表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/494

110.観戦者がいた





「……なんか割と大事になってません?」


「……そうだな」


 クノンの言葉に返事をするジオエリオンは、非難の目を向ける。


 その先には、うるさい護衛がいた。


「いや違う! 違うであります!!」


 今回の段取りを任されたイルヒは、自分は無実だと訴えた。


「自分は教師二人と聖女にしか声を掛けてないであります!!」


 学校施設の使用許可を得つつ、危険な時は止めてくれるよう教師を二人を。

 そして、もしもの時に備えての回復要因として聖女を。


 イルヒは、あくまでも内々の出来事として事を進めてきた。

 決して喧伝なんてしなかった。


 ならば、この状況はなんだというのか。


 ――明日の午前中、食堂で。


 約束通り、朝には遅いが昼には早いという頃に、クノンとジオエリオンらは合流した。

 そして挨拶もそこそこに、使用許可をもらった第十実験室に移動した。


 また白い部屋かと思えば、そこはどこぞの闘技場のようだった。

 すり鉢状になったリングに観客席まであり、決して建物の一室に納まる規模ではない。


 空間を捻じ曲げて、どこかと繋げているのか。

 それとも空間を捻じ曲げて実際に作ったのか。

 あの青空まで作ったのだろうか。


 クノンには理屈がよくわからない。


 だがまあ、それはいいとして。


 そんな闘技場の観客席には、すでにたくさんの人がいた。

 といっても魔術学校の関係者だけなので、客席の前列が所々埋まっているくらいだが。


 二級三級の生徒たちに、特級クラスもいた。

 知っている顔も知らない顔もいる。

 見慣れない教師らしき者たちもいた。


 それに加えて――


「見えないけど僕の見間違いでしょうか? あそこに黒い正方形がありません?」


「あるぞ。……なんだあれは」


 不自然に観客席の上空に浮かぶ、黒い箱。

 あれはなんなのか。


「――来たね」


 選手用入場口でずっと唖然としていたクノンたちに、クノンの知っている顔が近づく。


「あ、サトリ先生――」


「先生! これどういうことでありますか!?」


 クノンの声を、イルヒの声が追い抜いた。


 そう、イルヒが声を掛けた教師の一人が、このサトリ・グルッケである。

 クノンの知り合いということもあり、頼みやすいと踏んでだ。


 それで、実際即答で場所の用意と立ち合いを承諾してくれた。

 話が早くて助かった。


 と、思ったのだが。


 まさか見物人を入れるなんて。

 こんなの考えられない。


「まあ落ち着きな。誰がいようとどこであろうと、当人同士のやることは変わらないだろ」


「見られているかいないかは大違いでありますよ!」


 これはイルヒの主張が正しい。


 熟練の魔術師となれば、それなりに隠し玉や秘儀といったものを持っているものだ。

 見られているということは、大勢に知られてしまうということだ。


 やりづらくなることはあっても、やりやすくなることはない。


「気持ちはわかるけどね。でも仕方ないだろ」


 サトリは小さな溜息を吐くと、宙に浮かぶ黒い箱を見た。


「グレイ・ルーヴァが観たいってさ」


「「グレイ・ルーヴァ!?」」


 クノンは元より、ジオエリオンもイルヒもガースも驚いた。


 グレイ・ルーヴァ。

 何百年も生きている、世界一有名な魔女である。


 周辺三国を相手に一人で立ち回り、この土地を守ったという恐ろしく腕の立つ魔術師である。


 名前だけは有名で、歴史書にも出てくるほどの存在だが。

 しかし、実際の彼女のことを知る者はおらず、ましてや姿を見た者さえほとんどいない、とかなんとか。


 本当に数百年も生きているのか。

 そもそも本当に実在するのか。

 もし実在するなら、どんな魔術を使って生き永らえているのか。


 興味は尽きないが、何しろ会いたいと思って会える相手ではない。

 この魔術学校に属するからと言って、会えることもない。


 ……というのが、だいたいの通説だったのだが。


 あの黒い箱。

 恐らく影を使った目くらましの中に。


 世界一の魔女がいるそうだ。


「で、ついでだから観たい者には観せてやれってさ」


 ついでだから。

 自分が見学するついでだから、他の者も呼べ、と。


「悪いね。あの方が言うなら誰も逆らえない」


 それはそうだろう。


 グレイ・ルーヴァは、この魔術学校の学園長みたいな存在である。

 学校に属するなら、長にはなかなか逆らえるものではない。


 放校処分はさすがに困る。

 この都市では彼女が法なのだから。


「まあいいじゃないか。あんたらくらいの年齢で使える魔術なんて、まだまだ未熟なものさ。十年後の自分が絶対に追い抜いているからね。

 だから、ここで全部出し切ったところで、大したデメリットはないよ。あたしらからすれば全部小技だ、小技」


 確かに言う通りではあるのだろう。


 教師たちの実力は高い。

 そんな彼女らからすれば、十代前半のクノンやジオエリオンの魔術なんて、まだまだ未熟なのだろう。


 だからと言って簡単に納得はできないが。


 ――しかし、グレイ・ルーヴァの意向なら仕方ない、という面もある。


 何せ世界一の魔女である。

 言ってしまえば魔術師界の御前試合に等しい。


 特級とはいえ一年生の自分には恐れ多い、とさえクノンは思う。


「で、彼女からの伝言だ。

『たとえ即死しても治してやるから、持てる全ての力を使って戦え』、だとさ。確かに伝えたよ」


 つまり、だ。


「決戦用魔法陣はなしですか?」


「そうじゃない方が好みだろ?」


「僕はそうですけど」


 魔術を食らうのもまた勉強。

 クノン本気でそう思っている。


 だが、ジオエリオンはどうか。


「俺も構わない」


 なら、問題ないのか。……ないのか?


「――じゃあ問題ないね。ほれ、皆待ってるんだから早く行った行った」





 想像していた勝負より、少々人目が多くなった。


 なんとなく気が削がれた感はあるが。

 闘技場の真ん中で向き合えば、周囲は気にならなくなった。


 彼らが静かに観戦しているせいもあるのだろう。

 雑音さえなければ、ここにはお互いの存在しかない。


 もう、相手しか見えない。

 ずっと焦がれた相手しか。


「クノン。先に言われたが、俺からも言っておく」


 ジオエリオンはじっとクノンを見詰める。


「俺は君を退屈させないよう努力する。だから君も俺を退屈させないでくれ」


 眼帯の下、見えない眼差しでクノンも見詰める。


「全力でやれってことですね? 殺す気で」


「俺に勝てるなら全力じゃなくてもいい。だが俺はそのつもりでやる」


「わかりました」


 ――よかった、とクノンは思った。


 この勝負で一番懸念していたことは、ジオエリオンが手加減をすることだった。


 クノンの見立てでは、ジオエリオンの方が一枚も二枚も上手だと思っている。

 総魔力量も、魔術に対する操作も制御も。

 恐らくは覚えている魔術の数も、バリエーションも。


 なんとなくそう思っているし、外れている気がしない。


 この勝負、恐らく自分は勝てない。

 元々勝敗問わず戦うことだけ考えていたので、それはいいのだが。


 だが、加減されるとなれば話は別だ。


 その結果、クノンが勝ったところで、何も思うことはない。

 いや、むしろがっかりするだろう。


「常々魔術に対する考え方が似てるとは思ってましたが、こんなところも似てるんですね」


 きっとジオエリオンも心配していたのだろう。


 自分に遠慮して加減するのではないか、と。

 帝国の皇子という身分ゆえに、本気でぶつかってくる相手も少なかったのかもしれない。


 ――だが、答えはきっと同じだ。


 魔術において身分など関係ない。

 より魔術の深淵に触れるため、また遥かな高みに臨むため。


 そのために戦う。

 それだけだ。









 開始の合図は、教師サーフ・クリケットが行った。


 サトリ同様、イルヒが頼んだ教師の一人だ。


「じゃあ、始め」


 気負いのない合図だったが、クノンとジオエリオンの反応は速かった。


 クノンの周囲に無数の「水球」が生まれる。

 ジオエリオンの周りに無数の火蝶が舞う。


 その状態で膠着するかに思えたが――火の動きは迅速だった。


 火蝶が舞う。

 火燕が飛ぶ。

 火犬が走る。

 火蜻蛉が滑空する。


 生物の形を伴う火が赤い軌跡を描き、一斉にクノンに襲い掛かる。


 クノンはそれら一つ一つを、丁寧に「水球」に閉じ込めていく。


 不規則な火蝶も。

 上から来る火燕も。

 足元を駆ける火犬も。

 まっすぐ飛んでくる火蜻蛉も。


「……?」


 全てを包み込んで処理した時、クノンは違和感を覚える。 


 閉じ込めた火が、消えない。


「っ!」


 そう思った瞬間、火が膨れ上がる。


  ボンボンボンボン!


「水球」の中で膨れ上がった火は、その膜を破った。


 全ての動物が一瞬で爆ぜ、燃え上がり。

 クノンは全身を火に覆われた。





 狂炎王子ジオエリオン。

 彼の火は蕾である。


 蕾は、狂い咲く。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】
― 新着の感想 ―
[良い点] 同格や上位者が結構いるのが面白いですね
[気になる点] グレイルーヴァって入学時の面接で毎回会える訳じゃないんかな?
[一言] グレイ・ルーヴァ。。。権力を振りかざし誰も逆らえないラスボス的悪役がいよいよ登場しましたね! 大きな悪役の顔見せ、わくわくする仕掛けですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ