121.準備を始める
「――題材は気になるが、魔道具作製に風属性は役に立てないだろう」
それが「調和」代表シロトの返答だった。
「実力の派閥」ベイルには会えなかった。
代わりに受け取った手紙に従い、クノンはほかの派閥のリーダーと交渉してみることにした。
まずやってきたのは、背の低い塔を拠点とする「調和の派閥」だ。
やはり会うなら女性からだな、と思った次第である。
サロンを兼ねた食堂に呼び出してもらい、シロトと会うことができた。
派閥のリーダーはなんだかんだ忙しい。
急に来て会えるというのは、それなりに幸運なことである。
しかし、首尾よく会えたシロトだが、返答は思わしくなかった。
「……そうかもしれませんね」
シロトの言うことはもっともだった。
「実力」のエリア・ヘッソンも、同じ理由で断ったくらいだ。
何かを作るのに向いている属性は、土だ。
いや。
そもそもを言えば、水だって大して向いているわけではない。
クノンの特異な魔術だからこそだ。
噛み合うように調整できるから通用しているのだ。
土が向いていて、それ以外はそうでもない。
一般的にはこの認識で間違いない。
――それと魔だな、とクノンは心の中で付け加える。
一緒に作業したことがある「実力」のジュネーブィズは優秀だった。
彼の手伝いはぜひ欲しい。
闇はどうだろう。
どうと言えるほど知らないので、なんとも言えない。
光は……聖女から光属性の話を聞いた限りでは、向いてなさそうだ。
「魔術を入れる箱、か。本当に面白い発想だ」
――これがベイルの言っていた題材か、とシロトは思う。
だいぶ前に、ベイルから「面白い研究題材があるから半年で単位を取り切れ」とだけ言われ。
元々真面目なシロトなので、言われるまでもなく単位は取ったが。
しかし題材が魔道具造りでは、貢献が難しい。
いくら気になる研究であろうと、向いていないものに立候補するのはまずい。
それは双方によくない。
となると、だ。
「『調和』の土属性に話してみようか? きっと何人かは喜んで協力すると思う」
手伝う形を少し変えることにした。
「そう、ですね……人員選びはベイル先輩と相談して決めた方がよさそうかな」
クノンは、自分が主導で開発しようとは思っているが。
周りと合わせる気はない、なんてことは思っていない。
むしろ、できる限り周囲と足並みを揃え、同じ方向へ進みたい。
それこそが共同作業である。
だからこそ、進む速度は一人でやるより早いのだ。
あの自分勝手なゼオンリーでさえ、クノンの意見はそれなりに聞いていたのだ。
周りの人に頼る。
他人頼りと言えば聞こえは悪いかもしれない。
だが、とても大事なことだとも思う。
「そうか。それがいいかもな」
「もしもの時は女性の土魔術師を紹介してくださいね」
「わかった。『調和』の優秀な男にそれとなく声を掛けておく」
「……男……」
少々がっかりしつつ、クノンは「調和の派閥」を後にした。
「――ああ、面白い試みですね。魔術を入れる箱ですか」
シロトと別れた後。
クノンはその足で「合理の派閥」の拠点である地下施設へやってきた。
「合理」代表ルルォメットは、運よく自分の研究室にいた。
整頓された部屋まで会いに行き、話を持ち掛ける。
「しかし残念ですが、予定が入ってしまいました」
――ベイルに言われて半年で単位は取ったルルォメットだが。
残念ながら、協力はできなくなってしまった。
「予定ですか?」
「ええ、私も実験したいことがありまして。それが最短でも三ヵ月は掛かると見積もっています」
なるほどそれは邪魔できないな、とクノンは思った。
「ちなみに何の実験を?」
「闇の精霊を呼び出そうかと」
「えっほんとに!? すごい!」
精霊。
自然の中に存在すると言われる未知の存在だ。
過去、「見える者はいた」という記録はあるが。
限られた者しか見えない以上、どうしても信憑性は揺らいでしまう。
人の魔力を食らって魔術を放ってくれる存在、だとか。
魔術師は精霊を体内に飼っているから魔術が使える、だとか。
そもそもそんなの存在しない、だとか。
様々な説はあるが。
魔術師界隈で有力な説としては、「命を持った魔力の塊」と認識している者が多い。
精霊は見えないし、感じることもできない。
だが魔力だけは感じられるから。
何も見えない、何もいない。
でもふと謎の魔力を感じることがある。
これが精霊じゃないか、という説である。
「図書館の奥で見つけた古い文献に、精霊を呼び出す方法が書かれていました。
学校に確認したところ、教師同伴なら試してもいいと許可が下りたので」
なんと。
とても気になる実験である。
「気になるなぁ」
精霊とは何なのか。
世界の謎に迫る実験である。
魔力とは何なのか。
その答えに近づくかもしれない実験である。
こんなの気にならないわけがない。
「そうでしょう? クノンの開発も気にはなりますが、魔道具を造るのに私が力になれるかどうか」
「闇は向かないですか?」
「やったことがないので何とも言えませんね」
つまり、向いているにしても魔道具造りは素人だ、ということだ。
魔術を入れる箱。
難易度はかなり高いと思う。
「わかりました。何かあったらお手伝いを頼んでもいいですか?」
できれば、多少は魔道具造りに携わったことのある人がチームに欲しい。
だからクノンは、ルルォメットの勧誘を諦めた。
「もちろんです。私の力が必要だと判断したら、遠慮なく声を掛けてください。
わずかでも開発に関わりたいという気持ちはありますからね」
ついでに、もしかしたら優秀な土属性の人を勧誘するかも、という話までして。
クノンは「合理の派閥」を後にした。
「――よし」
地下施設から地上に出てきたクノンは頷く。
とりあえず。
交渉の結果、人員確保はしやすくなった。
まだ研究は始まってもいないので、今はこれでいいだろう。
ベイルが動けるようになるまで、約二週間。
その間に、準備がてら軽く実験をしてみよう。
クノンはそう決めて、サトリの研究室へ足を向けた。
――「魔術を入れる箱」を開発する、新たな研究室を申請するためだ。





