169.事の詳細
聖女の行方不明。
並びに「合理の派閥」の拠点である地下施設への通路開通、植物浸食。
新年度早々に起こった、この事件。
意外なほどすんなりと。
ほんの数日中に、静かに片が付いたという。
「――おや。久しぶりですね、クノン」
その報を受け、クノンは「合理」の拠点へとやってきた。
代表ルルォメットに会うためだ。
問題発生当時は、行方不明だった彼だが。
今日は拠点の自室にいた。
「先日の件が気になって。どうなったか聞いてもいいですか?」
クノンがここに来た理由は一つ。
あの事件の詳細を知るためだ。
そして、結果に落ち込むであろう聖女に、欠片ほどの救いがあればと思ってのことだ。
この段階で、彼女の耳に入っているかどうかはわからないが。
一つでも喜ばしい報告があれば、聖女の落ち込みも多少は和らぐだろう。
まあ、聖女のことはついでのようなものだが。
単純に面白そうで興味深い事件だから知りたい、というのが八割だが。
「あの話ですか。カシス辺りが大騒ぎしたようですが、語るほど大した事件ではありませんでしたよ?」
さすが三派閥の代表。
誰かが起こした事件の後始末など、やり慣れているのだろう。
「地下ダンジョンの一部が崩壊し、あの森が侵食してきた。それだけの話です。――クノン、この書類を清書してみませんか?」
「あ、します」
話をする代わりに労働をしろ、と。
そういうことである。
「何の実験の書類ですか? 先輩のやる実験っていつも面白そうなのばかりですよね」
クノンは快諾した。
単純にルルォメットの研究にも興味がある。
別属性の実験も、非常に興味深い。
珍しい闇属性持ちの魔術師となれば猶のことだ。
「あ、やっぱり。こんな楽しそうな実験しちゃって……たまには僕を誘ってくれてもいいんじゃないですか?」
「去年、何度か誘おうとしましたよ。君はいつも忙しそうでした。タイミングが悪かったから諦めたんです」
優秀な者ほど時間がない。
いわゆる、魔術師あるあるだ。
「――今回の件、光と闇は相反するものなのだと実感しましたよ」
しばらく書類の清書に夢中になってしまった。
昼過ぎに来たのに、気が付けばもう夕方。
クノンの門限は近そうだ。
危ないところだった。
差し入れの紅茶と紫クッキーがなければ、今日は書類仕事を手伝うだけで終わっていたかもしれない。
テーブルを挟んで向かい合い。
ルルォメットはクノンの清書した書類を眺めながら、ゆっくりと語り出した。
「闇の特性は、衰退や衰弱。何かを弱らせることに特化しています。
対する光は、やはり守ったり育てたりする傾向があるのではないでしょうか。
あの森、聖属性が多分に関わっていると思いますよ。あの植物の成長速度は普通のものではありません」
ルルォメットはまだ、あの森の正体――輝魂樹のことを知らない。
だが、尋常のものではないことは、気づいているようだ。
クノンは霊樹輝魂樹のことを知っているが、まだ言えない。
「そういえば、レイエス嬢が地下から出てきたあの日、ルルォメット先輩も行方不明だったみたいですね」
同期リーヤを始め、「合理」の生徒たちが走り回って探していた。
結局彼はどこにいたのか。
「宿で寝てました」
「宿?」
「久しぶりの睡眠でした。誰にも邪魔されたくなかったので、誰にも知らせず家に帰らず宿を取りました。
もし誰かに知らせていたら叩き起こされていましたね。危ういところでした」
久しぶりの睡眠。
わざわざ宿を取って。
きっと何日も実験に夢中だったのだろう。
もし居場所を教えていたら、絶対に叩き起こされていたはずだ。
「結局事件のことを知ったのは、その翌日でした。
緊急性が低い事件なのに急に呼ばれても困ります。……そう言ったら女性陣に文句を言われましたが」
「文句、ですか?」
「地下で虫が繁殖したらどうするんだ、と。植物はまだいいが虫が増えるのは絶対ダメ、イヤ、だそうです。増え始めたらもう終わりだから、と」
虫か、とクノンは頷く。
ミリカも虫は好きじゃなかった。
だから、女性の虫嫌いは意外とは思わない。
まあ、片や虫に名前を付けて愛でる女性もいるのだが。
この前一緒に水踊虫の実験をしたし。
「それで、……あ、そうか」
どう解決したのか聞こうとしたクノンだが。
前置きの話を思い出し、気づいた。
そうだ。
目の前にいるのは、闇属性の魔術師なのだ。
「闇で植物を枯らせたんですね」
衰退、衰弱。
植物にそれを掛ければ、きっと枯れる。
「合理」の皆が代表を探していたのは、指揮する者が欲しかったのではなく。
ルルォメットが闇属性だからだ。
彼がいたら収束するだろうと察していたのだ。
現場は地下施設である。
そこにある植物の処理は、方法を選ぶ。
燃やすより、引っこ抜くより。
可能であれば、枯れさせる方がよっぽど安全で無害、そして早いだろう。
「ええ。数日歩き回ることになりましたが、植物の掃除は終わりました。
穴も塞いだし、しばらくは問題ないでしょう」
植物は枯れた。
どれほどの規模で広がっていたか、クノンは知らないが。
数日歩き回ることになったというからには、結構広がっていたのかもしれない。
――つまり、だ。
「植物自体はまだ残っている……?」
「枯らした後に粗方回収はしましたよ。……もしかして種ですか?」
そう、その通りだ。
クノンが何を知りたいのか、ルルォメットはすぐに気づいた。
「種、残ってませんか?」
「ありますよ」
「やった! よかった!」
植物はダメだった。
だが、次に繋がる種は回収できそうだ。
「果物は美味しくいただきましたので。そちらの種も残っているかもしれません」
どうやら植物を枯らせるついでに、実っていた物は回収してきたようだ。
ここまで来た甲斐はあったようだ。
きっと落ち込んでいるだろう聖女に、一握りの吉報を届けられそうである。
まあ、八割は詳細を聞きたかっただけだが。





