮小版を見せてもらった。
誰かに魔建具を見せる際、必要となるものがある。
それは場所だ。
ある程度のスペースがないと披露できない。
ゆえに、ゼオンリーはテーブルに乗るくらいの縮小版も用意していた。
まあ、そこまではいい。
クノンらも雛型の開発は縮小して行っていたので、これはわかる発想だ。
しかし、その次が違う。
「いやあ、下に発生するっていうのは盲点でした」
クノンたちが作った魔建具は、術式の上に家ができる。
形状そのまま、術式を敷物にしてしまうのだ。
だがゼオンリーが持ってきたものは、術式の下に家ができる。
当然、魔建具は家の上に残る。
つまり、使用後に魔建具を回収できるということだ。
何せ術式の下に家ができるなら、魔建具は家の上に乗る形になるから。
そう。
屋根から発生する土の家なら、こんなこともできるわけだ。
土属性をよく知らないクノン。
そして土魔術師としてまだまだ未熟なセララフィラ。
こんな二人が開発しただけに、確かにつまらないミスがあったわけだ。
どこからできようと、家になるならそれでいいのに。
律儀に足から作る理由もないのに。
ゼオンリーほどのベテランが見たら、一目で看破できたことなのだろう。
――この技術を使えば、術式を描く板か紙は、耐久性を必要としなくなる。
いきなり技術が躍進した。
やはり、さすが師だな、とクノンは思った。
そして。
「家もすごいなぁ」
テーブルの上にある小さな家は、土作りとは思えない屋敷である。
木目調の細工で、歴史を感じさせるアンティーク調。
だが、全部土でできているのだ。
言われたってわからないくらい、精巧かつ精緻。木目がリアルだ。
どこぞの高位貴族の家のインテリアとして置かれていても、何も不思議じゃないくらい素晴らしい出来だ。
師の腕はやはりすごい。
しかもこれは縮小版。
実際はかなり大きな屋敷のはずだ。
「住む家としては論外だけどな。面白くてついついこだわっちまった」
「そうですか? 永住できそうですけど」
「無理だな。所詮土だぜ。それに数日経ったらなくなっちまうしな」
この土作りの家は、二、三日ほどで解除されるのだ。
「期間は伸ばせませんか?」
「ある程度は伸ばせそうだ。改善点はいくつも見つけた。
だが、これは数日しか持たないからこそ価値があると俺は思うぜ。
こいつが持つ寿命って点は、短所でもあるが長所でもあるからな。そういうものと割り切った方が使いやすい気がする」
そういうものか、とクノンは納得する。
「ここまで来る旅の間は、もっぱらこっちに泊まってたぜ」
「あ、シンプルな平屋。師匠はこんな家も好きですか?」
「好きっつーか、結局癖のない家の方が使い勝手はいいと思うぜ。デザイン重視は地味にどこか我慢して住んでる感があるしな」
クノンとゼオンリーの話は止まらない。
そして、そんな二人を楽しそうに眺めるミリカ。
そのテーブルだけは別世界のようだ。
「――ちょっといいですか?」
そんな別世界を、外の世界から見ている者たちがいた。
騎士ダリオは護衛として近くに立ち。
ミリカの使用人であるローラも、ダリオの隣に待機していた。
そんな二人に、お茶を出してしばらく様子を見ていた侍女リンコが接触する。
「夕食はどうしますか? こちらで用意した方がいいですか?」
クノンから簡単に「僕の大切な人たちだよ」と紹介はされた。
だが、それ以上のことをリンコはまだ聞いていない。
ミリカのことだけは察しがついたが。
――これが噂の王族の許嫁か、と。
正真正銘のお姫様だ。
確かに美しい女の子だ。
あとどことは言えないが健康的だな、と思った。
貴族女性は儚い雰囲気があるものだが、ミリカはどこかたくましい気がした。
まあ、それはさておき。
客人のいる前で、無遠慮にクノンに声を掛けるわけにはいかない。
雇われ者として主は立てねばならない。
普段はともかく。
「ああ……どうしましょうか、ローラ殿?」
あくまでもダリオは護衛だ。
スケジュールの決定権を持たない。
「そうですね、後ほど伺ってみますので。少しお待ちください」
ローラはそう答えた。
一応、この面子ではミリカが一番上の立場になる。
今は口出しできそうにないので、折を見て意向を聞いておくことにする。
「わかりました――あ、これは独り言ですが」
「「…?」」
リンコは二人に背を向けると、露骨な独り言を呟いた。
「もし私が久しぶりに恋人に会ったら、ディナーくらい二人きりで食べたいなぁ。他は仕事漬けでもいいけど食事中くらいは自分を見てもらいたいなぁ」
――なるほど、とローラは頷いた。
向こうの使用人はそのつもりのようだ。
ローラには理解できる。
ゼオンリーやダリオは、長くこの光景を見てきた。
だから納得しているのだ。
ミリカ本人を含めてもいいだろう。
だが。
見慣れていないローラからすれば、少々もどかしいものがある。
だって、そう。
向こうの使用人が独り言で漏らした通りなのだ。
ミリカとクノン。
あの二人は、久しぶりに会った恋人、許嫁の再会なのだ。
出会い頭に抱き合うミリカとクノン。
その光景に、胸が締め付けられる想いがした。
会えなかった時間を埋めるように求め合う二人が、実に切なく見えた。
二人の若さと青さが眩しかった。
しかし、それが終わればこの様だ。
クノンはミリカそっちのけだし。
ゼオンリーは久しぶりに再会した許嫁同士に一切気を使わないし。
なんならミリカもだ。
それが普通、みたいな顔をしているし。
そう。
きっと。
向こうの使用人も、ローラと同じ気持ちだったのだろう。
「では夕食は二人分お願いします」
ならばローラが選ぶべき選択は一つだ。
今はクノンをゼオンリーに貸しておくが。
夜にはミリカに返してもらおう。





