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129.試作品完成





 いよいよ佳境だった。


 今年度も、残るは一ヵ月。

 卒業する者は学校を去り、それ以外は進級か留年である。


 まあ、特級クラスにおいては、留年というよりは逗留とでも言った方が近いのだが。


 そんな年度末。

 そろそろ陽射しの強い夏めいた日が多くなってきた頃。


「――できた……!」


 ついにクノンたちは、魔道具開発の節目に到達した。


「魔術を入れる箱」。

 名を改め「魔帯箱」と名付けられたそれは、ようやく試作品が完成した。


 そう、試作品だ。

 まだ実用には耐えられない、あくまでも雛形である。


 しかし、これが完成した意味は大きい。


 後は試行を重ねて、どんどん完成度を高めていけばいいのだ。


「ついにか!」


「ようやく、あはっ、あはははははははっ、ようやく眠れるっ!」


「さすがに今度のは長かった……あ、涙が……」


「……もう寝ていいんだよな?」


 ベイルは喜んだ。

 ジュネーブィズは狂ったように笑った。

 エルヴァは泣いた。

 ラディオは目を伏せた。


 全員が疲れた顔をしていたが、それでもどこか晴れやかだった。


 何人かは、達成の喜びより、苦行からの解放の方を歓迎しているが。

 疲れと睡眠不足が解消されれば、相応に喜ぶことだろう。


「はあ、ようやく……」


 途中から参加した雑用のエリアも、これで一安心だ。


 もう、大きな子供たち五人の面倒を見なくて済む、と。


 大変だった。

 本当に手が掛かった。


 何度注意しても毎日散らかすし。

 寝る時間も食べる時間も自分からは取らないし。

 何日も着替えない、行水や風呂に入らないでも平気な顔をしているし。


 彼らの手綱を握るのは、想像以上に大変だった。


 何しろ言っても聞くけど実行しないのだから。

「ここまではやらせろ」とか「もう少しだけ」とか。


 その先延ばしに、本当は区切りなど存在しないと気づいたのは、延長延長で夜が明けた時だった。


 あの時は眩暈がした。

 彼らは放っておくとダメだ、と思い知った。


 楽しいことに夢中で、それ以外が目に入らないのだ。

 それこそ子供のように。


 開発が終わったのなら、エリアの仕事も終わりである。





 一晩明けて、再びチームは集まった。


 ひとまず一日休んでから、となったからだ。


「これが魔帯箱……」


 エリアがそれを見たのは、これが初めてだった。


 彼女は開発には関わっていない。

 だから、できるだけ見ないようにしていたのだ。


 それは金属でできた箱である。


 いや、箱というには、少々奇抜な形である。

 率直に言えば、二枚のフライパンを上下で合わせたような、平たく丸い形状だ。


「初級の魔術が三日間保存できた」


 と、ベイルが言う。

 一日しっかり休んだので、エリアが好きな元気な先輩の姿である。死相もない。


「へえ」


 三日間だけ、と聞けば短いと思うだろう。


 しかしエリアも魔術師であり、研究者である。


 不可能なことができるようになった。

 この意味の大きさは、よくわかっている。


「開けてみてくれ。中には四日目の『水球ア・オリ』が入ってる」


「え? 私がですか?」


「この中でちゃんと見たことがないのは、エリアだけだからな」


 全員が開発者である。

 さあ驚け、と言わんばかりに、全員がエリアを見ている。


「じゃあ、失礼して……」


 エリアはドキドキしながら、手を伸ばす。


 開発者を除いて。

 この世紀の大発明に触れる者は、恐らく自分である。


 だがそれより、すごい魔道具に触れる感動の方に、強く緊張していた。


 少しだけ震える指先で、平たい箱を開けた。


 と――


「うわっ」


 開けた途端、隙間からどろりと水が漏れてきた。


「あ、魔術が解けてる」


 クノンの言葉の意味は、「水球(ア・オリ)」ではないという意味だろう。


 この水は、魔術で生み出したが魔術ではなくなった水だ。

 つまり、保管に失敗した結果である。


「四日目はやっぱりダメか」


「三日が限界なのは変わらずですね」


「ふふ、うふふ………あははは。はあ。実用化はまだまだ先だね」


 ベイル、クノン、ジュネーブィズがそんな話をしている横で。


「こちらが三日目ね」


 と、エルヴァが保管三日目の魔帯箱を、エリアの前に置いた。


 試作品もいくつか数があるようだ。

 まあそれはそうか。一つだけでは耐久実験もやりづらいだろう。


「あ、うん。じゃあ開けるね」


 一回肩透かしを食らった。

 どろりと出てきた水に流された。

 だからもう緊張も感動もない。


 エリアはさっと手を伸ばして、何の抵抗もなく蓋を開けた。


 と――


「あっ」


 今度は成功だ。


 目の前……蓋を開けたそこに、毛なしデガネズミの毛あり小サイズがいた。

 箱の大きさに合わせたサイズなのだろう。


「すごい! これ三日前に入れたの!?」


 非常に可愛いそれをさっと腕に、いや両手の中に抱き締める。小サイズだから。


 可愛い。

 小さいがいつもの手触りと温度だ。

 三日前に使用した魔術とは思えない。


 箱の蓋と底に、複雑な魔法陣が描かれている。

 やはり、かなり高度な技術で成り立っているようだ。


「三日は大丈夫なんだよなぁ」


「改良案は思い浮かぶが、時間がな……」


 クノンとベイルは、まだまだやる気はあるようだ。


 だがそれでも、ここが一区切りであることは、双方納得しているのだろう。


「時間というより、ふっ、あは、体力面がもう……何度か死ぬって思ったのは私だけかな?  起きてるのに走馬燈のようなものが見えたり……はは……でもこれはこれで幸せな死に方かなぁ」


 ジュネーブィズが死んだ目で呟く。

 いやそれは本物の走馬燈だ、とエリアは思った。


「長丁場だったものね。私もここまで長いのは初めてだったわ。えっと……五ヵ月くらいでしょ?」


「……そんなに経つか……俺も仕事が溜まっているだろうな……」


 改良の余地もある。

 改善の余地もある。


 だが、各々の生活もあるのだ。

 五ヵ月も掛かりっきりになっていた以上、いろんなものが滞っているはずだ。


「――皆さん、お疲れ様でした。魔帯箱の開発はここで一度終わろうと思います」


 クノンもそれがわかっているようで、終わりを宣言した。


 言わずとも全員同じ気持ちだが。

 しかし、リーダーが言うことに意義がある。


「ベイル先輩、ありがとうございました。ジュネーブ先輩、ありがとうございました。ラディオ先輩、ありがとうございました。

 エルヴァ先輩もエリア先輩も、素敵な女性と長く過ごせたことにも感謝します。ありがとうございました。


 僕もそうですが、皆さんも頭の中では、まだまだアイデアや改善案が出ていると思います。今この時も色々思い浮かんでいるはずです。


 それはすべて書き留めておいてください。

 またいつか必ず、このメンバーで、この試作品を完成に近づける開発を行いましょう。


 次は開発期間を区切りましょうね。

 いつ終わるかわからない、先が見えない作業はちょっと怖かったので。まあ僕は目の前も見えませんけどね」





 こうして、五ヵ月にも及ぶ実験。

「魔術を入れる箱」改め「魔帯箱」の開発は、一つの区切りを迎えたのだった。




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― 新着の感想 ―
デスマーチ完結!
[気になる点] 5ヶ月!アレもスクスク育ってそう… 周りに影響与えるならば巨大なウツボカズラとか触手で捕獲する危険な植物が発生しそうだね!笑
[一言] 五人の子供の面倒を見たお母さんをひたすら褒めたい。 代表の子供もこれで大丈夫ですね
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