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137.影の女性





 あまりはっきりしない調査報告が終わり。

 正体不明の森の前に集まっていた生徒たちは、二手に分かれることになった。


 正確には九対一で分かれた。


 クノンだけが別行動になったから。


「好きな場所に座ってくれ」


 聖女たちは教師キーブンが案内し。

 クノンだけは、教師クラヴィスに別の校舎に連れてこられた。


 机と椅子が並んでいるので、授業で使う空き教室のようだ。


「……」


 クノンは大人しく適当な場所に座った。


 緊張していた。

 人も魔術師もたくさん見てきたつもりだが――


 何も見えない人なんて、初めてだ。


 魔術師は顕著に見える。

 魔術師じゃない人も、角が生えていたり翼が生えていたりと、わかりやすい何かが見える。


 そのどちらでもない例外が、目の前にいるクラヴィスだ。


 彼が魔術師なのは確実だ。

 一対一で対面して、より詳しくクラヴィスの魔力を感じる。


 非常に大きく、澄んでいる。

 静かな湖面のような……だが探れば探るほど底がなく、その奥底に得体のしれない何かを感じる。


 謎だ。

 目の前にいる謎そのものの存在に、緊張より好奇心が騒ぎ出した。


「先生は三ツ星ですか?」


 ついに聞いてしまった。


 いや、別にいいだろう。


 彼は教師だと名乗った。

 名乗った以上、生徒として質問してもいいだろう。


 クノンの経験則で言えば、二ツ星以上だ。


 この魔力量で二ツ星はありえないはず――


「いや。私は二ツ星だよ」


「あ」


 嘘を吐いた。

 何も見えない謎の人物が、明確な嘘を吐いた。


「その魔力量で二ツ星はないでしょう」


「ははは、鍛錬で伸ばしたんだよ。長い時間を掛けてね」


 そう言われると嘘じゃない気もしてきた。


 クラヴィスの言った通りだ。

 鍛錬して魔力量が増えた可能性がない、とは言い切れない。


 誤差の範疇やら微増と言い張る者がいるくらいではあるが。

 魔力量が増えることは確認されている。


 他の人は微増止まりであっても。

 クラヴィスだけが桁違いに伸びる可能性は、否定できない。


「君は聖女と仲がいいんだってね」


「はい。同期ですし、とても仲がいいです」


 クノンは頷いた。

 否定する理由はない。


 もうすぐ一年前になるが。

 入学当初ならまだしも、きっと今なら、聖女も否定はしないだろう。


「そう。聖女はいつの代も世間知らずだから、手が掛かる時もあると思うけど。これからも仲良くしてあげてね」


「大丈夫ですよ。僕も世間知らずだと評判なので」


「そうか。じゃあ安心だね」


 安心とは思えないが、ここにはそこに触れる者はいない。





 そんな雑談をしている最中だった。


「――よう」


「……!?」


 気が付けば、クラヴィスの隣に長方形の影が立っていた。


 クノンは心底驚いた。


 何も感じない。

 あれはなんだ。


 あまり嬉しくもないが、クノンは視覚がない分、ほかの感覚は優れている。


 人の気配も感じるし、肌に感じる空気の流れにも敏感だ。

 段差と傾斜には弱いが、今やあまり不便はない。


 だが。


 影が現れた瞬間が認識できなかった。

 声が掛かって初めて、そこに何かいる(・・・・・・・)ことに気づいた。

 

 魔力視では見えない影だ。

「鏡眼」なら見えたが、見えたら見えたでまた謎の存在である。


 何しろ長方形の影があるだけだから。

 人なんていないのだから。


「クラヴィス、話はどこまで進んだ?」


「まだ何も。あなた待ちでしたよ」


「そうか。待たせたな」


 影は若い女性の声で話している。

 対するクラヴィスも平然としている。


 クノンはドキドキしていた。


 謎の人物が二人。

 二人とも背後に何も見えない。


 見えないどころか、片方は人の形でさえない長方形の影。

 まるで棺桶のような影だ。


 こんな謎まみれの二人を前に、胸が高鳴っていた。


「小僧」


 たぶん自分のことだろう、とクノンは思った。


 何しろ相手は影だ。

 顔が向いているわけでもないし、視線がこちらに向いているかもわからない。

 もちろん視線を感じることもない。


「あの箱について聞かせろ。開発した意図と目的を…………なんだ?」


 なんだ、と影が言った時には。


 ふらふらと立ち上がったクノンは、恐る恐る左手を突っ込んでいた。


 長方形の影の中に。


 衝撃だった。


「何これ……!? これ何これ!?」


 何の感覚もなかった。


 影の中に人がいることもなかった。

 ひんやり冷たいとか温かいとか、温度の変化もなかった。


 この影を構成する、魔術を察知することもなかった。


 見た目からして、魔術が作用した存在にしか思えないのに。

 その魔力さえも感じない。


 色の付いた空気、と表現するのが一番近いだろう。


 ならば声は?

 この影から聞こえる声は?


「おいおいクラヴィス。ここまで無遠慮なお触りは初めてだぞ、儂は」


「嬉しそうに言わないでください。――クノン、初対面の女性の身体にいきなり触れたらいけないよ」


 それもまた衝撃だった。


「これ女性なの!? 僕の知ってる女性と全然違う! ……えっこれ身体なの!?」


 情報を与えられても、何一つ理解できない。


 これが魔術の深淵だと言われれば、納得できるくらい不思議な存在だ。

 まだまだ駆け出しのクノンには、何もわからない。


 知識が足りないのか。

 魔術への理解が足りないのか。

 

 ――これだから魔術は面白いとクノンは思った。


「……身体……?」


 影の中に手を突っ込んだまま。

 何も感じないのに。

 これが女性の身体なのか、と考えながら。





「失礼しました」


 感触も何も感じなかったが。

 不躾に女性の身体をまさぐったらしい(・・・)ので、クノンは離れて謝罪した。


「僕、空気以上に何も感じない女性なんて初めて会いました。……影人間ってことでいいんですか?」


「まあ、それでよいわ」


 よいらしい。

 相変わらず何一つわからないが、わからないことがわかっただけ一歩前進と言えるのだろう。


「話を戻すぞ。クラヴィス」


「はい」


 影の女性に従い、クラヴィスは今一度、クノンたちが開発した魔帯箱を取り出した。


「クノン、君を呼んだのはこの魔道具について聞くためだ。

 ここでの話は他言しない。君の功績を横取りするような真似はしないと約束するから、詳細を教えてほしい」





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― 新着の感想 ―
[一言] 手紙にまた勘違いしそうなこと書きそうw 初めて女性の奥深くまで手を突っ込んだりしました。暗く深く不思議な感覚でした。
[一言] …(; ・`д・´)精霊のパリピ化 ウェ〜イ! 陽子と反陽子みたいなもんか。
[気になる点] 90.新たな法則崩れ から "ちなみにもう一人の一ツ星であるグリフス・キーヴァは、何が憑いているかわからなかった。  周囲からぐるぐる見て回ったが、何かは露出していない。  …
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