時を渡る死の一撃
【バナス砂漠 グシュ遺跡】
聖女の加護によりエミリアは長生きできない。
それは未成年の少女にはあまりにも残酷だった。
「殴ってくれて構いません。そんな身体にしたのは私です、貴女にはその権利がありゅ」
「クリス。」
喋ってる最中に両頬を軽く潰され端正な顔が変になった。
「結果的に私はここまで生き延びてるの。これは間違いなくクリスのお陰。」
「でもっ、貴女は何年生きられるか………」
「これから死ななきゃいい話でしょ?今までだってそうしてきたんだから。」
実際森を抜けてからここまで来るまでに死にかけたことはあっても、死ぬことはなかった。
ついさっきまでは。
「ただ………これからはちょっと皆に手伝ってもらうことが多くなるかも。」
「勿論ですわ!!私達がお姉様をサポートいたします!!」
「私達に出来ること、何でもやるよ!」
「ん、ありがとう。」
「クリス。」
「………はい。」
「誰もクリスを怒ってない、だから泣かないで。」
口下手ながらもエミリアは何とかクリスティアナの悲しみを取り除こうとしていた。
「うん、クリスには涙は似合わない。」
クリスティアナが落ち着いた所で帰り支度を始める。
すっかり日が落ちたが砂漠の町で寝泊まりする気にはなれなかった。
大きな成果は上げたものの奴隷落ちされかけた砂漠に良い思い出は無い。
砂漠を越えれば帝国領内だ。
一番近いのは以前エミリア達がワイバーンを討伐したフーゲンベルグ公爵領だ。
公爵が統治しているだけあって治安は良かった記憶がある。
宿が取れなければ野宿したって良い。
「戦友よ、これを。」
フレイムドラゴンに乗る直前、猛一郎がエミリアに黒い塊を差し出した。
「何これ?」
「万年亀の甲羅の一部だ。アズマでは長寿の御守りにされている。」
万年亀はアズマ近海に生息する魔物の一種で大陸では『スパイクタートル』の名で知られている。
本来は刺々しい甲羅で身を護るのだが、アズマでは棘の無い部分を御守りとして使っていた。
万年亀の名の通り寿命が非常に長く、長寿の象徴とされていた。
「拙者も戦友にはまだ生きてもらいたいからな。とは言え気休めにしかならんが。」
「ん、ありがと。えー…………もーさん?」
「御主がそう呼びたいなら構わん。」
そう言うとエミリア達に背を向けた。この砂漠を一人で渡るつもりらしい。
ミノタウロスは暑さにも寒さにも強いが、若しくは修行として敢えて挑むのかも知れない。
「さらばだ戦友よ、願わくばまた一戦交えようぞ。」
「私達も帰りましょう。明日香、お願いします。」
「は、はいっ。」
明日香が何かを呟くとボンッと煙が出て美しい羽の大きな雉に変身した。
桃江は明日香に掴まると
「皆様、また村でお会いしましょう。」
大雉が羽ばたき直ぐに見えなくなる。
それを追いかけるように乃々が跨がる大犬が走り出した。
「ねぇ、帰る前に寄り道良い?」
「寄り道って……砂漠の町ですか?」
「どーしても許せない奴が一人いるの。」
瞳を赤く光らせたエミリアはいつも通り無表情ながら激しい怒気を放っていた。
【砂漠の町ゴドゴゴ】
ドガァァァン!!
「グオォォォ!!」
砂漠の町にフレイムドラゴンが襲撃した。
ズーが来た時と同様、町中でパニックが起きた。
フレイムドラゴンが襲ったのは一際目立つ家、族長の家だった。
兵士がドラゴンに攻撃するが半透明の障壁に全て防がれていた。
やがてオークに似た体型の部族長セルジオがドラゴンに捕まった。
そしてフレイムドラゴンはそのまま空高く飛び上がり砂漠の方へ消えていった。
【バナス砂漠】
町から離れた辺りでセルジオが乱暴に落とされた。
「ふげっ!?」
顔から砂にダイブ。続いてエミリアが飛び降りた。
セルジオの頭が埋まってしまったがエミリアが直ぐに抜き取った。
「貴様等何のつもりだ!?」
「ゴミ掃除。」
「掃除だとぉ!?」
わざわざ砂漠に連れてきたのには理由がある。本当は屋敷で殺害するつもりだったが珍しくハンナが反対したのだ。『もっと良い方法がある』と。
「嘘つきは嫌い。」
「ぎゃああ!!」
黒い剣でセルジオの足を斬る。
エミリア達を騙して奴隷落ちさせようとした罪は重かった。
逃げられないように足を傷つけたエミリアは特にとどめを刺さずドラゴンに乗った。
「おい!俺様も連れて行けよ!」
「定員オーバーだから無理、じゃあね。」
適当に拒否するとドラゴンは砂漠から飛び去った。
一人夜の砂漠に取り残されたセルジオ。
「くそっ、俺様はこんなところで終わる男じゃねぇ!!」
斬られた足を引きずりながらも進み始める。
ドラゴンに連れて来られた方角は覚えていた、その方角に向かっていけば町に辿り着けるだろう。
例外があるとすれば
「キエェェェェェェェェ!!」
「うわああぁぁぁ!!!」
砂漠の主が狩りの標的にすることだった。
【ベルセイン帝国 辺境の町ベルン】
バナス砂漠から繋がる町ベルンには港湾都市セーベグのように砂漠の商人が行き交う町だ。
商人が集まるだけあって警備は厳重で、ここで犯罪を犯すのは余程の狂人くらいだと言われている。
夜中だが運良く宿を見つけたエミリア達はふかふかベッドにダイブした。
少女達はもうくたくただった。一日で色々な事が起こりすぎた。
特にエミリアの死は心に大きなダメージを与えた。結果的に生き返ったものの寿命がその分短くなってしまった。
エミリアに無茶をさせないためにもっと頑張る。そうすることでエミリアは死ななくなるし、より長く生きてくれる。
彼女の寿命が来た時は………そんな未来は考えられなかった。
気になるのはグラズの行方だ。
恐らく過去に戻って再起を図るつもりだろう。
エミリア達に時渡りの力は無い。
こればかりは過去の強くて凄い人に倒してもらうのを願うしかない。
疲れ切ってぐっすり眠りに就く少女達。
その時クリスティアナに不思議な神託が下りた。
邪神と邪神の御子、完全消滅したと。
【黒の森】
過去の黒の森。
グラズの時渡りは成功したが直前のダメージで大して遡る事が出来なかったのだ。
場所も座標がズレてしまい砂漠から森に来てしまった。
なけなしの魔力で傷を癒やすも時渡りで力を使い果たした為あまり効果は無かった。
身体をふらつかせながら森を進むと香ばしい匂いがした。誰かが食事をしているのだろうか。
丁度良い、食事中無防備な所を襲って食糧を奪おう。序でに持ち物もめぼしい物を取ろう。
匂いの発生源にはテントと起こしたばかりの焚き火が燃えていた。
焚き火には焼かれた鳥三羽、内一羽は焚き火の主が今まさに食べ出していた。
黒い外蓑を着ていて顔はよく見えないが子供のように見えた。
恐らく人間だ。エルフは黒の森を不吉だと近寄らないしドワーフはもっと体付きが良い。
だが人間の子供がこんな場所に一人で?
二羽目を食べようとした子供がゆっくり顔を右に動かした。
ゆっくり立ち上がるとその場から立ち去った。
何処へ行ったのかは分からないが、グラズは焚き火に近寄ると焼かれた鳥を食べ出す。
この食感はグリーンバードのようだ。
肉を食べたことで少し力が付いたかも知れない。
「それ、私のごはん。」
バッと振り返ると子供が青い瞳を大きく見開いていた。
遠目で見えなかったがグラズはこの顔をよく知っていた。さっきまでグラズを殺しかけていたエミリア本人だった。
よりによってエミリアの近くに転移してしまったのだ。
外蓑にはべったり血が付いており何かを処理した直後のようだ。
グラズが電撃を放つとエミリアは最低限の動きで避けるとナイフを投げつけた。
ドスッ
「うぎゃあ!」
額にナイフが刺さったグラズに急接近すると体勢を変えさせて背後から捕まえる形にした。
「ご飯の恨み。」
ナイフで喉を掻っ捌くとグラズはそのまま絶命した。
もうすぐ朝を迎える。
テントを片付けたエミリアにゴブリンの群れが迫っていた。
「……肉も悪くないけど、やっぱりパンが食べたい。そろそろ町かどこかに行こうかなぁ。」
邪神の御子は過去の死神によって刈り取られていた。
副題「死神少女は森を行く Anotherside」
割と最初の方でグラズは始末されていたんですね。




