193.来る!
「これからどうしようかな」
クノンは夕食を食べながら、これからの行動を考えていた。
契約を交わした日の夜である。
セララフィラとマイラという素敵な女性二人とデートして、家に帰ってきたクノン。
なんとなくぺらっと捲った本を、そのまま読みふけり。
気が付けば夕食時だった。
「後輩のお世話は終わったんですか?」
給仕として傍に控えるリンコが問う。
世間話程度に軽く事情を伝えているので、彼女もある程度はクノン周りの状況を知っている。
まあ、クノンは世間話程度だと思っているが。
侍女は違う。
――ひそかに女関係には目を光らせているのだ。
侯爵家の息子クノンも怖いが、それより怖いのが婚約者の王族だ。
もし何か問題があった時。
特に女関係で何かあった時。
それがどうにも大事になった場合が怖いのだ。
責任逃れのために使用人の一人や二人、余裕で首を飛ばすだろう。貴族ってそんな人もいそうだから。
侍女はそれを警戒していた。
もしもの時はクノンは守ってくれると思うが。
しかし、クノンが知らないところで事が起こった場合は、どうしようもない。
魔術学校入学から、一年。
クノンは十三歳になって、後輩までできた。
背も伸びた。
そろそろ「子供」では通用しなくなりそうな気がする。
近頃リンコは、いいかげんクノンの女性にだけ軽く甘い性格をどうにかしないとまずい、と考えている。
自分の大切な首のために。
さしずめ、最近気になっているのは後輩の女の件だ。
少し年齢が離れているので、リンコはクノンのことを子供、守備範囲外の年下としか思っていないが。
同年代は違う。
同年代の女は、クノンを同年代の男の子として見るだろう。
クノンは稼ぐし、顔も可愛いし性格も悪くない。
何より稼ぐし、目が見えないという事実がかすむくらい稼ぐ。
自分が同年代で身分差がなかったら狙って当然ってくらいいい物件だ。
同年代の女がほっておくだろうか?
いやほっとかないだろう。
第一に稼ぐし。
――そんな侍女の首を懸けた気がかりなど露知らず、クノンは呑気なものである。
「うん、なんとかね。今日、一千万の契約をしてきたよ。利益は折半でね」
クノンの甲斐性すげえ、と侍女は思った。
やはり稼ぐ。
えぐいくらいに稼ぐ。
一千万と軽く言うが、庶民にとってはとんでもない大金だ。
家だって建てられるだろう。
これだけ稼げるなら愛人の数人くらい大丈夫なんじゃないか、とさえ思った。
いや無理か。
婚約相手は王族だ。
プライドはきっと高いだろう。
「それはすごいですね。明日の夕食は豪華にしましょう」
「そう? 楽しみにしてるよ」
「ええ。腕によりをかけてベーコンを厚く切りますよ」
「うそ? どれくらい? ほんと? 指より太く?」
「もちろん指より太めに切りますよ。大胆にね!」
「僕、時々リンコがとても愛しく思えるんだ。今だけは僕だけの君でいて」
ベーコンの厚切りくらいでそこまで感動されるのもどうか、とリンコは思ったが。
まあ、悪い気はしない。
「あ、でも――」
クノンは続けた。
「少し先になるけど、もっと大きな契約ができそう」
やっぱクノンの甲斐性すげえ、と侍女は目を見開いた。
ほんとに稼ぐ。
えげつないほど稼いでくる。
これなら愛人の二、三人はいてもいいんじゃないか。
いやダメか。
婚約相手は王族だし。
――話が少し逸れたが。
「やりたいことがね、全部大掛かりで時間が掛かりそうなんだ。
だから今は単位を集めようってことで動いてるんだけど」
「はい」
「でも単位を取るにも、やっぱりやりたいことをやりたいんだよね」
「ああ、それはちょっとわかる気がします」
義務でやるのと、本人の意向でやるの。
当然やる気に差が出てくるだろう。
それはきっと仕事のクオリティに関わってくる。
リンコだって掃除洗濯はつまらない。だから義務でやっている。
正直、ギリギリ手抜きじゃないレベルでしかできていない。
だが、好きな料理なら、どこまでも無駄にこだわれる。
高級食材を使い放題させてくれるクノンのとんでもない稼ぎには、頭が上がらない。
「クノン様の憧れのなんとかって魔術師のお手伝いに行かれては?」
「サトリ先生か……やっぱりそれがいいかもなぁ」
――と、そんな話をしていたのが、二週間前のこと。
「――えっ!?」
手紙を開き、クノンは驚いた。
珍しくヒューグリア王国にいる師ゼオンリーから手紙が届いたのだ。
いつもは一方的にクノンから送るばかりで、返事はたまにしかなかったが……
「何か面白おかしい内容でも書かれてましたか?」
届いた手紙を差し出したリンコまで、クノンの反応に驚いていた。
クノンは意外と顔に出る。
驚いているということは、素直に、手紙には驚くべきことが書いてあったのだろう。
ただし、魔術絡みはリンコにはわからない。
だからそれ以外の内容であってほしいが。
その方が聞いていて楽しいから。
――侍女の希望は、ある意味正解だった。
「師匠がこっちに来るって!」
魔術絡みだけど、魔術に関わることじゃない。
「はあ、そうですか……」
しかし、そもそもクノンの師を知らないので、侍女はなんとも反応に困るのだった。





