175.問題の花
――興味深い。
クノンは歩きながら考えていた。
ここまでは先導してきたクノンだが、今はチームの最後尾にいる。
色々と気になることは多い。
たとえば、クラヴィスの「光球」。
あれはクノンの「水球」と同じ動きで。
止まることなく、ダンジョンの奥へと行ってしまった。
なんの意味があったのかと――
少なくともクノンにはわからなかったが、ようやく気付いた。
あの「光球」が弾んだ床や壁に、ほんのり光が宿っているのだ。
まるで光のインクを使ったスタンプのように。
要するに、光源の確保である。
見えないクノンに明暗は関係ないから、最初はわからなかった。
きっとクラヴィスは、今ここで、クノンの「水球」を見てからそういう魔術を考案したのだ。
クノンが尊敬してやまない、あのサトリでさえ。
何日か練習して、新しい魔術を開発・習得するのである。
それでもかなり早い方なのに。
それが、一目見て、一度の試行もなく、成功させた。
この事実だけとっても、どれだけ魔術に精通しているかが伺える。
いや、逆だろうか。
どれだけ精通していればそんなことができるのか。
まるで伺い知れない。
――それも気になるが、しかし、やはり。
今一番気になるのは、クラヴィスの背後に見えたアレである。
普段は……今は見えないが。
魔術を使う瞬間、それは確かに現れた。
クノンは直感的に「あっ魔術使いそうだな!」と思い、衝動的に「鏡眼」を発動させた。
そしてクラヴィスを見たのである。
その結果が、首のない女神像だ。
光属性に憑いているのは、発光する無機物である。
光持ちの人数が少ないだけに、サンプルは足りないが。
今のところ、発光する無機物、というのが共通項だと思われる。
まあ、その辺の考察はともかく。
なぜ普段は見えないのか。
なぜ魔術を使った瞬間だけ見えたのか。
――「鏡眼」については、相変わらずわからないことばかりだ。
だが今回のクラヴィスの一件は、これまでにないケースである。
それも、類似例がないものだ。
考えるべきことは多いが、何より。
新たなケースが出てきたことで、この背後の何かが何らかの意味を持っている可能性が増したことだ。
たまたま見えるわけじゃない、かもしれない。
意味のない幻ではない、かもしれない。
考察はできても、何一つ確証はない。
だからどこまでいっても、「かもしれない」の可能性を捨てられないのだ。
しかし今、確証のないそこに、もう一つのケースが生まれた。
普段は見えないが「条件付きで見える」。
これはどういうことなのか。
やはり確証はない。
だが――背後の何かがいることに何らかの意味がある、という信憑性は増しただろう。
単純に言えば。
普段のクラヴィスは魔術師じゃないが。
魔術を使う瞬間だけ、彼は魔術師となる。
そんな説も成り立つわけだ。
そう考えると、逆の説もあり得るかもしれないわけだ。
人の後ろに何かがいるから。
だから魔術が使える。
魔術師が魔術を使っているのではなく。
魔術師の命令で背後の何かが魔術を使っている、という考え方だ。
あるいは――
クノンの思考は止まらなかった。
先を行く男たちの背中を追いながら、クノンはじっくりと考えていた。
「あ、反応ありますね」
サーフが言った。
十五階。
神花を探して十四階を彷徨い、更に下へとやってきた
各々が使用していた探知魔術に反応があった。
温度を感知するサーフの風が、何かに触れたようだ。
ずっと考えっぱなしだったクノンだったが。
さすがに今はこちらに意識を向けた。
「ではそこを目指そうか」
クラヴィスの「光球」でダンジョン広範囲を照らし。
一行はまず、サーフが探知した場所を調べることにした。
「動きはないですね。……確かに何かしらの植物のような……」
風から空気で探知する方法に変えて、サーフは詳細を探る。
床に寝そべる小さな何か。
血の通う生物ではなく、そう、草花のようなもののようだ。
果たして問題のポイントに到着すると。
すぐにそれは見つかった。
「どうやら当たりのようだね」
そう。
それは、くたりと床に寝そべるように萎れているが、紛れもなく花である。
淡い桃色の花弁。
数枚の青々とした葉を持ち。
根は床の上に剥き出しだ。
誰かがここに落としたか。
この花が根を使って歩いてきて、ここで生き倒れたか。
そんな感じに一輪だけポツンとそこにあった。
「……クラヴィス先生、近づいても大丈夫ですか?」
キーブンはいきなり近づくことはなかった。
このメンツで一番神花に興味があるのは、きっと彼である。
薄暗い中でも、好奇心で表情が輝いているのがわかる。
「敵意がなければ大丈夫だよ」
敵意がなければ。
クラヴィスが事も無げに言った言葉は、まるで野生生物に対するそれのようだった。
そんな違和感も気にならないのか。
それとも今はどうでもいいのか。
キーブンはいそいそと問題の花の傍に跪き、仔細に眺める
「ふむ……見たことのない形だな」
観察が終わると。
今度はペンを取り出し、ペン先で慎重に花の茎に触れた。
持ち上げて、花の形をちゃんと見たかったのだろう。
しかし――
「ん!?」
ふと。
花がぼんやり光り出した、と思った瞬間。
強い閃光が放たれた。
「――くっ!?」
誰もが謎の花に注視していた。
だからこそ、モロに強い光を見てしまった。
長く薄暗いダンジョンを歩き、それに慣れていた一行の目に、その光は強すぎた。
まるで刺されたかのような強い刺激に、誰もが目を瞑った。
「――おっと」
平気だったのは一人だけ。
目をくらまし。
本当に生き物のように動き出した花は、一目散にダンジョンの奥へと走り出した。
が。
花は迫る水に絡め取られた。
元々見えないクノンである。
閃光なんて効果があるわけがない。





