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106.反乱の火





 随分と時間が経っていたようだ。


「――すみません。長々とお邪魔しました」


 ぞろぞろと個室から出てきたところである。


 クノンが食堂の個室にやってきたのは昼過ぎで、今は夕方だ。

 冬の空は、もう暗くなりつつあった。


 ジオエリオンとの話に夢中になっていた。


 気が付けば夕方。

 元々時間に無頓着なクノンだけに、珍しくもないことだが……


 この場合は、相手にも寄るだろう。


 魔術に関しては、男も女も持ち来む気はない。

 いやどちらかと言えば女性の方が絶対いい。


 まあそこはいいのだが。


 しかし、初対面でこんなにも付き合わせてしまった、という負い目を感じた。


 クノンは夢中になるほど楽しかったが、相手がそうだったかは――

 

「謝罪はいらない。俺も楽しかった」


 ――ジオエリオンの本心である。


 客人相手である。

 そうじゃなくても、同じ言葉を伝えたとは思うが。


 でも、今この場においてのジオエリオンの言葉は、紛れもなく本心だ。


「帰ったら大変でありますね、ジオ様」


「わかっている。覚悟の上だ」


「……?」


 今のイルヒとジオエリオンのやりとりの意味は、クノンにはわからなかった。


「何か予定が?」


「気にするな。つまらん用事がずれ込むだけだ」


 ――楽しい語らいを優先して、帝国の勉強時間を丸々潰しただけだ。


 ジオエリオンは帝国の第二皇子だ。

 将来は祖国の要職に就くか、外国に婿入りする予定となっている。


 そのどちらの道を歩むにしても、皇族としてである。


 ならば皇族として、帝国の定めた課題をこなさねばならない。

 たとえ魔術学校に属していようと。


 二級クラスは、王侯貴族ゆかりの者や金持ちの子が多い。

 将来に向けての学習もこなさねばならないから、という理由があるからだ。


 家を継ぐ予定のある者や、魔術師として王宮勤めや宮仕えが決まっている者。

 あるいは入り婿予定などだろうか。


 通常ならば、貴族学校に通ったり留学している年齢である。

 それを蹴って、今この学校にいるのだ。


 ならば、王侯貴族として知っておかねばならない知識、マナーをどこで学ぶのか?


 当然、学校の合間である。


 こうなると、特級クラス入りは難しい。

 魔術の勉強して、貴族学校で学ぶ知識も頭に入れて、しかもお金を稼がなければならない。


 ここまで予定が詰まると、さすがに時間の捻出ができない。


 ――ジオエリオンの午後は、だいたい自宅での勉強に費やされる。


 今日はたまたま少し居残っていただけに過ぎない。

 二学期の終わりに行われる、属性別対抗戦の予行練習をするためだ。


 予行練習が終わって、遅めの昼食を取って、帰る前に少しのんびりしていたところに。

 イルヒが、ぜひとも会いたかったクノンを連れてきたのだ。


 そして今である。


 帰ったら、午後やる予定だった勉強である。

 きっと夕食後もやることになるだろう。かなり予定がずれ込んだのだから。


 非常に気乗りしないが――クノンと過ごす時間と天秤に掛けるなら、選ぶ余地などない。


 だから今、午後の予定を全部無視して。

 ジオエリオンはここにいるのだ。


「もしまた俺と話したくなったら、家に遊びに来てくれ。きっと学校ではあまり会えない」


 クノンの噂は早い内に聞こえていたが。

 実際こうして会えたのは、入学して約半年経ってからだ。


 ジオエリオンは忙しいし、クノンも己の学びに忙しい。

 その結果である。


 ならば家に来てもらった方が早い。


「いいんですか? 僕ほんとに行きますよ?」


「構わない。空き部屋もあるから泊まりに来てもいい」


 泊まり。

 学校の先輩の家に泊まり。


 ――クノンは悩んだ。


 己とジオエリオンの関係はなんと言えばいいのだろう、と。


 友達でいいのだろうか?

 友達の家に遊びに行く、もしかしたら泊まりに行く、という認識でいいのだろうか?


 いや、会って初日で友達だなんて言えるのだろうか?


 そんな悩むクノンの耳に「自分とガースも一緒に住んでるでありますよ!」と、イルヒの情報が飛び込んだ。


「え? 一緒に?」


「イルヒとガースは俺の護衛も兼ねているからな」


 なるほど、友人兼護衛ということになっているらしい。





 校門まで歩きながら話をした。

 あれだけ話したのに、まだ話せることがあった。


 魔術以外の話はほとんどしなかったからだ。

 今度は、どの辺に住んでいるのか、行きつけの店はどこか、とか。そんな話題ばかりだった。


「あ、その辺ってレイエス嬢も住んでるところだ」


 詳しく聞くと、ジオエリオンの住む家は高級住宅街だった。


 さすがは帝国の皇子である。

 あの辺は、それは空き部屋もあるだろうな、という規模の家ばかりだ。


 クノンも侯爵家の子息なので、一応物件を紹介はされたのだが。

 しかし侍女と二人暮らし……というか侍女の仕事が大変なので、二人住まいの身の丈にあった家を選んだ。


 そして聖女レイエスも、聖教国セントランスの名を持つ者である。

 良いところに住んでいるのだ。


 特級クラスは、家賃だけは学校が払ってくれる。

 住もうと思えばクノンも高級住宅に住めるはずだが、……まあ、侍女の家事が大変なので、今のままで不満はない。


「ああ、新入生の聖女か。うちのメイドと向こうのメイドで親交があるらしいが、俺は挨拶したきりだな」


 ジオエリオンと聖女は、公の場で何度か顔を合わせたことがある。


 入学してすぐに、顔見知りとして挨拶しに来たが。

 それ以降は会っていない。


「彼女の実験も面白いですよ」


「噂だけは聞いている。君がそれに一枚噛んでいるという話もな」


 また魔術の話に戻った。


 話題は尽きない。


 クノンとジオエリオン。

 傍目には、今日初めて会った二人には、決して見えないだろう。










 

 時は少し遡り。


 食堂の個室でクノンとジオエリオンが話をしていた頃、第三実験では一つの事件が起こっていた。


「――はあっ、はあっ……」


 二級クラス水の一年生アゼル・オ・ヴィグ・アーセルヴィガは、片膝を着いて大きく肩を上下させていた。


 頭がくらくらする。


 魔術の使い過ぎである。

 多少出血はしているが、眩暈を起こすほど血は出ていない。


「アゼル君――」


 同じく、少し怪我をしているラディア・フ・ル・ローディア。

 彼女は手を貸そうとしてくれたが。


 アゼルは手で制した。

 そして、限界ギリギリの身体に鞭を打って、自分の力で立ち上がった。


「……我らの勝ちだ!」


 そして宣言した。


 倒れていたり、跪いていたり。

 己とラディアで戦い、打ち破った者たち――


 二級クラス土の一年生、五名に対して。


「いいか! 約束通り、貴殿たちには我らの下に付いてもらう! これからは帝国も何も関係ない、我らに従え!」


 同意の声こそ上がらないが、反対の声も上がらない。


 勝負に負けた。

 しかも、二対五の絶対的有利の状態で、負けた。


 実際戦った者たちも、参戦せず見学していた土の一年生たちも――それ以外の一年生たちも、何も言えない。


 これでごねればただの恥さらし。

 そして、素直に「従う」と言えないのは、ただただ悔恨の念からだ。


 率直に、ただただ負けて悔しいからだ。


「事前に説明した通りだ!」


 これで、ようやく。

 ようやくアゼルたちは、二級クラスの一年生全教室を支配したことになる。


 これでやっと、二年生に挑める。


「次は二年生に勝負を申し込む! 貴殿らは我らの側に立ち、勝負を見守りたまえ!」


 次はいよいよ二年生。

 二年の狂炎王子に挑むことになる。


 ――アゼルたちの起こした小さな反乱は、確実に広がっていた。


 帝国勢の御旗となっている狂炎王子を叩く。

 それを目的とした制圧作戦は、ようやくここまで来た。


 全ては、彼の者を勝負の場に引きずり出すための下準備である。

 こうして外堀を埋めていけば――帝国の者を倒していけば、狂炎王子は逃げられなくなる。


 帝国の皇子として、挑まれた勝負から逃げるという醜態は、晒せないだろう。

 それを見守る者たち……あるいは後押しする者たちは、支配した教室の者たちだ。すでに四十名近くもいる。


 こうなれば、アゼルの勝負を受けざるを得なくなるはずだ。


 ここまで圧が掛かれば、王侯貴族として受けないわけがない。

「まずは一年からにしろ」などという時間稼ぎも許さない。


 そして、彼を打ち破れば、帝国の力は殺がれるはず。

 二級クラスも、今よりは過ごしやすくなるだろう。


 反乱の戦火は着実に広がっていた。


 


 

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ジオ様関係ないのに担がれて大変だな。 本人はアゼル達と同じくただ魔術を学びたいだけなのに
ここで二級クラスのアレコレに戻るか〜〜〜! いや〜〜〜明らかに面倒ごとなんですけど何の関係もない読者視点で見てる分には話がどう転がっていくかウッキウキです。
[良い点] なかなか、年末に年賀状を遅らせる程面白すぎる展開です。 [気になる点] 記述で「魔術に関しては、男も女も持ち来む気はない。」は「持ち来す」の間違いか「持ち込む」か?判断が難しいが、「持ち込…
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