174.グレイ・ルーヴァの直弟子
同じことを繰り返すこと、数回。
「速いな。まだ昼にもなっていないはずだ」
もう地下九階である。
あまりにも早い進行速度に、キーブンは驚いていた。
そう。
男臭いチームは、早くも地下九階へ辿り着いていた。
まだ午前中なのに。
クノンが「僕がいると便利ですよ!」と自己アピールした移動方法。
それがこの「氷の道」である。
これは、教師たちの想定よりずっと便利なものだった。
道は壁に書いてあるが。
暗がりを長々歩くのは、それなりに体力も精神力も使う。
少なくとも、急ぎの早歩きでも、こんな速度では進めなかっただろう。
「使用できる場所が限定されますけどね。今回は条件が合ったんです」
広さはともかく、ある程度密閉された空間。
生き物がいない。
落ちる系の罠がない。
これだけ条件が揃っているからできることだ。
「水を流して地形を確認する方法は知っていましたが、それとは違うんですね」
ルルォメットの言葉に、クノンは頷く。
「それでもできそうですけどね。でもこれはただの魔力の温存です」
水でも同じことができるとは思うが、それだと魔力の消費が大きい。
ただの水より「水球」を流し込む方が無駄がないのだ。
水の一滴まで操作するのは大変だ。
だが、ある程度まとまっていればやりやすい。
壁や床に沁み込んだり、隙間に入り込んだりもしない。
加えて、今回は隅々まで調べる必要はないのだ。
降りる階段が見つかれば、それでいい。
あとは最短ルートに「水球」を集めて、水にして凍らせるだけ。
それで通り道の完成だ。
――それに、運が良ければ帰りも速いだろう。
まだ暑い季節ではあるが、ここは地下施設。
結構涼しいのだ。
ここまで作って残してきた「氷の道」が、溶ける前なら。
帰りもそのまま使えるかもしれない。
「よし、次の階に行きましょう」
九階を越える「氷の道」ができたので、一行は移動を再開する。
滑るクノンに先導される形で、教師たちが乗るトロッコも進む。
ただ乗っているだけでいい。
およそダンジョン探索とは思えない快適さである。
「目的地は十四階だったかな?」
クラヴィスの質問に、ルルォメットは「はい」と答えた。
――神花を見失ったのは十四階である。
あの時のルルォメットら「合理」の生徒たちは、あくまでも神花の後を追うようにして移動していた。
広がる緑化を枯らし、回収しつつ。
そのおかげで、だいぶ移動に時間が掛かってしまった。
だが、今回はこの移動速度である。
神花がすぐに見つかれば、日帰りも余裕だろう。
「クラヴィス先生。神花とはどういうものなのですか?」
キーブンは、思い切ってクラヴィスに聞いてみた。
ずっと質問する隙を伺っていた彼は、かなり緊張していた。
――このクラヴィスという男。
教師たちもよくは知らない。
滅多に人前に出てくる者ではないし、いつもどこにいるか知る者も極わずか。
非常に謎の多い人物なのである。
だが、一つだけわかっていることがある。
それは、彼が魔女グレイ・ルーヴァの直弟子であるということだ。
――今回、聖女レイエスが同行できなかった。
かなり土壇場で知らされた出来事だった。
神花のことなど、誰も知らない。
どういうものかもまったくわからない。
だからこそ。
植物に強い聖女ならなんとかなる、と見込んでいたのだ。
いざとなれば「結界」に封じれば確保はできるだろう、と。
しかし、残念ながら同行できないと断られてしまった。
代わりとなる光属性が必要になった。
「結界」は使えないまでも、なんらかの形で必要になる可能性があると思ったから。
キーブンと仲の良いスレヤ・ガウリンは、ここ最近は忙しい。
同行は無理だろう。
その辺りを、学校の上役に相談したところ――
「神花は……なんて言えばいいんだろうなぁ」
このクラヴィスがやってきたのだ。
あのグレイ・ルーヴァの直弟子だという、この男が。
「認識としては、魔力を帯びた花、でいいと思うよ。ただの素材だね。扱いが難しいっていうのは霊草の類と一緒かな。
通常、移動なんてしないからね。強力な力はあるけどただの花なんだから」
誰も知らないはずの神花のことを。
クラヴィスは事も無げに話す。
「今回の件は、光の精霊が宿り木代わりに使った結果じゃないかな。動かしたのは精霊だね。彼らと神花、相性がいいから」
おぼろげに原因まで見据えていたらしい。
「だとすると、神花の力を使って色々やって、使い果たしてしまったんじゃないかな、と。
だから神花は瀕死……無理に力を使われてしまって枯れかけている、というのが私の読み」
果たしてその読みが当たっているのかどうか。
まあ、何にせよ、だ。
神花について詳しいクラヴィスがいれば、この問題はすぐに解決しそうだ。
誰もがそう思っていた。
「――今なんか面白そうな話してたでしょ? 僕に内緒で」
いつの間にか後ろ向きで滑っていたクノンだけ、会話が聞こえていなかったが。
踏破、という表現もおかしい気もするが。
順調に進んだ五人は、問題の十四階に到着した。
まだ昼前である。
「ここからは私が先導しようか」
クラヴィスが前に出る。
捜索範囲は、ここからである。
もちろん、神花が上階に移動した可能性はある。
一応クノンも気を付けてはいたが。
神花は上階にはなかった……はずだ。
隅々まで調べたわけではないから明言はできないが、神花らしきものに「水球」が当たらなかったのは確かである。
まあ、可能性の問題だろう。
この階から下にいる可能性の方が高いだろう。
「えっと……こうだったかな?」
クラヴィスが左手を上げると――無数の「光球」が生まれて床に零れていく。
それらは重量を感じさせない動きで、床や壁をぽんぽん弾みながら、奥へ奥へと転がっていく。
見た目こそ違うが。
クノンがやった「水球」と、ほぼ同じ動きである。
「おお……!」
光属性の魔術を見ること自体が滅多にないだけに、クノンは興味津々だ。
だが、しかし。
それ以上に――
「行こうか」
クラヴィスが歩き出し、四人はそれに続く。
クノンは確かに見た。
クラヴィスが魔術を使う瞬間、彼の背後に一瞬だけ、それを見た。
――淡い光を放つ、首のない女神像を。
彼に憑いているものは、そういうものだった。





