賢者を襲う者
【ベルセイン帝国 小さな村リネ】
「随分な挨拶ですわね。それが王国式ですの?」
王国Aランク冒険者のライルは世界的に有名でナタリーも知っていた。
新聞でたまに見かける程度だが何れも『一番』という単語が使われていた。
「流石に賢者相手だと同じ手は通じないか。なに、僕の一番を脅かしそうだから始末しに来たのさ。」
「一番………あぁ、そういう事ですの。私達で何人目になるのかしら?」
今の発言で大体のことを察した。
ここ数年で何人もAランクに昇格して行方不明になった冒険者達がいた。
死体も見つかっておらず、ダンジョンで命を落としたとされていた。
「闘技場で正々堂々勝負なさっては?売られた喧嘩は全部買いますわよ、私が。」
「闘技場では色々制約が煩いからね。わざわざ出向く必要があったのは………」
「っ!?」
ナタリーが飛び退くと足下から岩の柱が突き出た。
「色々と不都合があるのでね。」
完全に殺しに来ている。
それを理解するには十分な一撃だった。
後ろには睡眠魔法の犠牲になった四人。
ラバダとハンナは間に合わなかったようだ。
エミリアの居ないこの場で動けるのは自分だけ。
やるしかない。
相手が魔法剣士となるとナタリーといえど厄介だ。
どれだけ準備をしていようと接近されたら勝ち目は無い。
道は一つ。
短期決戦を挑む。
「『ホワイトプリズン』!」
ライルの周囲に氷山が出来上がる。
攻撃能力は無いが身動きは取れないはずだ。
「『メテオストライク』!!」
氷山で閉じ込め隕石落とし。
ナタリーの常套手段だが今回は我が家が近いので隕石を小さくした。
隕石落下と同時に氷山も砕ける。
「………そう簡単にはいきませんわよね。」
土煙が晴れると無傷のライル。
障壁を張ってやり過ごしたようだ。
障壁は魔法に対して効果的だが仮にも賢者であるナタリーの魔法を防ぐことは容易ではない。
威力を弱めたとはいえ『メテオストライク』を受ければ障壁すら打ち砕くものだが。
Aランク冒険者は伊達ではないのだろう。
「あの障壁の色………まさかっ!?」
ライルの障壁は緑色だった。
学生時代に学んだ記憶が蘇る。
障壁は本来無色半透明で魔法のような遠距離攻撃を防ぐもの。更に特定の属性を組み合わせる事で更なる効果を得ることが出来る。
最も厄介な緑色になる障壁は防御と同時に傷を癒やす効果を持っていた。
つまりナタリーにとってこの上無い天敵だった。
魔法を使う度に回復していく。
倒すには不慣れな接近戦をしなければならないが、ナタリーにはそんな心得は無い。
障壁を展開しながらライルが走り寄った。
対抗手段は一つしか無い。
ガキィィン
ライルの剣を氷の盾が防いだ。
睡眠魔法の効果時間はタカが知れている。
その数分間をしのぐだけだ。
重い金属音が何度も響くと氷の盾にヒビが入り始めた。
氷の盾はその場の思いつきで咄嗟に出した物で強度は期待できない粗悪品だった。
「離れなさい!!」
ナタリーが強風でライルを引き離した。
風は障壁の影響を受けなかった。
粗悪品は破壊してちゃんとした物を作り出す。
その時ライルが大量の『ファイアボール』を放った。
火の玉はナタリーに真っ直ぐ飛んでいく。
被弾寸前で全ての火の玉が凍り付いて落下した。
魔法だけならナタリーの方が上のようだ。
ライルが再び接近してくる。
ただしその手には剣ではなく金の斧を持っていた。
彼はもう一つ武器を隠していた。
流石のナタリーも冷や汗が流れた。
重量を活かした斧は剣より破壊力が上だ。
クリスティアナの障壁はあれを使ったのだろう。
金色の斧が氷の盾に防がれる。
その衝撃は凄まじくナタリーが少しずつ後退させられていく。
早くも氷の盾に限界が近づいてきた。
距離を置こうと風を起こした。
「むぐっ?!」
何かに口を塞がれた。
驚いた拍子に風は消え腕の力を抜いてしまった。
次の瞬間、ナタリーが強い衝撃を受け吹き飛んだ。
「うぅ……………」
防御は間に合わず斧を真面に喰らったナタリーは壁を突き破って倒れていた。
強い衝撃により密かにかけていた身体強化の魔法は解けてしまった。
朦朧とする意識の中で更に追い打ちがあった。
「………ーーーっ!!」
声にならない悲鳴。
ナタリーの無防備な腹が無慈悲に踏みつけられる。
「流石の賢者もこれまでってところかな。」
勝ち誇った顔をするライルの横には光る球体が漂っていた。
ライルは上位の精霊と契約していた。
姿の見えない精霊はナタリーの背後に回り込むと実体化して彼女の口を抑えて調子を崩した。
「これで魔法の分野では僕が一番だ。」
ライルが剣を振り上げる。
あぁ………こんな所で終わりだなんて。
殺されるならせめてお姉様がよかったなぁ……。
そんな事を考えながらナタリーは死を覚悟しながらそのまま力尽きた。
ナタリーは死ななかった。
ライルの剣が背後から飛んできたナイフと氷柱で弾かれたのだ。
「何……………してんの。」
分かりやすい怒気を含んだ台詞を口にしたエミリアは目の前の男を有無を言わさず殺すことにした。




