170.光る植物
「これから聖女のところへ?」
クノンが立ち上がった時、ルルォメットはそう訊ねた。
彼の研究室から辞するにはいい時間である。
話も一区切りついたし、クノンには門限もある。
「私も彼女に話があるので、一緒に行きます」
「あ、いえ。僕はこのまま直帰です」
種は今すぐ必要なわけじゃない。
今話しをしたばかりなのだ。
「合理の派閥」だって、種を引き渡す用意もできていないだろう。
彼らを急かしてまで、今すぐに用意してもらう理由はない。
種は後日でいいのだ。
聖女には明日にでも報告できればいい。
地下施設で育っていた植物の種が残っている、と。
ゆえに、クノンはこのまま帰るつもりだ。
いい時間だし。門限があるし。
「レイエス嬢に話があるんですか?」
「そのつもりだったんですが……そうですね」
――クノンが行くならついでに、と思っていたルルォメットだが。
しかし、冷静に考えると。
果たして話を持って行くのは聖女でいいのか、という疑問もある。
聖女はあの森の調査に入っている。
どんな理由で許可が下りているかはわからないが、それ以外の生徒はまだ立入禁止だ。
メインで森の調査をしているのは、聖女ではない。
教師たちである。
道理で言えば、話すべきは教師たちだろう。
だが、教師たちはいつどこにいるかわからない。
午前中ならまだしも、午後は己の実験や研究を始める者が多いのだ。
確実に捕まえられそうなのが聖女なのである。
何なら聖女から教師たちに話を伝えてくれるだけでもありがたいが、さて……
「……まあいいでしょう。それでは一人で行きます」
少し悩んだが、ルルォメットは一人で聖女に会いに行くことにした。
「あ、行きます? 僕もお供していいですか?」
「はい?」
今帰ると言ったクノンが妙なことを言い出した。
「だって先輩が直接動くほどの話なんでしょ? 絶対面白そうな話するでしょう」
――それはするだろうな、とルルォメットは思った。
教師たちは無理だが。
聖女なら何か教えてくれるかもしれない。
そんな打算もあり、だからこそ教師ではなく聖女に話を持って行くという側面もあるのだ。
「では一緒に行きましょうか」
断る理由もないので、クノンも一緒に行くことになった。
「――こんにちは、クノン。ルルォメット先輩」
聖女レイエスは、自分の教室にいた。
意図しない行方不明から帰還し、数日。
彼女は何事もなかったかのように、己の日常に戻っていた。
植物地下都市計画が頓挫したことは聞いている。
仕方ないことだと諦めもついている。
植物の根は岩をも割る。
あの地下施設が崩壊しようものなら大惨事なので、なくなってよかったのだと思うようになった。
惜しむ気持ちがないわけではないが。
いずれ自分で作る楽しみにすることにした。
都市とは言わないが、小さな村くらい。
そのくらいの規模の、自分だけの植物村を作り上げるつもりだ。
――聖女はまだ知らない。
人はそれを野望と呼ぶ。
だが、感情の乏しい彼女に、その自覚はまだない。
「ここがあなたの教室ですか。噂には聞いていましたが、なかなか趣がありますね」
ルルォメットは興味深く、教室内を見回す。
聖女の固有魔術「結界」に守られた鉢植えたち。
明らかに季節じゃない植物もあるが、それらは「結界」の中ですくすくと育っている。
実に面白い。
「来たのは初めてですか?」
クノンが問うと、ルルォメットは肯定した。
「彼女と面識はありますが、教室に来たのは初めてです」
――去年、「合理」の実験で何度か聖女に手伝ってもらったものだ。
勧誘も含めて接触したのだが。
結局聖女は、三派閥のどこにも属さないと決めてしまった。
「申し訳ありませんが、私はもうすぐ帰ります。用事があるなら早めにお願いします」
――先の行方不明で、聖女は己の護衛に怒られたのだ。
学校に泊まることはよくあったが。
一言も掛けずに泊まることは、これまで一度もなかったから。
教師の証言と証文付きで、どうして数日いなくなったのか報告したが。
それでも怒られた。
おかげで、しばらくは門限が厳しくなった。
元々約束は絶対に守る。
そもそも「約束を破る」という発想がない聖女だけに、新たに定められた門限は絶対である。
「そうですか。では手短に」
書類をまとめていた聖女の向かいに座り、ルルォメットは切り出した。
「――光る植物に心当たりは? そのようなものを地下で見たのですが」
光る植物。
ルルォメットの隣の椅子に座ろうとしていたクノンは、思わず動きを止めた。
それは、まさか。
それこそ聖女があの森で探していたものではなかろうか。
神花。
そう――聖女があの森でずっと探している植物が、それではなかろうか。
「あると言えばありますが、ないと言えばないですね」
聖女はしれっとそう答えた。
感情が乏しい彼女は、嘘は吐かない。
要するに――心当たりはあるかもしれない、と言っている。
もっと言えば、心当たりはぼんやりある、と言っているのだ。
「もう少し詳しく話してもらえますか?」
「詳しく話したいのは山々ですが、私の目の錯覚である可能性もあるのです。数人チームで地下に潜りましたが、見かけたのは私だけ。それも一回、遠目で、です。
そもそも――素早く移動していましたからね。
植物は自分の足で動かないでしょう? だから植物かどうかも怪しいのです。私には植物に見えたのですが、実際はどうだか」
植物は自分の足で動かない。
足というか根っこというか。
まあ、確かに、普通の植物は自走しないだろう。
「しかも、その光る植物が通った後に、植物が生えているかのようでした。足跡が緑化する、という表現になりますね。
その光る植物は、下へ下へと向かっていました。私たちはそれを追うようにして下へ向かったのです」
ルルォメットは、地下の掃除に数日掛けたと言っていた。
思ったより広範囲に広がっていたのではなく。
ルルォメットたちが追い駆ける分だけ広がっていった、という解釈になる。
「俄かには信じられない話です。
私も魔術師じゃなければ、頭から否定していたことでしょう」
たくさんの不思議、たくさんの不可解に触れてきた魔術師だから。
だから見たままを信じることができる。
「でも、もしそのような存在がいるなら、筋が通るんですよね」
そもそも。
あの森から地下に向けて穴を空けたのは何者なのか、という話だ。
木の根が突き破ったのならわかる。
しかし実際は、人が落ちるほどの大きさの穴が空いたのだ。
自走し、足跡を緑に変える光る植物。
そのようなおかしな存在がいる。
そう考えた方が、むしろ筋が通る気がする。
穴を空けたのも、きっとその光る植物だろう。
不自然な存在ではあるが、そう考えた方が自然な気がするのだ。





