死神少女を取り巻く環境
【ナーガ海 貨物船】
船内は慌ただしくなった。
動かすことができる者がいなくなった船はただひたすらに海を進んでいく。
少女達が甲板に出ると外はほとんど真っ暗だった。船がどこを向いているのかすらわからない。
「帝国領まではまだ距離があるはずです。このまま海で放浪するよりは何処かに降りた方がいいでしょう。」
「あそこに舵がありそうですわ。」
ナタリーが船室の扉を開き全員後に続く。
どうやら当たりのようだ、部屋には舵と死体があった。
見知らぬ少女達が入る前にハンナがさっさと片付ける。
「クリスティアナ様は光で辺りを照らすことはできますの?」
「できますがあまり遠くは照らせないと思いますよ?」
二人は暗い甲板に出ていく。
クリスティアナが何かを唱えると光の球が出現し周囲を照らし始めた。
かなり明るくなったが海の向こうまでは照らせなかった。
「残念です。」
心底悔しそうにクリスティアナはナタリーを連れて皆の所に戻った。
舵取りはハンナが担当している。
エミリアがやりたがったが、彼女の身長では窓を見ながらの操縦が無理だと言われ部屋の隅で拗ねている。
ナタリーが抱っこしながらやればいいと主張したが即却下された。
クリスティアナとナタリーは囚われていた少女達の身元を聞いていた。
住所は違うが全員が王国出身、未成年だった。
いきなり連れてこられた少女達は怯えていたが自分達の正体を明かすと希望の表情を浮かべた。
目の前には普段なら会うことすらできない聖女のクリスティアナ、帝国で名高い賢者のナタリー、そして皆を助けてくれたエミリアがいる。
船員を全員殺したのはエミリアだと聞かされたが、少女達には恐怖よりも感謝の気持ちが勝った。
中にはエミリアに向けて恍惚の表情を浮かべる者もいたが当の本人はいじけて気づいてないし、ナタリーが睨んで牽制しクリスティアナが大人げないと尻をつねる。
緊張が和らいだのかレイラとおしゃべりする者もいた。
船が波に大きく揺らされる。
風も強くなり、雨も降り始めた。
「ハンナさん………。」
「なんとかやってみるよ。」
ハンナは船が波に飲まれないように舵を操っていた。
この短時間でコツを掴んだようだ。
暗い海を船は突き進んでいく。
少女達が海上を進んでいる頃
【ベルセイン帝国 ハーベリア城】
「悪い報せです。」
「聞きたくないな。」
「聞かなくても現実は変わりませんよ。」
「………仕方ない、何事だ。」
カイゼル髭を生やした皇帝ハワードと宰相クリックスは執務室にいた。
事務処理等が一息ついたところでクリックスが切り出したのだ。
「エミリア嬢達が乗った船なのですが、どうやら予定の航路を大きく外れているようなのです。」
「む、どういうことだ?」
帝国製の船舶には行方を追うために追跡用の魔石が搭載されている。
これにより海難事故や遭難、なんらかの襲撃に対応を容易にするのが目的だ。
「その船は昔から他国との交易に使用されてました。航路を間違えるとは思えません。」
「乗っ取りか、それとも魔物の襲撃か………。」
「調査班を向かわせますか?」
「いや、賢者殿と聖女殿が同行しているなら大丈夫だろう。護衛としても心強いしな。」
彼らは知らないが実際に返り討ちにしているのはエミリア本人である。
ナタリー達が手を出す前にたいていは事を済ませてしまうのだ。
「ところで黒の森の瘴気の件だが。」
「日々、濃くなっているところからスタンピードの前兆と思われます。」
「やはりな…………冒険者ギルドに通達、国からの依頼として冒険者を募らせるのだ。」
「騎士団の動きはどうしますか?」
「近隣の村を守るために城塞都市から派遣させよ。留守の者は魔物を都市に入れないように、城塞都市にあるものは何でも使って構わん。魔導人形の出撃も許可しよう。」
「ではそのように伝えましょう。」
城塞都市は王国との戦争のために作られた。
戦争がなくなってからは時々起きるスタンピードによる魔物の襲撃からの防衛拠点として機能する。
戦争用に作られただけあり内部の施設は充実しており、例え包囲され補給が途絶えても十年は持つと言われている。
【辺境の町メグラール】
黒の森に近い小さな町の冒険者ギルドに多くの冒険者が集まっていた。
各々が自由に飲み食いしながら馬鹿騒ぎしている所に仮面をつけたローブの冒険者が一枚の紙を眺めていた。
「ふん。」
冒険者は相棒が待つ宿へ向かって歩き始めた。
指名手配書
この人相を持つ少女を王都へ連れてきたものに賞金として金貨1万枚を贈るものとする。
ただし対象は非常に攻撃的で、今まで多くの犠牲が出ている。また何らかの探知能力を所持している可能性があるため接触の際は遠距離から弱らせることを推奨する。




