死神少女が失った物
【ベルセイン帝国 小さな村リネ】
トンカントンカンと金槌の音が鳴る。
屈強な男達が運び込んだ木材で骨組みを組み立てていく。
骨組みの規模から大きめの家が建つのが予想できる。
この家の建築予定地はとある火災現場の跡地、焼け跡となって数年経っていた場所。
そんな場所に建てられていく物をエミリアは見上げていた。
「いやぁまさかお嬢ちゃん達が住む家だったとはなぁ!!」
ガハハと笑うのはエミリア達が森で助けた建築ギルドの親分。
どうやら彼等が家を建ててくれるらしい。
「神様は二物を与えないとか言うがお嬢ちゃんは可愛らしいだけじゃなく強いときたもんだ。神様に愛されてるのかもな!」
ばんばんと無遠慮にエミリアの頭を叩く。
力加減は苦手らしい。
「なぁに心配すんな、おっちゃん達が素敵な家を建ててやるさ!」
「へぐぇっ!!」
「何をする気ですか?」
少し離れた場所にナタリーとクリスティアナ、レイラはいた。
クリスティアナの膝の上でお昼寝中のレイラ。その状態でナタリーの襟を器用に引っ張った。
「あのくそじじぃお姉様の頭をひっぱたきましたのよ!?許せるわけありませんわ!!」
「悪気があってやったわけじゃないでしょう。」
抵抗するナタリーを逃がすまいとクリスティアナは腕に力を入れる。
ナタリーの素の身体能力はたかが知れているのでクリスティアナでもなんとかなっている。
「しかし…………」
建設予定地に立つ骨組みを見てクリスティアナは昔を思い出した。
幼少の三人はいつも一緒にいた。
エミリアが先頭で二人がついていく感じだ。
魔物が蔓延る森の散策や山登りだってやってのけた。
エミリアに謎の自信、そんな彼女に二人は謎の信頼をよせていた。
何処へ行こうとエミリアと一緒ならきっと大丈夫、無事に帰れる。
事実大した怪我もなく冒険から帰ることができた。
エミリアは母親からの雷に襲われていたが。
そんな建設予定地から少し離れた場所には村の共同墓地がある。
エミリアは花束を抱えて二つ並んだ墓の前に立つ。
墓にはそれぞれ名前が刻まれてある。
『エリオット・ルーベンス』
『ニコル・ルーベンス』
墓には既に別の花束が置いてあり、未だにお参りしてくれる人がいるようだ。
「お父さん、お母さん。何年ぶりかわかんないけど、ただいま。」
花束を添えてしゃがみこむ。
あの日の事は鮮明に覚えてしまっていた。
その日は父親の誕生日だった。
エミリアは父エリオットに花を贈るため、魔の森に入っていた。
一度だけエリオットから聞いた花は魔の森の奥地に自生しているものだった。
青い花弁は母ニコルの髪と同じ色で好きなのだそうだ。
その事を聞いたニコルは照れ隠しにエリオットを殴っていた気がする。
ナイフ片手にエミリアは上機嫌に森を散策。
弱い魔物なら倒せるとはいえ今回はちょっと急ぎの用事だ。自慢の探知能力でうまく避けていく。
植物に擬態していてもエミリアにはお見通しだ。
やがてたどり着いたのは綺麗な泉。
ナタリー、クリスティアナと冒険中に来たことがある場所だ。
泉には精霊が宿るとか聞いたことあるがエミリアは正直半信半疑である。
だが確かに何かの気配は感じていた。
取り敢えず一言挨拶して青い花を一房だけ摘む。
誰が聞いてるかはわからないがそういう曰く付きの場所は礼を尽くせと教えられていた。
父親が喜ぶ顔が思い浮かぶ。
二人は結婚して二十年以上経っても愛し合っていた。
仲良く笑う両親が大好きだった。
森から抜けたエミリアが見たのは思い出が焼け落ちていく所だった。
巨大な炎に覆われる家、周りには村の住民が集まり必死に消火活動を行っていたが炎の勢いが強すぎて効果は無かった。
そして家の中から感じた気配は誰のものだったのかは今でもわからない。
それが感じられなくなると家からは誰の気配も感じ取れなくなった。
村人がエミリアが居た場所を向くと青い花だけが残っていた。
エミリアは気がつくと森の中を走っていた。
信じたくはなかった。
国で地上軍のトップとされる将軍の座に就くエリオット。
家では母と娘にダダ甘な父親。
ナタリーとクリスティアナが居らず寂しいエミリアの為に、忙しくても一週間の内三日は帰ってきてくれる優しい父。
剣では一度も勝てたことがない憧れの存在。
今でこそ引退した身だが冒険者の頂点に立っていたニコル。
厳しくも優しい母親。
暇さえあればエミリアを構い、甘やかしてくれた母。
勿論剣では勝てたためしが無い越えるべき存在。
その二人は………………もういない。
幼いエミリアが深い森で泣く。
一瞬にして少女は全てを失った。
少女が負った深い悲しみはやがて負のオーラとなり魂を侵食していく。
白く輝いていた魂は黒ずんでいき、多くのひびが入った。
そして彼女は変わった。
本能が魂を守るために、あらゆるものを捨て去って。
肌寒い風が吹く。
墓に添えられた青い花束を見ていたらふと、視界がぼやけだした。
涙?
久しぶりに流した涙の意味をエミリアは理解することができなかった。
「お父さん、お母さん。また……来るからね。」
そろそろ自分を探している大切な仲間達の元へ戻ろう。
涙を流す不細工な顔は見せたくないが。
頑張るんだぞ。
私たちはずっと見ているからね。
そんな声が聞こえた気がした。




