185.地下温室造り
「――これで問題ありません」
学校で聖女を捕まえたセララフィラは、彼女と一緒に帰宅した。
時刻は夕方近く。
最近門限が厳しくなった聖女は、暗くなる前に帰る。
聖女の家は、高級住宅街にある小さめの屋敷だ。
鬱蒼とした庭が個性的……と思ったが、どれもこれも何かしらの植物のようだ。放置されているわけではないらしい。
無駄なおしゃべりもなく。
まずお茶を一杯を……というお誘いもなく。
聖女はまっすぐセララフィラを庭の一角に案内した。
ここにお願いします、と言われ。
セララフィラはすぐに、土魔術で地下室を用意した。
場所は、農具などをしまっている納屋の下。
家の権利者の許可も取っており、小さな地下室くらいなら作っていいと言われているとか。
作った地下室は、クノンと練習した四角な部屋。
聖女は、使いやすければどんな形でもいいと言っていたので、これになった。
家具などもないので、本当にただの四角い部屋である。
「いいですね。広さもちょうどいいです」
――聖女は部屋にこだわりなどない。
こだわりはないが、装飾や家具を置いたら普通に邪魔だ。
シンプルな四角。
これはいい。角まで無駄なく使えそうで好ましい。
「一応、四堅六削になっています。低層の基礎だそうですわ」
四堅六削。
勉強して知ったことで、魔術師における低層地下施設の基本である。
地層の浅い部分に部屋を作る。
その場合、土の割合は四割を圧縮し、六割を削り抜く。
土を圧縮すれば堅くなる。
だが、堅くしすぎると却って脆くなる。
少し水分を吸っただけで、すぐ割れたりするそうだ。
今の状態でも、壁や天井、床を触れば石のようにガチガチに硬いものの。
それでも、これで土の圧縮率は四割だ。
これに石なりレンガなり積んでいき、普通の地下室となるのだが。
聖女の希望では、土を固めただけのこの地下室でいいのだとか。
砂漠などの昼夜激しく気温が変化する場所。
あるいは、悪天候が長く続いた場合。
そんな例外を除いて、だいたい三ヵ月くらいは持つそうだ。
月に一度のメンテナンスが業務に入っているので、よほどのことがなければ崩れることも壊れることもないだろう。
あとは雨や水が溜まらないよう仕掛けもしてあるが。
まあ、専門的なことなので説明はいらないだろう。
「でも、温室の加工はしておりませんが……」
聖女の望みは、地下温室だったはず。
しかしセララフィラにはそこまでは求められていなかった。
「問題ありません」
そう言った瞬間――土剥き出しの茶色一色だった部屋が、ほのかに明るくなった。
「あ、これ……」
セララフィラは心当たりがあった。
聖女の教室で始めて見た、アレだ。
「『結界』です。部屋を囲んだので、これで温室の完成です」
やはり「結界」か。
「レイエス先輩」
「はい」
「羨ましいです。わたくしも『結界』が使えたらよかったのに」
聖女の固有魔術「結界」。
元は魔を払う最強の壁である、が。
植物を守り、育てる。
そんな効力も持っているらしい。
「生まれつきの力なので、私からは何とも言えませんね」
まあ、それはそうかもしれないが。
「しかし――」
と、聖女は視線を漂わせる。
表情は変わらない。
だが、どこか思案気である。
「あくまでも私自身の感想ですが、『結界』もほかの魔術とあまり変わらない気がします」
「はい?」
「人が言うほど特別とは思えない、という話です。
知れば知るほどそう思います。
この学校に来る前に私が知っていたのは、大小の差はあれど、画一的な『結界』の使い方のみ。でも実際は」
聖女は両手を上げる。
両手の間に魔力が集まり――そこには金色に輝く小さな正方形が現れた。
「こんな『結界』も作れるのです」
「は……?
「四角い『結界』です。はい」
はい、と手渡され、思わずセララフィラは光る正方形を受け取った。
温かく、硬質的な。
物質と言えば物質だが、物質じゃないと言われれば物質じゃないような。
なんとも不思議な物体だった。
これが「結界」。
なかなか興味深い。
「その『結界』、いろんな使い方を試している内にできました。球体やドーム状以外の形にもできたのです。
もしかしたら、形状だけではなく効果さえも変化させられるのかも」
セララフィラは何も言えなかった。
なんだかとんでもない話を聞かされているような気がしてきたから。
「でもそれは、他の魔術も同じでしょう? むしろあたりまえのことでしょう?」
「あ……そうですわね」
変化が付いたのが「結界」だから驚いたが。
ほかの魔術なら、むしろ形や効果の変化など、普通のことだ。
「でも、なんだか恐れ多い気がしますわね……」
聖女と言えば。
遠い昔、魔王と戦い打ち勝った存在である。
「結界」も、魔王の恐ろしい魔術を防ぐための防壁となったもの。
そんな御伽噺で語られるような偉大なものが。
今。
手に納まる正方形となっている。
「これは神の与えた力なのです」
「はい」
間違いなくそうだろう。
「しかし時代が変わったのです」
聖女は言った。
どこまでも感情の見えない顔で、堂々と言った。
「こんな時代ですから、きっと神もこう言っていることでしょう。
もっと役に立てなさい、もっと無駄遣いしてもいいのです、しょせんこんなのただの魔術なのだからどんどん使って人の役に立てなさい、と。
偉大なる神は時代の流れもちゃんと読んでいるはずです。この時代の『結界』の使い方を推奨しているに違いないですから」
セララフィラは思った。
――あ、この人、間違いなくクノン先輩の友達だ、と。
魔術を磨きたい欲求が抑えきれないのだろう。
こんなにも無表情なのに。
神の教えや意志を曲解してでも、自分を正当化している。
こんなにも無表情で。
悪びれもなく。
信じ込んでいるようだ。
だが、魔術師としては至極真っ当である。
魔術を究めたいと思っているだけのことだから。
まあ、聖女としては真っ当かどうかは知らないが。
だからセララフィラは頷いた。
「間違いないですわね」
恐れ多いのかなんのかよくわからなくなったので、とりあえず頷いておいた。
――聖女レイエス・セントランス。
何年か前。
セララフィラは、アーシオン帝国のイベントで彼女を見たことがあった。
自分と同年代で、聖女と呼ばれ崇められていて。
子供なのに、それを感じさせないくらい、公の場で堂々と振る舞っていた。
本当に同年代なのか。
本当の彼女はいったいどんな人なのだろうか、と漠然と思った記憶がある。
そして魔術学校で会った時も、同じことを思った。
なんてことはない。
彼女も立派なただの魔術師だった。





