不遇、初心者、ボス狩りエンジョイ勢
◇◇◇
「あぁぁ……っ! 朱ちゃん……! 朱ちゃぁん……!」
母を見つけた子供のように自分にしがみついてくるスゥを、朱は優しく抱きしめた。
背後で蠢く大蛇の、ぎしぎしと鳴る音を聞きながら。自分の震える体に力を入れて、ぎゅっと固くもしながら。
「……うん、うん。怖かったですね。大きいのは怖いですもんね」
涙を流すスゥの頭を撫で、優しい声色で話す朱。
そう言っている朱だって、もちろんとても怖かった。
何しろあんなに大きくて、目だって血のように赤くって、体もギシギシうねうねと気持ちが悪い怪物が出てきたのだ。
そんなものが平気であるはずもない。
しかし朱には、それに対する恐怖よりも、ずっと強い気持ちがあった。
だからこうして飛び出せたのだ。
「大丈夫ですよ、スゥちゃん……大丈夫」
出会ってまだ数時間。本当の顔も知らないし、本名だって聞いてない。
けれど朱の大切な友だち、スゥ。
その優しくて朗らかで暖かな彼女に、悲しいことがあって欲しくないと思ったから。
自分だって怖いけど、友だちはもっと怖がっているから。
だから、助けた。
朱は自分の身が危なくなることよりも、友だちが危ないことのほうが嫌だった。
「あっ……うぅ……あ、けちゃ……ん……っ! わたしぃ……っ」
「安心してください? 朱がいますから」
「わ、わたし……っ…………ま、また、また、みえなくなっちゃったって……おもったら……! ……すっ、すごく、こわくってぇぇ……っ!」
「……うん、そうですか。そうなんですね。それはとっても怖かったですね、スゥちゃん」
そう言って涙を流すスゥの言葉は、朱にはよくわからなかった。
“見えなくなっちゃう”とか、“また” だとか、いまいち要領を得ない話であったから。
けれど朱には、そんなことは関係なかった。
スゥの涙の理由がわからなくたって、泣かせた原因はわかっているからだ。
朱の目に映る大きなヘビ。
それさえいなくなれば、きっとスゥは泣き止むのだ。
それだけわかれば、それでよかった。
「ひっ……うぇぇ……」
「……大丈夫ですよ、スゥちゃん」
「うあぁぁ……っ」
未だ泣き続ける友だちを、地面に優しく座らせる。
最後に頭をするりと撫でて、大きなヘビの前に立つ。
そうしてその目に覚悟の炎を点火して、彼女はひとつ取り出した。
一度空の向こうへ飛ばし、気づいたら戻って来ていた、朱の唯一の持ち物だ。
「……朱がなんとか、しますから」
朱には装備もアイテムも、武器も経験も知識も能力も得意も、何もない。
けれど朱には夢がある。
ドラゴンのお肉を食べることと、友だちを泣かせないという大きな夢だ。
そんな夢を掴むため、何もない手でぎゅっと強く掴むのは、銅色の丸い金属物。
名を[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]と言う、職業蒸気工師に与えられる初期アイテムだ。
それを以前と同じように、蓋を開いてゼンマイを回す。
「少しだけ、ここで待っててくださいね」
<< - Hello Hogger !! - >>
小柄な朱の小さな手の中で、蒸気機構が作動をはじめる。
浮かぶオレンジ色の文字は、以前同じ内容――“Hello”と“Hogger”。
“Hogger”。その英単語には、二つの意味がある。
ひとつは“大食らい”。
そしてもうひとつは、“機関車の機関士”だ。
「スゥちゃんを怖がらせる悪~いヘビは、朱がやっつけちゃいますからね」
「ふぇぇ…………ぇ……?」
そしてそのオレンジの文字が指すのは、後者だ。
朱の持つ蒸気工師という職業は、“蒸気機関車の機関士”である。
蒸気工師。それはいわゆるひとつの不遇職だ。
戦闘ができず、補助ができず、生産ができない無能職だ。
だから多くの人が馬鹿にして、“汽車屋”と言って笑ったりもする。
“汽車屋”。
それは“汽車を動かすくらいしかできない”という意味のスラングだ。
揶揄や例え話ではなく、事実そうであるから、そう言われているものだ。
◇◇◇
――――広大な仮想現実の世界。
そこには山や海があり、森に熱帯、果てには氷の大地や溶岩地帯すらもある。
そんな色とりどりのフィールドで胸躍る大冒険ができるというのが、仮想現実最大の魅力だろう。
しかし。
そうした広い世界であったからこそ、生まれた問題点もあった。
それが、距離だ。
広大な大地と言えば聞こえはいいが、全部が全部、広すぎたのだ。
言うまでもない話だが、VR空間における歩行というものは、原則的に一歩が一歩である。
何しろここはリアルな世界。現実と同じように体を動かせることを売りにする、究極の体感ゲームなのだ。
そうであるなら絶対に、一歩は一歩でなければならない。
右足を前に出すだけで10メートルも進んだら、とてもではないが現実と同じように体を操作することはできないからだ。
そんな現実と同じ一歩を刻んで辿り着く、VRMMOの広大な大地。
例えば見渡す限りの大草原にしよう。
微風が通り抜ける草の海、地平線まで続く新緑の大地。
それは確かに胸のすくような爽やかさだが、あくまで景色として、という話でもある。
見た目はいいが、いざ通り抜けるとなったら、きっととても大変だ。
何しろ見渡す限りで、地平線まで続くのだから。
そんな草原の向こうまで歩く。足首には草が絡まり、見えない石につまづいて、たまにはぬかるみに足を突き入れてしまうのだ。
それを一度経験してしまえば、大半の人はその景色を見た時に、ただただ面倒臭い思いばかりをつのらせるだろう。
その他だって同じだ。
熱風渦巻く大砂漠、迷宮のような大森林、てっぺんが霞む大山脈。
そんなファンタジーゲームらしいバリエーション豊かなフィールドは、どう考えたって歩きづらいし広すぎた。
確かに大冒険の雰囲気は出ていたが、実際にそこを歩くとなれば、大冒険すぎて皆がうんざりをした。
極限のリアリティを持つ仮想現実のメリットは、広いこと。そのデメリットもまた、広いこと。
VRMMOにおけるフィールドというものは、そうして扱いが難しい。
そんな冒険のしにくさを解決するために設けられた、Living Heartsにおける移動手段。
それがこの『ココノハ大森林』の外周をぐるりと囲う線路と、その上を走る "汽車" だ。
蒸気の力で動く鉄道車両、蒸気機関車。
その車両自体は運営のはからいで最初から世界に置かれていたが、それを運用するための『動力』と『人員』は存在しなかった。
その代わりにこの世界にあったのが、その動力になるアイテムと、それを運用するための職業。
――――その名は蒸気工師。
広い世界を移動するための、交通機関を動かすための存在だ。
戦うための戦闘職とも、作るための生産職とも別にある、設備を動かすためという特殊な生まれを持つ専門職。
それが朱朱朱朱の職業蒸気工師であり、その代名詞とされるアイテムが、彼女の手の中で起動を始めた[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]なのだ。
◇◇◇
「朱……ちゃん……? や、やっつける、って……」
「あのデカめのヘビは、朱がやっつけます」
そんな公式不遇職の朱が、珍しく真剣な顔をしながら操作手順を一つずつこなす。
その手付きは以前と比べて手慣れたもので、さっそく手の中でナトリウムランプがオレンジの光を点灯させた。
<< - Light the firebox - >>
「で……でもそれ、前はどこかに飛んで行っちゃって……」
「大丈夫ですよ。今度は……飛ばしませんから」
内部機構が激しい音を出し、蒸気残量を示すゲージが急激に増加し始める。
いくつかのメーターの針が赤線を越えて限界いっぱいまで振り切れ、全体がぶるぶると震えだす。
<< - D-line is lighting - >>
「と、飛ばさない……って? それってどういう意味……」
「今度は手を離したりなんかしません。ずっと掴んで、そのまま。朱も一緒に行くんです」
手の中で震える機械を見つめる朱が、その調子を確かめるように、レバーを軽く引いて蒸気を少し放出させる。
ポ、ポ、ポ、と小さく汽笛が鳴り、その蒸気で朱の前髪が持ち上げられる。その勢いで2つのお団子髪がはらりとほどけた。
「い、行くって……どこに?」
「――――あそこまでっ!」
<< - Red line is exceeded !! - >>
「えっ」
「見ていて下さいね、スゥちゃんっ! スゥちゃんを怖がらせるものなんか、朱がぜんぶ、思いっきり! ぶっ飛ばしちゃいますからっ!」
赤い髪を2本垂らした姿の朱が、目の前のヘビをしっかりと見つめる。
自分のこれからの行き先を、その目で確かめるかのように。
――――“蒸気工師は汽車を動かすくらいしかできない”。
それは言い換えれば、“蒸気工師は汽車を動かすことができる”ということに他ならない。
ならば。
「ぶっ飛ばしちゃう、って……まさか」
総重量100トンを超える黒鉄の塊、それを複数連結させた極大質量の大鉄塊。
さらにはそこに数十人から数百人のプレイヤーを乗せ、それでも力強く線路を走る蒸気機関車。
そんな途方もなく重いものを動かす力が、少女が握る小さなアイテムに込められている。
ならば。
「それじゃっ、スゥちゃん!」
「朱ちゃん、嘘でしょ……?」
ならば。
その蒸気エネルギーをフルオープンにして、そのまま推進力に変えた時。
<< - Already all ready, Hogger !! - >>
「行ってきますっ!!」
[ぜんまい仕掛けの蒸気機関]を抱えた少女は――――
「出発っ! 進行ぉぉーっ!!」
<< - Departure !! GO GO GO GO !! - >>
――――きっと、必ず、空を飛ぶ。
「あっ、朱ちゃん!?」
……オンラインゲームに詳しい者は、アイテムの使い方を知っている。
だから誰もがルール通りに、正しい形でアイテムを使う。
それが汽車を動かすために実装されていると知っているから、汽車を動かすために使うのだ。
しかし朱朱朱朱は、ゲームのことを何も知らない。
お金もクエストも職業も、そしてアイテムの使い方だって、彼女は何も知らなかった。
だから少女はレバーを引いて、ポォーと大きく汽笛を鳴らし、蒸気の力で突っ込んだ。
答えを知らない彼女だから、ひたすら自由な発想で、誰もやったことのない使い方をしたのだ。
「てぇぇぇやぁぁあああああーっ!!」
ゲームを知らないから、それをした。
ゲームを知らないからこそ、それができたのだ。
そして、そうだから。
その『不遇職の一撃』は、他の誰もが知らないものだった。
それこそ、誰よりLiving Heartsを知っているガチ勢ですらも――まるで知らないものだった。
「ちぇぇぇぇすとぉおおおおおおっ!!」
オレンジ色の光跡。白い蒸気の軌跡。大蛇に向かって飛ぶ、小さな体の赤い少女。
それは空へと駆け上がって行く流星のように、疾く、強く、そして真っ直ぐな、自爆覚悟の体当たり。
<< 朱朱朱朱 の 攻撃
→→【The weeder】アイアタル に5999のダメージ >>
小さく赤い、少女の体。
それが大きなヘビのアゴを打ち抜いて、大きく空を仰がせる。
そうして月を見上げるような姿勢になった[【The weeder】アイアタル]は、一度だけ全身を震わせると、そのまま仰向けにずしんと倒れ。
それっきり、動かなくなった。
<< 【The weeder】アイアタル は 朱朱朱朱 によって殺害された >>
「う、そ……」
◇◇◇
――――♪♪♪
<< プレイヤーの皆様へお知らせいたします >>
<< おめでとうございます !! >>
<< 『ココノハ大森林』の領域守護者[【The weeder】アイアタル]が 朱朱朱朱によって殺害されました >>
<< それにより 世界のアップデートが行われます >>
世界中に鳴り響くファンファーレ。夜空のあちこちに花火が上がり、現在ダイブ中の全ユーザーへ神の声が届けられる。
それを聞いた誰も彼もが、街から、海から、山から、崖から、『ココノハ大森林』の方角に目を向けた。
Living Heartsの新たなトップランカーに、それぞれの感情を抱きながら。
「ぉぉおおお!? わー! やったぁ!」
そんな見えざる注目をその身に集める、初心者で不遇職の小さな少女で――そしてボス討伐者の朱朱朱朱は、盛大に弾ける花火と同じ高さから、地上に向かって明るく叫ぶ。
「やりましたー! できましたよぉー! スゥちゃーん!」
手足をイヌのしっぽのようにぶんぶん振り回し、喜びの感情をこれでもかと見せつける朱。
花火の光に包まれて、太陽のような笑顔を浮かべて。
大きな月を背にして、そのまま地面に真っ逆さまに。
ものすごい速さで落っこちながら、満面の笑みでスゥの名を呼ぶ。
「見ましたかスゥちゃん! どんなもんですかー! やりふー!!」
「あ、あっ! 朱ちゃん!? 」
「朱はやってやりましたよ! もう大丈夫です! これでもう、なんにも怖いことはないですからねっ」
「う、うん……! うんっ! それはとっても嬉しい……けどっ! ……あの、す、すごい落っこちてるのはっ! へ、平気なの~!?」
「任せてくださいっ。朱はスゥちゃんのためなら、どんなこグェェエエーッ!」
「あ……っ」
びたーん! と大地に衝突し、轢かれたカエルのような形で地面に張り付く朱。
そんな落下の衝撃は、システムによって粛々と処理がされる。
<< 朱朱朱朱 は 高所から落下した
→→朱朱朱朱 に974のダメージ >>
「朱ちゃん! だいじょ………………朱ちゃん……?」
<< 朱朱朱朱 は 事故死した >>
「…………し、死んでる……!?」
――――そして、死んだ。満面の笑みを浮かべたままで。
<< Dive Game Living Heartsは Ver 2.7.1 にアップデートされました >>
<< 新エリア『マガタダレ湿地帯』が開放されます >>
<< 新エリアの『ゲート』が活性化されます。現在の支配者:なし >>
<< ロックされていた生産レシピの一部が開放されます >>
<< ロックされていた職業が開放されます >>
<< 『ココノハ大森林』に新たなオブジェクトが出現します >>
<< 『花と綿毛の階段』にダンジョンが出現します >>
<< 一部地域の出現モンスターに変更があります >>
<< 現在のワールドシナリオ進行度:21% >>
<< 領域守護者討伐数ランキング 及び 最大与ダメージランキング に変動がありました >>
<< 朱朱朱朱 が 領域守護者討伐数ランキング 3位 にランクインしました >>
<< 朱朱朱朱 が 最大与ダメージランキング 2位 にランクインしました >>
<< お知らせは以上です >>
<< それでは引き続き、Dive Game Living Heartsの世界をお楽しみ下さい >>
[スチームエンジン・オブ・クロックワークス]。
それは言ってしまえばただの『動力』であり、『運ぶ力』だ。
だから、きっと。
きっとその『運ぶ力』で、少女を夢まで運んでくれるのだ。
◇◇◇
◇◇◇




