101.革命の火種
授業が終わった一年生水の二級クラスの教室には、生徒が全員揃っていた。
「――結論は、だいたいこんな感じか」
この教室のリーダー格であるアゼルは、面々を見回す。
声は上がらない。
これでペンを置けるようだ。
彼は飛び交う生徒たちの記憶と意見をまとめ、何枚かの紙に書き留めていた。
いろんな論や解釈が出たせいで、一枚目などイタズラ書きのようになってしまった。
こんなにも整っていない覚書など、書いたこともなかったのに。
授業が終われば早々に帰る者もいるが。
今日だけは、どうしても、そんな気になれない者ばかりだった。
それほどまでに、先程見た教師と生徒の勝負は、強く印象に残ったのだ。
だからこそ、彼らはその話をしたくてたまらなかった。
そして、その話ができるのは、それを一緒に見ていたこのクラスの者たちだけだから。
あの勝負は面白かった。
時間としては短かったが、興味が尽きない一戦だった。
胸が熱くなった。
未だ心に灯っている熱は、考察や解釈という形で発散された。
「やっぱり納得できない。クノンがやったのは本当にそうなのか?」
「そうじゃなければどうなんだよ」
「だって魔術を小分けにするなんて聞いたことあるか? しかも閉じ込めるんだぞ」
「ないけど。でも実際目の前でやってただろ」
結論が出たかと思えば、まだ納得できない点がある者もいたようだ。
実に消えづらい熱だ。
まだ燻ぶっている。
――それもまたいいのだろう、とアゼルは思った。
魔術に対する気持ちが強い証拠だ。
二級クラスでは、久しく感じられなかったものだ。
アゼル本人としても、いずれ答え合わせはしたいところだが。
その機会はあるかどうかはわからない。
「まあ、一応結論は出たということで。今日は解散しよう」
話し足りない者もいるが、いつまでも話し込んでいるわけにはいかない。
王族であるアゼルが残っているから先に帰れない、という者もいるのだ。
権力や国の事情を持ち込まない、と決まっていたとしても、なかなか従えるものではない。
「――アゼル君」
先にアゼルが取り巻き二人と教室を出たところで、後を追うようにやってきた巻き毛の少女に声を掛けられた。
ラディアである。
「……珍しいな。君から声を掛けてくるとは」
アゼルはアーセルヴィガ王国の王族である。
そしてラディアは、帝国の公爵ローディア家の娘である。
あの教室では、最も家の力が強い二人となる。
だが、現在は二級クラス全体で、帝国出身者の立場が強まっている。
もしラディアにその気があれば、もしかしたら、リーダー格は彼女の方になっていたかもしれない。
あるいは、教室が割れる派閥のようなものができていたかもしれない。
それがわかっている二人は、暗黙の了解で、あまり接しないようにしていた。
二人が揉めて迷惑をするのは、同じクラスのほかの生徒だとわかっているからだ。
ちなみにこの魔術学校では、誰も殿下と呼ぶことはない。
表向きは、あくまでも権力を持ち込めない場所だからである。
表向きは、ではあるが。
「わたくしは、先のような語り合いをすることこそ、本来この魔術学校にあるべきものかと思いますわ」
いきなり直接的なことを言われて、アゼルは驚くと同時に、少し嬉しくもあった。
「そうだな。私もそう思う。お互いやりづらいことこの上ないな」
――彼女も同じ気持ちか、と。
さっきの話し合いは楽しかった。
家の事情や、国の事情を一切考えず、ただ興味と関心だけで魔術の話をしていた。
魔術学校に行けば、煩わしい家のことも国のことも考えずに、ただ魔術のことだけ考えて過ごせるかもしれない。
そんな夢見ていた生活の一端が、さっきの時間には、確かにあったのだ。
「……どうしたらいいんだろうな。ラディア嬢」
答えに期待はしていなかった。
ふと漏らした、ただの溜息にも似た弱音のようなものだった。
軽率だったのか。
それとも、やはり本音では少しくらい期待していたのか。
その一言がきっかけだったのだと思う。
「情勢を変えるなら、一番強いものを叩くのが定石ですわね」
それは経済であったり、武力であったり。
食料事情であったり、地の利であったり、交流であったりするかもしれない。
一番強いもの。
今ここで一番強いものと言えば。
「……君、伝手はあるか?」
「挨拶を何度か。顔見知り程度です」
「充分だな」
それをすれば、更なる問題が発生するかもしれない。
もしくは、ただ単純に敵わないかもしれない。
しかし、現状は、決して良いものではない。
「もし本当にやるとすれば――小さな革命になりそうだな」
他所事に囚われず、本気で魔術を学びたいなら。
これはきっと、必要な反抗である。
「あ、クノン君。もう大丈夫なの?」
着替えを調達したジェニエが、聖女の教室に入ると。
すでに起き上がって活動していたクノンを見て、ひとまず安心した。
「……あれ? 服はもういらない?」
そして、今自分が手に持っているものが用なしになったかと思った。
なぜなら、クノンは白いバスローブのようなものを羽織っていたからだ。風呂上りのように。
「いえ、ください。これ『水球』ですから」
出た。
変幻自在の「水球」だ。
動物の細かな細工までできるクノンなら、バスローブくらい平気で再現できるだろう。
――起きてすぐは頭が回らなかったクノンだが、無事セクシーは封印できて事なきを得たのだ。
「それと先生、お見舞いに来てくれてありがとうございます。服を着たらサトリ先生の研究室に行きましょう」
「あ、そうする?」
聖女にはだいたい話し終わったところである。
彼女自身も、ずっとクノンの相手をしていられるほど暇じゃないので、長居は無用だ。
「レイエス嬢もありがとう。今度なんかお礼をするね」
「いりませんよ。私の方がたくさん借りてますから」
「…? そうなの?」
「ええ。主に金銭面で」
――もしクノンの手伝いがなければ。
きっと経済的な理由で今頃は二級クラス入りしていただろう、と聖女は思っている。収入があるたびにそう思っている。
こうして自由に学び、研究ができるのも、クノンのおかげである。
あと野菜を育てるのがすごく楽しい。愛しい。
これが感情の芽生えかと時々考えているが、今は関係ない。
「近い内にまた来るから」
「はい」
服を着たクノンを見送り、聖女は読書に戻った。





