172.がっかりチーム
「――ということは、明日は泊まりになるんですか?」
夕食の席。
門限ギリギリに帰ってきたクノンは、明日の予定を話していた。
魔術都市ディラシックにやってきて一年が過ぎた。
毎日学校や親しい先輩の家へ出掛けるクノンは元より。
侍女リンコもすっかりここの生活に慣れた。
今や近所でも有名人だ。
「揉め事の中にリンコあり」と言われるほど、馴染みに馴染んでいる。
「なるかも、って感じ。実際どれくらい掛かるかわからないんだよね」
光る植物の捜索は、明日から始まる。
今日、教師と交渉までしてきたおかげで、門限ギリギリの帰宅になってしまった。
ルルォメットの話では、彼は地下施設を数日歩き回ったそうだ。
長丁場になりそうだと悟り、一度準備を整えるために地上に戻ったりもしたそうだが。
それでも丸二日くらいは潜っていたとか。
まず、問題の光る植物を見失った場所まで行く。
それから捜索を開始する。
この二つの流れで行動する予定だ。
現地への到着はすぐだと思うが。
しかし、問題は捜索だ。
光る植物はどこへ行ったのか。
もっと奥へ、もっと深部へ向かっているとすれば、当然捜索には時間が掛かるだろう。
「えー? 私にクノン様がいない夜を過ごせって言うんですかー?」
「ごめんね。僕もリンコと一緒にいたいけど、仕事だから」
「私と仕事どっちが大事なんですか?」
「その前に、お金を持っている僕と持ってない僕、どっちがいいか聞いていい?」
「いってらっしゃいませ。明日からリンコは一人寂しく、高級レストランでディナーしてきますので。経費で」
即座に行ってこいと言われた。
愚問とばかりに。
この侍女らしい返答である。
――難色を示さなくて助かった、とクノンは思った。
聖女の家庭事情を聞いたからだ。
最近あの家では、彼女がうっかり行方不明になったばかりに、門限が非常にタイトになったという。
あんなこと、この家で起こったら大変だ。
帰りに寄り道もできなくなる。
「一応、最長で二日泊まりになるかも、くらいに思ってて。レストラン、美味しかったら今度は一緒に行こうね」
「はい。しっかり味わってきますね。経費で」
翌日。
二日分の泊まり支度をし、小さくまとめた荷物を持ってクノンは家を出る。
少々天気が悪く、今にも降り出しそうだ。
しかし向かうのは地下施設なので、問題ない。
まあ、そもそも水属性のクノンは、水がある方が何かと有利ではあるが。
ご近所と犬たちに挨拶をしつつ学校へ向かい。
今日は自分の教室ではなく、「合理の派閥」の地下施設へ足を向ける。
商売の方は問題ない。
昨日の内に「数日留守にする」と書いたプレートを掛けておいた。
急に魔術師がいなくなるのは、珍しいことではない。
皆普通に「ああ用事ができたんだな」と思うだけである。
拠点の入り口には、ルルォメットが立っていた。
「早かったですね、クノン」
「先輩も早いですね」
約束の時間にはかなり早い。
楽しみ過ぎて、二人とも待ちきれなかったのだ。
「地下のダンジョンってどんな感じですか?」
「取り立てて特殊なことはないですよ。罠もないし生物もいない、ただの迷路ですから」
そんな話をしながら待つことしばし。
捜索を主導する教師たち三人がやってきた。
「――二人とも早いな。待たせたか?」
まず、がっちり大柄な土属性、キーブン・ブリッド。
「おはよう、クノン。ルルォメット。ルルォメットとは久しぶりに会うな」
去年は何かとお世話になった風属性、サーフ・クリケット。
そして――
「クラヴィスです。ルルォメットとは初めましてかな? クノンは会ったことがあるよね」
目深にフードを被った綺麗な銀髪と美貌を持つ光属性、クラヴィス。
「……光属性ですか?」
この学校に来て数年。
クラヴィスと名乗った彼は、ルルォメットが始めて見る教師である。
この不思議な魔力の感触は、恐らく光。
それに、恐ろしく強大で力強い。
「お察しの通りだよ。普段は自分の実験ばかりしているから、滅多に人前には出ないんだ」
こんな教師もいたのか、とルルォメットは驚いていた。
その隣で、クノンも驚いていた。
このメンツに驚いていた。
驚いていたというか、若干恐怖していた。
「さあ、あとは誰が来るのかな! レイエス嬢も行きたいって言ってましたよね!」
まさかこれで打ち止めということはあるまい。
さあ、遅れているのは誰なのか。
聖女だろうか。
絶対行きたい、絶対家の人を説得すると豪語していた彼女だろうか。
「あ、レイエスは来ないよ」
言ったのはキーブンである。
「どうしても護衛を説得できなかったから、今回は泣く泣く諦めると。ついさっき俺に言いに来た。
前の行方不明からあまり時間が経ってないからな。どうしても無理だったって」
そんな。
「というわけで、この五人で行くことになる」
言ったのはサーフである。
「何があるかわからないから最低人数で、あらゆる状況に対応できるよう属性もバラバラにした人選だ。
火は外したけどな。さすがに地下じゃちょっと危険だから」
土、キーブン。
風、サーフ。
光、クラヴィス。
闇、ルルォメット。
そして水、クノン。
本人が言った通り、火は外したそうだ。
あとは魔属性だが……まあ、希少な属性なので急に確保はできなかったのだろう。
教師が三人もいる。
頼もしい限りのチームである。
ほんと、嫌になるほど頼もしいチームだ。
「若い子と活動なんて久しぶりだなぁ。短い間だけどよろしくね」
言ったのはクラヴィスだった。
二十代から三十代くらいの若々しい美貌の姿だが。
実際は、結構年上なのかもしれない。
「……そんな……」
クノンは愕然とし、そして呆然とし、その上更にがっかりもした。
「女性が一人もいないなんてっ………!」
なんてことだ。
なんてメンツだ。
これまで、こんなにもやる気になれないチームがあっただろうか。いやない。
年齢問わず。
女性がいるだけで、クノンは頑張れるのに。
一人女性がいるだけで、誰よりも張り切って頑張れるのに。
「サーフ先生」
「ん?」
「シロト嬢とチェンジするというのはできませんか?」
「はっはっはっ。朝から笑わせるなよ」
「あの子面白いね、キーブン?」
「クノンは面白いですよ、いろんな意味で」
若干失礼なことを言っているクノンだが。
年長たちは、余裕しゃくしゃくで笑っていた。
こうして、頼もしくも花がない男臭いチームが発足したのだった。





