死神少女を欲する者
【ブラウェイン王国 王都近郊の町キクス】
『王都で聖なる祭典開催のお知らせ』
『レイド山のドラゴン失踪?!』
『幽霊屋敷での死傷者増える一方!』
『誘拐多発!組織的な犯行か?』
『巷で話題の創作パン、港町スレイルでバカ売れ』
キクスの広場にある掲示板には様々なお知らせや緊急の依頼等が張られる。
下らないものから重要なものまでジャンルは問わない。
エミリアは張られた世界地図を眺める。
この町から王都までは乗り合い馬車を使えば半日もあれば着く。
次は王都へ行くのもありか。ついでに聖なる祭典とやらを見物してみよう。
レイラとハンナは揃って賛成。
エミリアと一緒なら何処に行っても良いのだ。
昨日、王国騎士団がこの町に来た。
掲示板にもあった『誘拐事件』の調査に乗り出したようだ。
犯行は昼間から夜にかけて、子供から大人まで幅広い層が拐われていた。
最近の調査ではお金目当ての犯行が濃厚らしい。
実際に誘拐された人の親や兄弟に多額の金銭要求の手紙が届いていたのだ。
キクスでは現在、外出時は三人以上で行動するよう勧告がでた。
乗り合い馬車の時間はまだ来ない。
乗り場の近くにある喫茶店で時間を潰してみようか。
エミリアがこの町に来てから毎日通っている場所だ。特にジャムパンがいい。
喫茶店に向かおうとすると何やら騒がしかった。
喫茶店から子供を抱えた覆面が出てきた。
後から三人覆面が。
「お願い!!たった一人の息子なの!!」
「ママー!!」
別に知らぬ顔しても良かったがこれが原因で喫茶店が閉まるのは困る。
エミリアはナイフを取り出すと子供を抱えた覆面の足目掛けて投げた。
覆面が転倒した。
続くようにハンナが後ろの覆面を射撃、足に命中。
残った覆面が逃げようとすると前方が急に燃え始めた。
驚いてる隙に足に矢とナイフが突き刺さった。
覆面たちは駆けつけた騎士団により取り押さえられた。
エミリア達三人はハイタッチして何事も無かったかのように喫茶店へ入った。
喫茶店の中は騒然としていた。
覆面が突然入ってきて子供を拐っていったのだから無理はない。
そして今は覆面捕縛の立役者について話が持ち切りだった。
「おじさん、何かあったの?」
そしらぬ顔でエミリアは喫茶店の店主に話しかける。
「あぁエミリアちゃんか。さっき覆面被った奴等がお客さんの子供を拐っていったのさ。」
「お店の中にまで入ってきたの?」
「大胆な奴らだよ。でも誰かがあいつらを足止めしてくれたおかげで子供は無事だったよ。」
レイラとハンナはあえて口出しはしなかった。
エミリアはそれを望まない、そう感じたのだ。
「ジャムパンとアップルジュース三つずつ。」
「やはりあの子がいれば公爵の王位は揺るぎない物に……」
喫茶店では主にハンナの狩り自慢を聞いていた。
エビルベアを筆頭にブラッドボア、オーク、グランドスパイダー、レッサードラゴンなど大物揃いだった。
レッサードラゴンの件でレイラが物凄く怯えてしまった。
面白がったハンナが、ドラゴンは尻尾が美味しい話をしだしたらレイラが泣き出したので流石に止めた。
同族を倒せる、それだけで恐怖の対象となるようだ。
因みにレッサードラゴンは最下級のドラゴンで最大でも5mくらいにしか成長しない。フレイムドラゴンの方が遥かに格上である。
王都行きの乗り合い馬車を待っていると細身の男が男を二人連れて近づいてくる。
敵意は感じないがいつでもやれる用に右手はプレートナイフの柄を握る。
「初めましてお嬢さん方、少しお話いいかな?」
馬車はもうすぐ来るか。
「馬車を待ってるの、手短に。」
エミリアはレイラとハンナを守るように前に立つ。
「私はブルーノ。ブレスト公爵に仕える執事でございます。」
「……エミリア。」
「エミリアさん、我々の仲間になって頂きたいのです。」
「?」
エミリアは首を傾げる。
「今の王国を変える為、貴族を軽んじる王を倒しブレスト公爵様を…………」
途中から到着した馬車を気にしはじめてあまり聞いてなかった。つまるところ今の王様を倒して、この人が仕えるご主人様を王様にしようということらしい。
貴族どうこうの話はエミリアにはわからない、王都へ行こうと思ったが着いていくのもありかな?
ふと、ハンナが小声で
「エミリア、後ろの人たちから臭いがする。子供を拐った覆面と同じ臭い。」
エミリアの視線が細くなった。
「悪いけど興味はない、他を当たって。」
エミリアが離れようとするとブルーノはエミリアの左腕を強く掴む。
「まぁそう言わずにご協力を。それにこの話を聞いた時点で拒否権はないのですよ?」
腕を掴む手が強くなる。
ここでこの男を殺してもいいが騒ぎが大きくなる。
ハンナがクロスボウを構えようとした時、エミリアは行動をおこした。
ブルーノの股関に強烈な膝蹴りを当てた。
「!!!???」
言葉にならない叫びをあげる。
続けて取り巻きにナイフを投げようとした。
「あっ。」
ナイフを落としてしまった。
ブルーノの握力はエミリアの腕に予想以上のダメージを与えていた。
「次はもっと酷いから。」
エミリア達は馬車に乗り込む。
男達は追いかけようとするがハンナのクロスボウに怯えて動けなかった。
「ぐぅ…………私に一撃与えた事は誉めてあげましょう。次は貴女を泣かせて見せますよ。」
股間を濡らした細身の男ブルーノは不格好な歩き方でその場を去った。
乗り合い馬車にて
エミリア達は一番後ろの座席でレイラとハンナに挟まれて。座っていた。
エミリアはそっと袖を捲った。
白い肌に紫色の痣ができていた。
エミリアの顔が少し歪む。
敵意を感じなくても警戒を解いてはいけない、いい勉強になった。
ナイフを落とすくらいに強く掴まれていたとは思わなかった。
しかもまだ痺れる。
しばらくこれが続くとなると色々支障が出るかもしれない。
「心配いらない、なんとかなるから。」
両脇から視線を感じたのでエミリアは袖を戻した。
この時流石のエミリアも気づかなかった。
レイラとハンナが殺意に満ちた目で痣を見つめていたことを。
【ブラウェイン王国 港町スレイル】
「うん、ほんとごめん。」
「だ、大丈夫だよ。お姉ちゃんのせいじゃないから。」
「せっかくだしここも見ていこうよ、ね?」
エミリアはひたすら二人に謝った。
焦って馬車を間違えてしまったのだ。




