122.発足の五人
「――待たせてすまん。始めよう」
開発用に借りた研究室に、単位を取り切った「実力」代表ベイルがやってきて。
ようやくクノンたちの共同開発はスタートした。
まずは人選の相談だ。
真っ先にクノンが上げた名は、ジュネーブィズである。
ぜひ欲しいと思っていた魔属性の彼だ。
珍しい属性持ちは基本忙しい、とは聞いていた。
聖女を見ればわかる通りだ。
まあ、彼女の場合は自ら仕事を増やしているようなものだが。
自分で自分の首を絞めるがごとく。
だから敢えて自分から声掛けはしなかったが。
「よかった。実はあいつにはもう声を掛けてある。明日連れてくる」
僥倖である。
ベイルの返答は、約二週間の遅れを充分取り戻すに足る内容だった。
「いやあ、クノンがあいついらないって言ったらどうしようかと思ったぜ。ほら、あいつ癖が強いから」
確かに癖は強い。
ジュネーブィズは、ついつい笑ってしまう癖がある。
そのせいで対人関係はよく揉める。
「僕あの人嫌いじゃないですよ」
人を小ばかにしてる感はすごく感じるが。
でも、魔術の腕は確かである。
特に魔属性だ。
クノンは今でも興味津々である。
そして、少なくともジュネーブィズの笑い声で「煽られてるのかな?」と感じることはあっても、態度で引っかかったことはないから。
本人にはそんなつもりはない。
その言葉を信じるだけだ。
「そう言ってくれるとありがたい。あいつは本当に人に嫌われやすいから……ちょっと不憫なんだ」
わざとじゃないなら確かに不憫だな、とクノンは思った。
――そんな話から始まり。
二人は、三派閥の優秀な土属性持ちの人選をするのだった。
クノンが先に交渉を。
いわゆる根回しを済ませていたおかげで、数日と待つことなく、二人の生徒を勧誘することに成功した。
一人は、「調和」のエルヴァ・ダーグルライト。
漆黒の髪と紫水晶の瞳を持つ、派閥一の美女と言われている女性だ。
彼女は勧誘の伝言を聞き、研究室まで来てくれた。
「あら。私のことを憶えていたの?」
「ええ。僕は魅力的な女性は高確率で忘れないので」
エルヴァは、半年前にクノンを「調和の派閥」に誘った女性である。
あれ以来接点がなかった。
なので半年ぶりの再会となる。
――「調和」代表のシロトからは、「男の土属性を紹介する」と聞いていたが。
しかし推薦された彼は、自分の実験に忙しく、今すぐは動けないそうだ。
その彼が他薦で推したのが、このエルヴァである。
クノンは男が来ると思っていた。
覚悟していた。
ベイルとの相談でも、シロトが推した彼の名が挙がっていた。
それゆえの想定外。
この奇なる縁にクノンは大喜びだ。
「先に言っておくわね」
そう言った彼女の視線は、ベイルとジュネーブィズに向いている。
「私、実験が始まったら、すごくダサくなるから。女としては期待しないで」
「調和」で一番の美女と名高いエルヴァだが。
大元は魔術師であり、研究者である。
だから、いざ作業が始まれば、見た目など一切気にしなくなる。
つややかで艶めかしい黒髪もぼさぼさになる。
澄んだ紫水晶の瞳も寝不足で淀む。
お肌も荒れるし、寝不足と疲労で目の下に隈もできる。
もちろん爪の手入れなんてしないし化粧もしない、床に雑魚寝だって平気でする、四徹はいけるけど命を削って生きてる感はしっかり感じる。
見た目がいいのは、忙しくない時だけだ。
オシャレも嫌いじゃないが、研究最優先の女性である。
――見えないクノンにはあまり関係なさそうなので、見える男二人に言っておいた。
「あー……少し聞いたことあるから、俺は大丈夫」
と、ベイルは答えた。
噂で少しだけ聞いたことがあった。
きっと美女は美女で色々あるのだろう。男の目とか男の期待とか。色々。
だが、ベイルは別にどうでもいい。
これでも一応「実力の派閥」の長である。
同僚に気を遣っていては、開発なんて進まないことをよく知っている。
だから、言われなくても特に気にするつもりもなかった。
「ウフッ、フフ、……私の方こそこんな感じなので、フフッ、よろしくお願いしますね。ほんと他意はないですよ。……ダサいあなたもフフッ、魅力的なんでしょうねっははははっ」
と、ジュネーブィズは答えた。
――聞きしに勝る笑い癖だな、とエルヴァは思った。
正直煽られているとしか思えないが。
しかし。
まあ、きっと。
本当に他意はないのだろう。
「ダサい、かぁ……いいですね。
女性を磨くのは紳士の楽しみですよ。ぜひダサいあなたも見てみたいな。見えないけど」
と、クノンは答えた。
まあ概ね想定通りの言葉なので、特に誰も何も思わなかった。
もう一人は、「合理」からやってきたラディオだ。
「……こんにちは。この前の試合観たよ」
十代とは思えないほど大柄で、腹に響く低い声。
誰もが見上げる大男が研究室にやってきた。
そんな彼はまず、クノンに挨拶した。
「あ、どうも。クノンです」
この前の試合とは、クノンとジオエリオンの勝負のことだろう。
「……すっかりファンになったよ。握手してください」
「え? …………あ、はい」
ファンとは?
いや言葉の意味はわかるが。
自分のどこにファンになる要素が?
クノンはよくわからなかった。
しかし、悪い意味ではなさそうなので、まあいいことにした。
きっと自他ともに認める素敵な紳士っぷり辺りに憧れたのだろう、と思うことにした。
「久しぶりだな、ラディオ」
ベイルの声に大男は首を回る。
「……ああ。面白そうな実験に呼んでくれてありがとうな、ベイル」
ラディオは自分の実験ばかりで、ほとんど表に出てこない。
口下手というのもあり、あまり他者との交流はしたくないそうだ。
誘っても応じることは少ないのだが。
今回は、題材に興味が湧いたのだろう――ベイルらと同じく。
「そりゃこっちのセリフだぜ。参加してくれてありがとな。またおまえの細工技術が間近で見られるなんて嬉しいよ」
「……ベイルには負けるが」
同じ土属性で、どちらも三ツ星。
ライバルと言えるほど接点はないが、実力は伯仲している。
だから、互いに意識くらいはしている。
こうして、「魔術を入れる箱」開発チームが発足した。
代表はクノン。
協力者はベイル。
ジュネーブィズ。
エルヴァ。
ラディオ。
これから増えるかもしれないし、増えないかもしれないが。
この五人から始まった。
ちなみに、エルヴァには左手に黒いトカゲが巻き付き。
ラディオには、銀色の金属質っぽいハリモグラが肩に乗っていた。
どちらも土属性だ。





