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アダム・オルティエ


 二人はアダムの鍛冶屋に着くと扉の前で耳を澄ませた。だが鍛冶屋の中からは音が聞こえない。戸口からそっと覗いてみると、作業中に閉め切られていた窓は開け放たれ、外光が部屋の中を明るくしていた。そして炉の火はまだ灯っているがアダムの姿はない。


 窓の開け放たれた工房の中は意外と明るく広い。暗い時には分からなかった部屋の中は、壁に色々な物がぶら下がり、隅の方に棚がある。そこにも何やら色々と置かれているが、その中に馬の鞍が一つあった。棚の横にテーブルと椅子が数脚が置かれている。

 部屋の中は一過性の法則の元、整理はされているようだ。この部屋を見るだけでも、持ち主の性格がわかる。


「確かに作業は終わっているようだな」


 アダムはどこへ行ったのか……工房の奥にもう一つの出入口がある。隣の工房はまだ作業をしているようで鉄を叩く音がしている。


「アダムさんはいらっしゃいますか?!」


 一応声を掛けてみるが隣の工房の音にかき消され、声をかける意味を成していない。


「困りましたね……」


 奥まで入っても良いのだろうか……。そう思っていると鉄を叩く合間に裏の方で馬の声が小さく聞こえた。


「奥へ行ってみよう」


 ジークリフトは直ぐさま奥の戸口へ足を進め王女も後に続いた。ジークリフトが奥のドアを開けると、そこは少し広いスペースになっていて、中央の井戸を建物がぐるりと取り囲むように建ち、共同のスペースになっていた。井戸の周りに台やら椅子やら桶やらそれぞれが使うものが置かれている。


 馬はその広場の隅にある杭に繋がれていた。そしてその馬の傍に、首から布を下げた三十代半ばの男性がこちらを向いて立っていた。


(お父様より少し若いのかしら……)


 王女がそう思った時、彼は王女とジークリフトに厳しい視線を向け口を開いた。


「やっと戻って来たか」


 それがアダム・オルティエだった。髪の色は濃い茶色で目の色も茶色、身長は高く服の袖から見えている腕の筋肉はしっかりついているが全体の印象は細身だ。アダムは手綱の金具を直し金具と接合したハミを馬に装着している最中だった。


「君達がなかなか戻って来ないので困っていた」


 アダムは苦笑した。その顔を見ながら王女は違和感を感じた。アダムの物言いは街の人達とはちょっと違う、どちらかと言うと自分達に近いものを感じる。

 アダムはすぐに視線を馬に向け、ハミがちゃんと入った事を確認すると軽く馬の頰を叩いた。それからもう一度王女とジークリフトを見ると大股にこちらへ歩いて来る。


「……遅くなりました」


 応えながらも王女はアダムを観察した。何故、一介の鍛冶屋がこんな風に落ち着いていて教養があるように見えるのだろう。不思議に思いながらアダムを見ていると、アダムは工房の中へ入るよう手で示した。

 促されるまま王女とジークリフトは黙って工房に入る。後から入って来たアダムはピタッと扉を閉め、二人に椅子を勧めた。そして自分も向かいの椅子に座り困った顔をしながら王女を見る。


「さてお嬢さん……手綱の金具は直ったが、支払う為の金は持っているのか?」


 歯に衣着せぬ直接的な物言いに王女は一瞬怯んだが、無い袖は振れない。


「……あの……私、手持ちが無いので、後日届けてもよろしいでしょうか?」


 その途端アダムは眉間に皺を寄せた。


「世間を舐めているのか、それとも常識を知らないのか……」


 アダムの呟いた声はやけに響いて聞こえた。王女は自分の至らなさを改めて感じたが今更どうしようもない。どうしたものかと考えているとジークリフトが言った。


「それについては俺が彼女の代わりに払う」


 それを聞いたアダムが少し面白そうに口の端を上げるのがわかった。王女はジークリフトを見上げる。肉饅頭もご馳走になったのに、修理費まで払ってもらうのは流石にいけないのではないだろうか?

 王女は初めてのお忍びとは言え、自分の準備不足を恥ずかしく思った。


「ほう……君が支払うのか?」

「あぁ。その代わり、こちらの要求も聞いてくれないか」

「成る程……交換条件か」


 アダムは少し考え表情を変えずに正面からジークリフトを見た。


「良いだろう……こちらは生活が懸かっている。聞くだけは聞いてやろう」


 アダムは腕を組みジークリフトを見据える。ジークリフトは一瞬王女をチラリと見たが、そのまま口を開いた。


「貴方の剣は他の者が造るのとは違うと聞いている。他の者が造る物より壊れにくく手に馴染みやすいと……その……俺の使う剣の依頼をしたい」


 アダムはジークリフトをしげしげと見つめた。


「武器屋に行けば私の造った剣は扱っているが……」

「……それでは駄目だ。それでは自分の物とは言えない」


 アダムは面倒臭そうに眉間に皺を寄せると自分の首筋を掻いた。


「……私の造る物が違うと噂で言われているのは有難いが、使用する者によっては他の物と違わん」

「どういう事だ?」


 ジークリフトは身を乗り出した。それを見てアダムは素っ気無く言い放つ。


「……まぁ早い話、使う者にも人としての鍛錬が必要という事だ」


 ジークリフトは一瞬眉をピクリと上げたが言葉を飲んだ。何か言いたそうに口を開きかけるが声は出さない。それから少し不満そうに眉を寄せ視線を落とした。

 つまり、今のジークリフトでは鍛錬が足りないと言いたいのだろうか? 王女がアダムを窺っているとアダムは表情を変えずに口を開いた。


「だが……どうしても欲しいと言うのなら造ってやらなくも無い」


 アダムはジークリフトの様子を見ながらニヤリと笑った。ジークリフトは顔を上げた。それはそうだろう、たった今人としての鍛錬せよと言っておきながら、造っても良いと言うのだ。


「ただし、せめて後、三、四年は待て……見た所、君は十五、六だろう? 大人の男の体格とは言い難い。三、四年も経てばもう少し背も伸び、今よりも筋肉が付き鍛錬した成果が出始めるだろう。人として心も体も鍛錬を積んだ者の経緯が見えれば……約束しよう。その時には君に相応しい物を造ってやる」


 アダムの言葉はジークリフトだけではなく王女の心も捉えた。人として心も体も鍛錬する……その言葉の意味を考えているとアダムの視線が王女に向いた。


「約束を違えない様、君が証人だ」


 王女は突然言われた事に戸惑いを覚えたが、ジークリフトは少し頰を高揚させていた。そして一瞬王女の顔を見てフッと笑う。


「それは有難い。彼女が証人になってくれたら、これ以上相応しい者はいない」


 言い切ったジークリフトの横顔を見て、王女は途轍もなく嬉しくなった。ジークリフトに受け入れてもらえているような、身内のような、不思議な気持ちだ。ジークリフトの役に立ちたい。


「わかりました……引き受けます」


 王女の言葉にアダムはジークリフトに手を差し出した。ジークリフトも手を出すと二人はしっかりと手を握り合った。


「名を聞いてもいいか?」


 アダムがジークリフトに尋ねるとジークリフトは笑った。


「キュリオスという」

「覚えておこう、キュリオス。次に会うのを楽しみにしている」


 アダムはそのまま手を離し、井戸のある広場へ続くドアを開けると王女を振り向いた。


「馬の鞍はここにある。自分で付けられるか?」

「えぇ、大丈夫です」

「彼には金を払ってもらわねばならない。自分で出来るならやってくれ」


 王女は隅の棚へ行き鞍と(あぶみ)を持ち上げるとそのまま外へ出た。馬は先程のまま黙って王女を待っている。思い切り背伸びをして鞍と鐙を取り付けると杭から手綱を外し、脇道を通って表に出る。ジークリフトは王女の支払いを済ませ、工房の玄関へ出ていた。


「大丈夫か?」

「はい、問題ないと思います。それより修理の支払いまで……本当にありがとうございます」


 王女に向かってジークリフトは笑った。


「それはもう良い。馬は私が引こう」


 馬の手綱を引き取り言葉を交わすジークリフトと王女の様子を見ながら、アダムは顎に手をやり「ふむ……」と鼻を鳴らした。二人がアダムを見るとニヤリと笑う。


「確か……ルガリアードの王子のミドルネームもキュリオスだったな……」


 一瞬、王女とジークリフトは息を飲んだ。アダムはニコニコと笑ったままだ。


「まぁ……名前が同じだという偶然はよくある事だ……気にするな。二人共、くれぐれも気をつけて帰れ」


 アダムは笑顔のままそれ以上名前については何も言うことはなく、手を挙げた。


「キュリオス、鍛錬しろよ」

「……お、お世話になりました」


 どうにかそれだけを言うと、二人はそそくさとその場を離れた。 


「……私達の事、知っているのでしょうか?」

「……わからぬ……が、彼の父はリングレントの文官だった」

「文官ですか?! 大変ではありませんか! それでは私達の事は……」


 成る程、元貴族だからあの話し方であり教養がある様に見えたのだ。見えただけではなく実際教養があるのだろう。つい話す口調もほんの少し崩しただけで通してしまったが……。


「だが、本人は文官ではないのだから……顔は知らぬと思う……」

「なぜ文官の息子が鍛冶屋をしているのでしょう?」

「知らん……本人に聞け」


 こそこそと話しながらアダムの工房から離れると、いつの間にか後ろにリーナスが居た。


「要件がお済みでしたら、城の側までお送り致します。ただ、大通りは避けましょう」


 リーナスは二人を護衛しながらさり気なく辺りを見回した。


「城に通じる通りまでで構いません。城の門番に見つかると面倒ですから……」


 言いながら王女はふと疑問に思った。


「お二人はこのままルガリアードに戻るのですか?」

「あぁ、もう一人の連れと合流後、今日中に城壁を抜けたいな」

「……では本当にこちらには剣を造って下さるようお願いに来ただけなのですか?」

「まあそうだな。自分に扱いやすい剣が欲しいと思った時、ルガリアードの鍛冶屋達が、皆口々にリングレントのアダム・オルティエの剣が一番だと褒め称えるのだ。今はアダム以上の鍛冶屋は居ないと言うが、それぞれが負けじと切磋琢磨している状況も見ている。それで、鍛冶屋達が賞賛する剣とはどのようなものなのか、是非アダムの造る剣を見てみたくなった」


 ジークリフトの気持ちはよく分かる。


「それに……先程も話したように、彼の父親はリングレントの文官だった。実際貴族として今も生活している。家は彼の兄が継いでいると聞くが……本当は私も君と同じなのだ。家が没落した訳でも無いのに鍛冶屋になった理由を知りたいと思った。ルガリアードとリングレントの鍛冶屋の中ではアダムが一番腕がいいという事も相まって、どのような人物なのか会ってみたかった」


 ジークリフトは笑った。王女は自分の国の人物の事を知らなかったという事実に気持ちが(しぼ)んでいった。


「私はアダムの事を全く存じませんでした……自国の人なのに……」

「君は剣が欲しい訳ではないだろう。関わりがないものは知らなくて当たり前ではないのか?」


 当然のようにジークリフトはそう言うが、それでも王女は城へ上がる貴族の中に平民へ下る者がいると言う事が不思議で仕方なかった。いつか理由を聞いてみたいものだ……。

 それに、自分に関わりがないものの情報は入り難い。それで良いのだろうか? そう思った時、スッとリーナスが近付いた。


「前方より騎士が数名参ります……恐らく貴女様をお探ししているのではないでしょうか? ジーク様は離れた方が宜しいと思います」


 そう言うと素早くジークリフトの手から手綱を取り王女に渡した。王女は前方を見たが、人混みでよく分からない。が、その人混みが意思を持ったかのように両サイドへずれて行く。次の瞬間馬に乗る騎士と兵士が数名見えた。


「待てリーナス、彼女を一人にするわけにはいかぬ」


 ジークリフトは王女を心配したが、王女は先頭を来る騎士の顔に見覚えがあった。


「いいえ、あれは確かに城の騎士達です。見つかっては不味いでしょう。行かれてください、わたし一人ならば何とでもなりますから」


 王女は慌ててジークリフトに言った。前方の騎士達は、辺りを見回しながらこちらに進んでくる。その様子から何かを探している様子が窺い知れる。


「しかし……」


 この場に一人王女を置く事を躊躇うジークリフトにリーナスは耳打ちした。


「ジーク様! 先ずは離れる事が大事です。心配なのでしたら、そちらの店先で王女が騎士と合流する事を確認してから立ち去ればよろしいかと……」


 それを聞いたジークリフトはやっと頷き王女を見た。


「今日は、思いがけなく君に会えて面白かった。気をつけて帰れ。また会えるの楽しみにしている」


 ジークリフトの言葉に王女も頰を崩した。


「わたしも貴方と多くを語れて楽しゅうございました。道中お気をつけてくださいませ……」


 ジークリフトとリーナスは王女から離れると人混みに紛れる事はなく、近くの雑貨屋の店先で品物を覗き込む様に立った。品物を見る振りをしながら、こちらの様子を窺っている。

 それを横目で見ながら、王女はわざとゆっくりと馬を引いた。先頭の騎士が王女の馬に気が付いた。そのまま少し馬の速度を上げ王女に近付いて来る。それは幼い頃から王女の近辺にいる者で最近はよく護衛に付くエリスロットだった。


「ご無事でしたか!」


 その騎士は近付くなり急いで馬を降りると王女の前に跪いた。金色の髪に青い瞳の彼の顔は緊張した表情をしている。


「エリスロット、迎えに来てくれたのですか?」


 王女がニコッと笑うと、彼は漸く安堵した表情になった。


「捜索が出された時は、何事かと肝を冷やしました。ご無事で何よりです」


 それから彼は立ち上がり後から走って来た兵士達に向かった。


「間違いなくご本人である確認は出来た。急ぎ城へ戻るぞ」


 通りでの騎士や兵士達の行動に街を行く人々は何事かと遠巻きに見ている。その人々に紛れジークリフトとリーナスもこちらを見ていた。


「姫は騎乗されますか?」

「えぇ、そうしたいと思います」


 王女の言葉にエリスロットはニコッと笑った。


「では、失礼……」


 そして王女の腰の辺りに手をやるとひょいと持ち上げ馬上に上げる。


「……ありがとう」


 馬上では街の人々の様子がさらに良く見えた。ジークリフトの瞳が安心したように笑っているのがわかる。そして彼の口元が動いた。「また会おう」そう読み取れた時、王女も笑顔で答え小さく頷くと視線を正面を向けた。


(どうか、ジークリフト様が無事にルガリアードへ戻ります様に)心ではそう願いながら……。


 この時から王女は目に見えぬ絆をジークリフトに感じ始めていた。


 城に戻った王女は父母と兄二人からの呼び出しを受け、散々叱られた後、女性と男性、二人の騎士を付けなければならなくなった。男性騎士は王女を見つけてくれたエリスロット、女性騎士は男装の麗人と言われていたイリスという人物だった。


 これで城から抜け出す事が難しくなったとガッカリする王女であったが、騎士が付いた事で城の外へ出られる様になった。

 だが、初めてのお忍びの様に自由に歩き回るのは難しく色々と不都合が起こる中、唯一騎士達が許してくれたのは、アナベルとの文通だった。騎士達は人々が何を考えているのか王女は知るべきだとシリルに掛け合ってくれたのだ。シリルや女性騎士の検閲が入るものの王女は大いに喜び、せっせと手紙を書いた。

 初めは絵ばかりの手紙だったが、時が経つに連れ文字の割合が多くなり、アナベルからの返事にも綺麗な言葉が並ぶ様になった。これはその後数年続く事になる。 




                                                * * * * *




「あら……紅茶が冷めてしまったわね」


 ミランダの声にオルガは自分のカップを覗いた。琥珀色の液体は既になく、カップの底に跡が残っているだけだ。ポットに手を伸ばせばポットも冷えていた。


「入れ直すね」


 オルガは素早く立ち上がりポットを持つと、キッチンに急ぎ蛇口を捻りやかんに水を入れた。火にかけてからホウッと溜息をつく。

 ミランダの話は映画や小説の物語のようで面白かった。早く続きが聞きたい。


 オルガは初めこそ身構えて聞いていたが、気が付けばその気持ちはなくなっていた。今はただ純粋に話を聞く事を楽しんでいる。

 紅茶の茶葉を新しく入れ替えお湯が沸くのを待っていると、ミランダの声がした。


「オルガ、レイチェルのクッキー食べちゃおうか?」

「お祭り用じゃなくても良いの?」

「その時はまた『ジョナサンのパン』に買いに行くわ」


 オルガはクスッと笑った。たまにミランダは可愛らしくなる時がある。お皿を持って、バスケットの中から母の作ったクッキーを取り出し並べるとオルガはテーブルに戻った。


「今回のクッキーは母さんの自信作だって」

「そうなの? 今までのものと違うって事?」

「そう、食べてみたら分かると思う」


 オルガはミランダの前にクッキーの皿を置いた。


「ありがとう……ねぇオルガ、私の話を聞いてどう?」

「面白い! 私ソル王女が大好き」


 力説するオルガにミランダは優しく笑った。


「そう、オルガはソル王女が大好きか……」

「うん好き。今聞いたのは十二歳の時の話でしょ? 私も十二歳だけど……ソル王女のような勇気はないなぁ」

「勇気?」

「そう、だってそうでしょ。十二歳で、それまで城の敷地内から一人で出た事がなかったのに、お兄ちゃんの為に何かしたいって一人で出かけるなんて……知らない世界を開けるようなものでしょう?」

「成る程、そういう見方もあるわね」

「それにね、私思うんだけど、ジークリフト王子もソル王女の事が好きだよ。ソル王女とても魅力的だもん」

「フフフッ、ジークリフト王子はソル王女の事が好きなのかしら?」


 ミランダの小さな問い掛けに、オルガは力説した。


「絶対そうよ。好きに決まってる、だって二人で楽しそうにデートしてるじゃない」

「……デートねぇ」

「デートだよ。お城のガラスの温室での事はちょっと違うと思うけど。ソラの背に乗って二人だけで空を飛んだのも、街を散策して肉饅頭を食べたのも立派なデートだよ。今ソル王女がここに居たら絶対教えてあげる! 彼は貴女が好きだよって」

「あらまあ」

 

 オルガはいつもより少し饒舌に話している。それをミランダは笑った。


「続きを話してあげるから、紅茶はどうかしら?」

「あぁ、持って来る」

 

 キッチンに引っ込んだオルガの後ろ姿を見てミランダは小さく笑い、そのままレイチェルの作ったクッキーを見た。美味しそうな匂いと色だ。

 少し待つとオルガが新しく入れた紅茶を運んで来た。空になった二つのカップに紅茶を入れて席に座ると、オルガはミランダの顔を見た。


「先にクッキーを食べてもいいかしら。さっきからいい香りがするの」

「いいよ。食べてみて」


 ミランダは紅茶を口に含む前にクッキーを一口(かじ)った。途端に笑顔になる。


「これは、はちみつ入りのクッキーね!」

「そう! わかった?」

「分かるわよ。ほんのり香ってるじゃない」


 オルガはミランダの様子を笑った。


「何だか叔母さん、はちみつ好きのソル王女みたいだよ」

「あら、そう?」

「王女は宮廷料理人のはちみつケーキが好きだったんでしょう?」


 オルガの言葉を聞いた途端にミランダが驚いた顔をした。


「さっき言ってたじゃない。名前は覚えていないけど、宮廷料理人のはちみつケーキの話」

「あなたの記憶力って素晴らしいわね」

「こういう面白い話だけはね、ちゃんと覚えているの。勉強はそこそこだけど」


 感心するミランダにオルガは自慢げに笑って見せた。それから紅茶を一口飲んだ時、オルガはハタと気付いた。


「叔母さん……これは八〇〇年前の話なの? 明日から始まる『青の祭り』が八〇〇回目でしょう? 本当にあった事なの?」

「そうよ……歴史の中に埋もれた事実なの。時期は第一次十字軍遠征から数年後の十二世紀初頭ね」


 それを聞いたオルガは目を丸くした。


「資料があるとは思わなかった……だって博物館には竜の骨とかないでしょ?」

「この話には資料はあるわ。この街が小さな国だった頃のね」


 ミランダはニコッと笑った。


「その頃はまだ神の力は絶対であると、それが全てだと思われていたから、竜の存在も伝説として伝わったの。世界各国に不思議な伝説はあるでしょう? それと同じ……でも実は二匹の竜は恐竜の生き残りではないかという説もあるわ」

「恐竜?!」


 オルガは更に目を丸くした。


「そう言う説があるだけで、本当に彼らについては何もわからないの。亡くなった後、その遺体が何処にあるかもね。だから骨は出ていないわ」

「そうなんだ……フィールとソラ……優しい竜なら私も会ってみたかったな」

「私もよ、とても会いたいわ」


 そしてミランダはユックリと物語の続きを語り始めた。




ここから更に王女とジークリフトの絆が深まって行きます。




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― 新着の感想 ―
[一言] 王女と王子は800年前のお話の中の登場人物なんですね。 十字軍とは歴史好きの琴線に触れる存在も明るみになりましたね〜 本編は現代とよく似た世界のお話……なのかな?
[良い点] そうだ~ おばさんのお話の中だったんだぁ すっかり王女の話に夢中になっていました(*^^*) もう2人は運命に結ばれているね これからどうなるかドキドキ
[一言] はちみつ入りのクッキー (^。^) 凄い美味しそー あと文官の息子が鍛冶屋さんって 珍しいですねぇ 後から重要な役割ででてくるのかなぁー。
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