149.夏季休暇にあの森で
「――あ、僕も行きたい」
登校時、クノンはちょうど校舎から出てくる聖女と会った。
いつもの眩いばかりの純白のローブ。
左手には大きなスコップ、右手にはバケット。
神々しい姿に、両手に携えたそれらは。
まるで神器か聖遺物のようだ。
実際は何の変哲もない、ただの園芸道具だが。
そんな彼女は、「これからあの森に、野生化した霊草を探しに行きます」と言った。
そしてクノンは「一緒に行きたい」と即座に答えた。
あの森はまだ立入禁止なのだ。
たとえ特級クラスでも、自由に出入りすることは許されていない。
今日これから向かう聖女も、教師同伴である。
「でもシ・シルラは回収したんだよね?」
「そちらは終わっています」
校舎まで行ったが中に入ることなく、クノンは聖女と同行する。
なお、森に入る許可は教師が出す。
だから聖女には決定権がないとのことである。
となれば、直談判あるのみだ。
「実は、夏の間に少々動きがあったようで」
里帰りしていたはずだが、聖女も知らなかったらしい。
というのも、長い夏季休暇の間。
やはり聖教国が、魔術学校に激しくコンタクトを取っていたらしい。
やれ「あの輝魂樹は我が国の物だから引き渡せ」とか「本物かどうか確認したいから我が国の専門家を敷地に入れさせろ」とか。
それはそれは頻繁に。何度も。
そこまではクノンも予想できた。
だが、話はここからだ。
「――どうも学校側は、それらの要求をすべて拒否したようです」
さすがだな、とクノンは思った。
ディラシックは政治的な要望はほぼ聞き入れない。
その噂は本当のようだ。
ここはグレイ・ルーヴァがいる地である。
長年、周囲三国の侵攻から、この地を守り抜いてきた魔女がいる地である。
いかに聖教国が輝魂樹を欲しても、恐らく引き渡すことはないだろう。
きっと国が買えるほどの大金を積まれても頷かないはずだ。
「しかし、その対応はセントランスも予想していたようです。
ならば霊草や神花の種を送るからそちらで育ててみてほしいと、幾つかの種子を提供したそうなのです」
「えっすごい。太っ腹だね」
聖教国の大盤振る舞いにも驚いたが。
特に神花の名が出たことに、クノンは驚いた。
霊草は、それが育つ土地に行けばなんとか入手できる。
しかし神花は違う。
輝魂樹に並ぶほど珍しい植物だ。
「それで、夏の間にスレヤ先生とキーブン先生がその種を植えたようでして」
「へえ!」
わくわくしてきた。
さっきは直感で付いていきたいと答えたものの、内容を聞けば思った以上に楽しそうだ。
「どうなの? 芽吹いたの? 君は神花を見たの? 観察したの?」
「それがわからないのです」
「わからない?」
わからない、とはどういう意味だろう。
もしクノンが植えた本人なら、絶対に毎日様子を見に行く。
絶対に教師たちもそうするだろう。
何しろクノンより植物を愛している人たちだ。
見に行かない理由が見つからない。
「なんでも、植えた場所からなくなっていたそうで」
「えっ」
それは、なんだ。
どういうことだ。
「それって大変なんじゃない?」
何しろ貴重な神花の種を植えたのだ。
それなのに、それを見失うなんて。
霊草はまだいい。
最悪、お金さえあれば種を手に入れることができるから。
しかし神花は違う。
もはや古い文献か神話か御伽噺でしかお目に掛かれない、とても貴重な物である。
「大変なんですよ。だから探しに行くのです」
感情が乏しいだけに、普段通りにしか見えないが。
これで聖女は、結構焦って取り乱していたりしているのかもしれない。
自分で「大変なんですよ」と認識はしているのだから。
まあ、それでも、そうは見えないが。
「――残念」
聖女に同行したクノンだが。
森の前で合流した、スレヤとキーブンに頼み込むものの。
同行は認めてもらえなかった。
曰く「植えた物が消えたり移動していたりするわけのわからない森だから、聖属性か土属性以外では対処できないことがあるかもしれないから」と。
安全性を理由に却下された。
輝魂樹の謎は、まだまだ解明されていない。
だからこそ、まだ生徒を入れるのは尚早だ、というのが学校側の意向なんだそうだ。
今回聖女が同行を許されたのも、聖属性であり聖女であるから。
消えた霊草や神花を探すことができるかもしれないから、と。
いずれ入れる日は来るだろう。
だが、それは今ではないようだ。
「仕方ない。僕の分まで情熱的に探してきてね、レイエス嬢」
「わかりました。情熱的に探してきます」
農家の神器を両手に携えた聖女は、教師たちと一緒に森へと消えていった。
見えないが見送りしたクノンは、来た道を引き返す。
「神花かぁ」
あの森のどこかで、貴重な植物が芽吹いているかもしれない。
想像するだけで楽しみだった。
聖女や教師たちには、ぜひとも探し出してほしいものだ。
「――レディを待たせるのは、紳士としてどうかと思いますわ」
「あ、ごめんね」
第十一校舎の自分の教室へ向かうと、ドアの前で立ち尽くす女性が一人。
クノンと同じような体格なので、同年代だろう。
商売の方で待たせたかと思ったが――
「でも聞いていた通りですわ。素敵な眼帯の紳士。まさにあなたのことね」
深海を思わせる長い藍色の髪に、強い青の瞳。
容姿はあまり似ていないが。
しかし、その目を見た瞬間、直感的に思った。
「もしかしてジオエリオン先輩の従妹のレディ?」
そう問いかけると、彼女は綺麗なカーテシーを取った。
「ええ――初めまして、クノン先輩。わたくしはセララフィラと申します」
綺麗なカーテシーだが、それ以上に。
「……すごい」
クノンは彼女の背後に注視していた。
――セララフィラに憑いているのは、方々に伸びる巨大なクリスタルの塊だった。





