死神少女と夜の王
【ベルセイン帝国 幻影屋敷】
ひとりでに開いた鉄柵の先にエミリア達を待っていたかのように一人の老人がいた。
フォーマルなスーツを着た老人はかなり痩せこけており、顔はほぼ骨のようだ。そして名乗ってもいないのにエミリアの名前を言い当てた。
「あんた誰?」
グリムリーパーの切っ先を老人に突きつけると老人は物怖じせず笑い出す。
「これはこれは申し訳ありません。私はこの屋敷の執事をしてます………セバスチャンとでもお呼び下さい。」
老人がお辞儀しながら自己紹介したことでエミリアは刃を収めた。今は敵じゃないと判断したらしい。
「主人がお待ちです、こちらへどうぞ。」
老執事のセバスチャンがランタン片手にエミリア達を案内し始めた。
中庭は背の低い石柱が玄関に向かって並んでいる。石柱の頭で怪しい青い炎が燃えているが恐らく光源のような役割だろう。
(………沢山いる。)
エミリアの探知能力はセバスチャン以外の何かを多数捉えていた。姿は見えないが真っ直ぐこちらを見ている。
「彼等は使用人。人見知りが激しいので気分を害しましたら申し訳ありません。」
こちらの思考を読んだようにセバスチャンが呟く。
老人にしては歩く速度は速かった。が、足の動きがおかしい。まるで引き摺られるように時々覚束ない動き、にも関わらず歩行速度は変わらない。
「貴方は………魔族か何かでしょうか?」
意を決したクリスティアナが問いかける。
「我らの主人は魔族でございます。私に関しては………何と答えましょうかねぇ。」
返答に困るらしくセバスチャンははぐらかした。
ただ、これから会うであろう屋敷の主人は魔族だということは分かった。セバスチャンの態度からして敵対する気はないようだが。
青い炎を辿っていくと屋敷の玄関に辿り着く。セバスチャンが近づくと扉がやはり独りでに開いた。
「中は薄暗いので私から離れないでください。物騒な罠も仕掛けてあるので物には触らないように、お客様を傷つけるわけにはいきませんので。」
屋敷の中は蝋燭で照らされてる箇所を除けば薄暗く、簡単に道を見失いそうだ。窓から入る月明かりで辛うじて完全な暗闇にならずに済んでいる。
セバスチャンによると時折開かずの鉄柵を越える侵入者が現れるらしく、その為の罠が至る所に仕掛けられているようだ。
ほとんどが致命傷を負わせる物、身体に毒物を入れ込み行動不能にする物等々殺意の高めな罠ばかりだ。
屋敷の奥、一際豪華な扉が現れた。
いよいよセバスチャンの言う『主人』との対面だろう。
セバスチャンが扉を軽く叩く。
「お嬢様、例のお客人です。」
「入れてちょうだい。」
鈴のような声で返事が返るとセバスチャンは扉を開く。
「どうぞ、お入りください。」
エミリアを先頭に部屋へ入る。
そこには黒いドレスを着た、銀髪で赤い瞳、病的なまでに白い肌の少女がいた。
少女はスカートを軽くつまむと
「初めまして、エミリアさん達。魔界貴族ナイトロード伯爵家当主のアン・ナイトロード、貴女たちが来るのを待っていたわ。」
貴族らしい挨拶。
だが口元から見え隠れする小さな牙は人外の証。それも上位の魔族、少女アンは吸血鬼だった。
お互い自己紹介を済ませると大きなソファーに腰掛ける。アンは優雅に紅茶を一口嗜むといつの間にか居た侍女に紅茶を下げさせた。
侍女には薄い羽が生えていた。
「あの侍女はまさか、ピクシーですか?」
「えぇ。みんな魔界から一緒に来てるの。」
この世界のピクシーは所謂上位の妖精を意味しており、本来の生息地から離れて行動が出来る。また妖精にしては身体が人間と大差ないくらい大きく、羽を隠せば人間そのものに見える。
「貴女たちが屋敷に来るのは分かっていたわ。私たちがここに来た目的が聞きたいのでしょう?」
「待ってください。貴女達は一体何処まで知って………いるのですか?」
アンもセバスチャンも、まるでエミリア達がこの屋敷に来ることを知ってるかのような対応だ。
少し不気味になったクリスティアナは思わず聞いた。
「お嬢様は少し先の事が視えるのです。」
「正確に言うと『自分に関する未来』。だから貴女達の名前も、目的も知っている。」
アンは所謂未来視という能力を持っていた。それを活用してあらゆる危険を避けてきた。
「まぁ………あまり便利なものじゃないけど。」
少し物憂い顔をして窓を見つめた。
「さて、私たちが魔界から来たのはある物を探しているの。」
いよいよ本題に入る。
「貴女たちは『レギオン』をご存知?」




