死神姉妹の休日
【ベルセイン帝国 小さな村リネ】
秋。魔の森で木の実を巡って小型の魔物の争いが多発し、それを狙う大中の魔物が発生する時期。
リネの冒険者達は生態系に影響が出ず、村に危険が及ばない案配で魔物討伐に向かう。
そんな事情とは関係なくエミリア達は自分のお仕事をこなすのである。今日も遠方の魔物討伐のためフレイムドラゴンにハンナが乗る。
だが今日は珍しい同行者がいた。
「では、行ってきますね。」
「ん、いってらっしゃいクリス。」
聖女クリスティアナ、そしてゴーレムのラバダであった。
今回の依頼は【アシド湿地帯】に出現した『アシドサーペント』と言う地域固有の魔物だ。
全長10m程の巨体であらゆる生物を窒息させ仕留める。有毒生物の楽園とされる湿地帯では唯一毒を持たない代わりに一切の毒物が効かない特性を持つ。本来は複数の冒険者パーティーで相手する大物なのだがハンナに掛かれば半日で終わるらしい。
だが厄介なことに湿地帯には『レイス』や『グール』が徘徊しており依頼の障害となる。いくらハンナでもアンデッド相手は手に余る。その為のクリスティアナ同行である。
グールはともかく実体の無いレイスには神聖魔法でないと討伐できない為、フレイムドラゴンによる蹂躙もできないのだ。
今回エミリアとナタリーは留守番だ。
ナタリーは元々留守番予定だったが、エミリアは単純に休ませたいからという理由からだ。
本人はちょっぴり不満そうだが、毎回前線で大量虐殺してハンナの邪魔にならないようにしてくれるのだから日頃の感謝も込められている。
もしもの時はラバダがいる。エミリアのように暴れられないが身体を張って皆を護ってくれるだろう。
「デカブツ、クリス達をお願い。」
「承知した、元より俺の使命だ。」
元から広い家は二人だけになって余計に広く感じた。普段エミリアを中心に集まって好き勝手しているから静けさが際立つ。
半日で帰るのなら夕飯は夕方に支度すれば調度良さそう……いや、アシド湿地帯の帰りならまずはお風呂が先だろう。
ご飯はその後でも良い。今夜は砂漠で唯一の戦利品カリーにしよう。ナタリーが見様見真似で作ったカリーは完璧に再現されていた。今度村の食堂にメニューが追加されることになった。
あれは皆が食べるべきだ。
ソファーに腰掛け夕飯の事を考えてるとナタリーが隣に座った。
「ナタリー?」
「うふふ、失礼いたしますわ。」
そう言うと身体をエミリアに寄せた。
「こうしてお姉様と二人きりは久しぶりですわね。」
「うん。何年ぶりかな。」
両親がまだ生きていた頃、帝国将軍の父はともかく母も外出して居なくなることがあった。
当時はお手伝いさんも居たが寂しくなったナタリーはよくエミリアに抱きしめられ紛らわせていた。
「お姉様、お願いがありますの。」
「ナタリーが?」
妹からの滅多に無いおねだりだ。
賢者であるナタリーは極めた魔法で大概の事を自力で解決できてしまう為、誰かに何かを頼むようなことが無い。
姉として立派になって誇りに思うもちょっと寂しさは感じていた。
「誰か殺して欲しいの?」
「いえ、そういうわけでは無いのです。」
直ぐに物騒な発想になるのが我らがエミリアだ。
望むなら皇帝や魔王も標的にしかねない。
「その…………膝を。」
「んー……あぁ、はい。」
意図を察したエミリアはスカートを整えるとナタリーの頭を膝に乗せた。
体格差のある妹を小柄な姉が膝枕する妙な構図となった。膝枕自体はレイラやハンナによくやっているがナタリーを膝枕するのは小さい時以来だ。
「やはりお姉様の膝枕は落ち着きますわ。今までの疲れが全て吹き飛んでしまいますの。」
「これくらいいつでもやってあげるのに。」
「ありがとうございます。ただ、レイラちゃん達の前でやるのは気恥ずかしいと言いますか……」
いつもお姉様好き好きオーラを纏ってるくせに変な所で乙女だった。
折角なので絵本でも読み聞かせてあげよう。
最近出た『グリム君とリーパーちゃん 欲張り神父を処刑しろ!』はまだエミリアも読んでいない。
一緒に童話の世界を楽しもう。
「グリム君は叫びました。『お前等の血が赤いのか確かめてやる!』未だに股を抑える神父さんに斧を………あ、寝ちゃってる。」
ものの数分でナタリーは眠ってしまった。
絵本がつまらなかった訳ではない。エミリアの小さくも柔らかい膝は思いのほか心地よかったのだ。
寝息を立てる妹の髪を撫でてみると「んぇへ、おねえひゃまぁ」と舌足らずに呟いた。
そんなナタリーに釣られたのかエミリアもゆっくりと船を漕ぎ始めた。
数時間後、依頼から戻ったクリスティアナ達は気持ち良さそうに眠る姉妹だった。
起こさないように毛布をかけると二人に代わってご飯の支度だ。エミリアのことだ、今晩はカリーにするつもりだろう。
確か材料は揃っていたはずだ。ハンナとレイラにお手伝いしてもらおう。
アシド湿地帯特有の臭いは道中クリスティアナの浄化魔法できれいさっぱりだ。
お風呂は皆で一緒が良い。それが一番だった。
【???】
真夜中、とある屋敷のバルコニーに少女が佇んでいた。夜に溶け込むような黒を基調としたドレス、病的に白い肌、腰まで伸びた銀色の髪、怪しく光る赤い瞳。
人間とは思えない容姿だ。
「キーッ。」
少女に向かって小さな蝙蝠が迫る。
蝙蝠が少女の腕に停まると、まるで溶けるように蝙蝠が消えた。
「爺や。」
「此方に、お嬢様。」
少女の背後で爺やと呼ばれた老人が返事をする。
「青い髪の女の子が来たら通して。それといつもの連中は追い返す。」
「かしこまりました。」
老人が闇に消えていく。少女の命令は絶対、それが屋敷の決まりだった。
少女が両手を広げると何処からともなく蝙蝠の集団が現れた。何十もの蝙蝠が少女を覆い飛び立っていくと少女はそこから消えていた。




