異形は欲す、留め処なく、エロいのを
□■□ ココノハ大森林 霊樹の袂 □■□
ところ変わらず森の中。その更に奥の最深部。
林間の空き地の中央で一本の大樹がどっしり構える『ココノハ大森林 霊樹の袂』に、2つの影があった。
「おっせえなー」
そんな2つの影の内、頭の上に『EAK』と表示されている1つが、うつむきながらこぽりと呟く。
変わったキャラクターだった。
2メートル近い長身痩躯は茶色いコートで覆われて、その下には黒シャツとスリーピースのホワイトスーツに、首からは黄色いストールをだらりと垂らす。頭のハットは顔が見えないほど目深に被られて。
まるで現実世界のビジネスマン、あるいはマフィアか極道だ。
少なくともファンタジーな森での狩り用装備というよりは、夜の繁華街を歩くための推奨装備といったほうが適切だろう。
「何してんだよあのクソネコはー。そろそろ次の湧き始まっちゃうぞー」
そんなマフィア風の男が、のんびり間延びした声で言葉を続ける。
それと同時に月を仰ぐように顔をあげれば、彼の持つ人間らしさは消し飛んだ。
まずは、その声。
その男がハットの下から言葉を発するたびに、そこには “ゴボ、ガボ” という不気味な異音が混ざるのだ。まるで仄暗い水の底から語りかけているとでも言うかのように。
そして、その顔。
ハットで隠れたそこからちらりと覗くのは、目や鼻のないつるりとした上半分と、耳まで裂けた大きな口だけが存在する下半分だ。それが褐色の肌と合わされば、ヒビ割れた煮玉子のように見えた。
おかしな音声、おかしな見た目。
その両方があれば、EAKと表示させたソレが人外なのは明らかだった。
「何かあったんじゃね? 競合と出くわしたとかよォ~」
そんな化け物マフィア『EAK』の隣で座り込み、狂ったイントネーションで会話を続けるもう一つの影。
それは頭の上に『椎茸強盗』と表示させているプレイヤー……と言っていいのかもわからない、これまたひどく不審な生き物だった。
その上半身は筋肉質な裸をむき出しに、その下半身には黒い毛皮のズボン。
そして何より、その頭。そこに黒い山羊の面を被った姿には、ねじくれたツノまで生えている。
男と言うより、オス。あるいは性別不明の悪魔で、プレイヤーというよりはモンスターと表現したほうが正しく思える異形の者だ。
「はー? 競合ー?」
「そんでにゃんにゃんしてんの。性的な意味じゃなくて、うにゃうにゃ鳴きながら《飛爪》飛ばしてなァ」
そんな奇妙な生き物がヤギの口をパクパクとさせながら発する声には、EAKと同じく異音が混ざる。
それは“カラ、コロ”という硬質な物がぶつかり合うような雑音で、静かな森には面白いほどよく響いていた。
「いや競合はないっしょー。眷属の湧き条件知ってんのは俺らだけのはずだしさー」
「EAKとマツダイはそこらの買取屋に素材売ってんじゃん。《鑑定》で条件のヒント出てたりしねェか? フレーバーテキスト的なやつでよォ」
おかしな格好の2匹のナニカ。それが交互に異音を鳴らし、会話を続ける。
そんな悪い夢じみた光景の中で、奇妙なヤギ面は休むことなく手を動かす。その手にあるすり鉢とすりこぎ棒で、何かをパキパキゴリゴリとすり潰しているのだ。
「《鑑定》ねー……んー、なくもなくないかー?」
「アレだアレ、考察勢っつーの? いるじゃんそういうの」
「背景考察とか意味わかんねーよなー。そんなことしても経験値入る訳じゃねーのに」
「エンジョイ勢のプレイスタイルってやつだろうなァ」
それの何が面白いのかは知らんけど、と肩をすくめたヤギ面。
そして手を止めてすり鉢を持ち上げると、その中にあった『謎の白い粉』をひといきで口へ流し込んだ。
「ア゛ァ~……」
さら……と口腔に落ちていく粉。それを飲み込むヤギ面は全身をフルフルと震わせる。
恍惚にまみれた声。ヤギの目がピクピクと震え、舌がてろりとはみ出した口の端から濁ったよだれが零れ落ちる。
どう考えてもまともではない、『健康』を更に上の段階へ押し上げる謎の粉。
それをヤギ頭の化け物が摂取しているありさまは、見ているだけで正気度が奪われそうな光景だった。
「結局《鑑定》はアドにもメタにもなんなかったしなー。そのために取った調教師腐らしてるわー」
「ア゛~……調教師のレベルいくつだっけェ?」
「17だなー」
「結構上げてんなァ」
「でも1日よー」
「ゲーム内時間でェ?」
「いや、リアル時間でー」
「じゃあゲーム内で10日か。やっぱ結構やってんなァ」
「やってるっつーか、やっちまったっつーかなー」
そんな現実の闇と空想の闇をごちゃまぜにした絵画の如き見た目とは裏腹に、話す内容はとりとめのない雑談だ。
モンスターの話や露店の話。それに加えてゲームシステムやプレイスタイルについての話は、Living Heartsプレイヤー同士なら日常的にするやり取りだろう。
しかしそんなおだやかさこそが、かえって不気味さを加速させる。
人間とは思えないモノが、人間のような話し方で、人間のような会話をする。それはまるで異形の化け物たちがヒトのフリをしているようで、見る者にたまらなく不安を抱かせるのだ。
「にしてもホントおせーな、マツダイのやつよー」
「もしくはアレだ、どっかの安全確認してんじゃねェの」
「“ヨシ!”とか言ってなー」
「そうそう。片足上げて指差しながらよォ」
そんな異形の会合が開かれる、月明かりの森、奥深く。
◇◇◇
「おー?」
「来たかァ」
“ゴポ”と弾ける音。“カロ”と響く音。
そんな異音が鳴る場所に“ズル”という音が混ざる。
その音を鳴らすのは、茂みから出てきた一匹の黒猫――プレイヤー殺しのマツダイだ。
「おせーぞマツダイー」
「時給落ちるわ、何してたん?」
「……湧き位置ズレ。しかも茨ゾーンで湧きやがってにゃ」
そうして不機嫌そうにぼやくマツダイは、自身の何十倍もあるヘビらしきモノの死体を指し示す。
にょろりと長太い体に、そこから生えた3つの頭。それぞれの口からはみ出る牙は鋭く、その先端には毒液を注入するための穴が開く。
そして何よりその全身は、うっすら光る黄金色の鱗で覆われていた。
誰の目に見ても一目で価値があるとわかる、荘厳な金色鱗を持つモンスター。[アイアタルの眷属]の物言わぬ死体。
その死してなお輝く鱗は、素材としての有用さを示すと同時に、生き物としての格もあらわすようだった。
「うっわ状態悪いなー。こんなん買い叩かれるぞー?」
「何で場所ズレたん? 湧き時間ぴったりだったろォ」
そんな美しい鱗の所々には、痛ましくも細くて硬いもので引っ掻いたような傷がついている。しかしそれがマツダイの言う『茨ゾーン』の茨によってつけられたものだということは明白だったので、EAKも椎茸強盗もわざわざ聞くことはしなかった。
それよりも今重要なのは、自分たちが一番に求める『効率』についてだ。
決まったモンスターに、決まった湧き位置。それを決まった時間で殺して戻ってくるという、完成された最高効率の巡回コース。そこからズレて狩り効率を落とした原因については、彼らがどうしても聞かねばならぬことだった。
「エンジョイ勢が居たんだよ。あそこ、[月光草]が4本生えるとこ。それで横湧き感知に引っかかったんだろうにゃ」
「へー、邪魔くさー」
「そんで茨ゾーンに湧いたん? 引き悪ぃなァ」
プレイヤーの周辺範囲にモンスターが出現しなくなる、『横湧き防止』という安全仕様。それによって起きた不運だと伝えたマツダイは、くるりと回ってその場で跳ねる。
すると瞬間、ぽんっと煙が弾け、気づけば黒猫はすっかり人の姿――猫耳だけは生えているが――に変化した。
猫時の毛並みそのままの黒い髪は、もみあげだけが妙に長い。それが頭の動きと連動して揺れる様子は、黒猫時の2本しっぽの代わりだとでも言うようだ。また、その人型を包んでいるのは夜空のような色合いの気取ったスーツ――俗に言う燕尾服に似た気取ったものだった。
それに加えてその顔立ちは、どこか猫らしさを思わせる端正なもの。そんなすまし顔と服装とを合わせてみれば、どこぞの王子か貴公子か、と言ったところだ。
と言ってもそんな上品な雰囲気は、ぎろりと下品に据わった目つきで台無しにされているのだが。
「で、ストレージパンパン。どっちか預かって」
「俺残り2割ー」
「1割しか空いてねェ」
「じゃあEAK」
「ういー」
そんな二枚目のマツダイが、下品なヤンキー座りでしゃがみ込む。燕尾服特有の長い裾がてろりと地面に広がった。それもその気品溢れる姿には似つかわしくなかったが、きっといつも通りの下品さなのだろう。本人も周囲もまるで気にしていなかった。
そしてその白い手を空中で動かすと、淡い光の中から花や石ころなどのアイテムが現れ、ボトボトと地面に落ちる。
「[メイフェム花]が6、[ココノハの輝石]3……ん? 何だこれ、誰の装備ー?」
「エンジョイ勢。邪魔だったから」
「あーそー」
“邪魔だったから”。
それだけ言って口を閉じるマツダイと、その後の言葉を聞かずに理解するEAK。彼らにとって狩りの邪魔を排除することは常識であり、それが何者であろうと構うものではなかった。この世に効率よりも重要なことはなく、その前では善も悪も存在しないのだ。
「うわ、[パライソの冬虫夏草]じゃん、きっしょ。なんでこんなん拾ったのー?」
「“てち” に欲しいって言われた。何かに使うんじゃねぇの」
「ア、それならオレ持つわ。重ね置き行けるし」
「ういー」
そうした会話の最中にも、彼らの動きが止まることはない。マツダイがアイテムをばら撒き、それをEAKが足で乱暴に踏みつける。そしてそのまま空中で指をくるくる動かして、ストレージと呼ばれる個人収納に次々取り込んでいった。
ストレージ機能。あるいはアイテムボックスと呼ばれるシステム。
それはこのLiving Heartsの基本機能であり、人間でも猫でもその他であっても平等に与えられる能力だ。
そのストレージ機能を利用するには、収納したいアイテムを触れながらインターフェイス画面を手動か音声で操作する必要がある。また、その触れるという条件には特にルールなどはなく、指先だろうと顔面だろうと問題はない。
しかし、こうしてEAKのように踏みながら収納するというのは――品格や行儀の良さという意味で――プレイヤーの間ではよほど忙しい時だけに限られる方法であった。
それをまったく気にかけていないのも、これまた効率のためである。
こうして速さだけを重視しそれ以外は大体二の次にするものだから、彼らは『効率厨』と侮蔑の意味を込めて呼ばれるのだ。
「荷物も限界っぽいし、あと1周で終わりにするかにゃ」
「……なー、マツダイ」
「ん?」
「月光草のとこにいたのって、女ー?」
不意に質問をするEAKが見つめているのは、マツダイから受け取ったアイテムの一覧だ。
そこにあったプレイヤー生産品のファンシーなアクセサリー、[誓いのハートペンダント(破損)]を見て、持ち主の性別にあたりをつけたのだろう。VRMMOが存在するほどの未来であっても、ピンクなハートペンダントを好んで着けるのは大体女性だけなのだ。
「女っつーか、カップル。ヤってる最中のにゃ」
「ふーん、ヤって…………って、何ィーッ!?」
「ンだとォ!?」
唐突に放り投げられた、聴き逃がせない性的ワード。
そんなマツダイの爆弾投下には、効率厨なガチ勢共も黙っていられずいきり立つ。
――――そして空気は一変した。
「いや、おま、ヤるっておま! え、それガチ!? リアルにマジなんー!?」
「ヤるって性的な意味のやつだろォ!? そうだよなァ!? つまりお前は偶然スケベエロスシーンに出くわしたってことでいいんだよなァァ~!?」
「……そうだけど。つーかちけぇしうるせぇよ」
突然大声を出したEAKと椎茸強盗は、残像が見えるほどの素早さでマツダイへとウキウキで詰め寄った。何なら移動スキルもちょっと使った。
そんな2人にマツダイは、耳を伏せて恨みがましく抗議する。座って低くなった位置から見上げた視線は鋭く、金色の瞳の中で黒い瞳孔が三日月のように細くなる。
警戒しているのだ。ここに変態が2匹も湧いたものだから。
「えー!? うそー!? だってだって、外だろ!? 野外だぞ!? 森でしょー!? えー! ちょっと、やだー! そんなのえっちすぎじゃーん! おほー! ソレどういう状況ー!? ヤるってどこまでー!?」
「見た目は、種族はなんだったァ!? 女騎士系!? アイドル系!? 耳長美人系!? おっぱいは目測何カップ!? パンツとか見たァ!?」
「うぅわぁ~……」
上ずった声色、荒い鼻息、とめどないエロへの好奇心。
先程までの陰鬱な空気感はどこへやら、ハットを押さえるEAKとヤギの口からヨダレを垂らす椎茸強盗が大興奮でまくしたてる。
その勢いに押されたマツダイは、半歩下がりつつ汚物を見るかのような目で見た。
実際に汚物だと思ってもいた。
「なーなー! マツダイが見たのってどんなタイミングだったん!? おセックスの進行度で言うと何%くらい!?」
「パンツは!? パンツは見たのかァ!?」
「……うるっせぇにゃあ」
「なーなーマツダイー! どうなんだよー! なーなーなーなー! おーしーえーろーよー!」
「つーか、パンツ見た!? あ、そうだ! そういえばパンツとかって見たァ!? ところで話は変わるけど、パンツ見たァ!?」
「……んにゃこと言われても、出会って4秒でPKしたからよく見てねぇし」
「おま……っ! はぁー!? クソネコお前……即PKって、ヤってるエンジョイ勢見つけたのに即PKって、はぁぁー!? 出会って4秒でヤるのは合体だけって、昔からそう決まってんでしょうがー!?」
「男なら普通はパンツくらい撮んだろうが! このタマナシがよォォ~!!」
下がったマツダイを更に追いたて、“ゴポォ”といきり立つEAKと、“コカココカッ”と荒れる椎茸強盗。その尽き果てぬエロへの探究心は、マツダイからするとやっぱり普通に気持ち悪かった。
なので整った顔をこれでもかと歪め、ぽんっと黒猫の姿に戻って更に距離を取る。近くにいたらスケベが伝染る、と言った具合で。
「……何回パンツって言うんだよ。パンツ見たいならVRエロゲでもやりゃいいだろ」
そして呆れた声で本音だけ言うと、周囲の茂みをちらりと見ながら再び森へと歩き出す。
そのお尻から伸びた2本のしっぽは、不機嫌そうにゆらりゆらりと揺れながら、喧嘩するようにぶつかりあっていた。
「おま、エロゲて……はぁー。ありゃあ何もわかっとりませんな、椎茸さんや」
「まったくやれやれですなァ、EAKさん。作り物じゃない生エロの価値がわからぬ、去勢された猫畜生ですよォ」
「うるせぇ、もう湧き始めてんぞ。早く処理しろクソエロスライムとガンギマリガイコツ」
そうして立ち去る黒猫マツダイの背に放たれるEAKと椎茸強盗の声は、それまでと何も変わらない。
しかしそんな変態2人の影は、つい先程までとはまったく違う――間違っても人型とは言えないモノに変態していた。
プレイヤーネーム『EAK』。コートを着ていた長身痩躯のマフィア風だった男。
その姿はぷよりとした茶色い半固形体に変わり、地面の上でゴポンゴポンとバウンドするように揺れている。
プレイヤーネーム『椎茸強盗』。ヤギ頭の筋肉ダルマだった男。
その体は肉と皮を失くした人骨に変わり、その上に乗るヤギの頭はすっかり骨に変わってカラコロと音をたてていた。
茶色のスライムなEAKと、頭だけヤギ骨なスケルトンの椎茸強盗。
明らかな化け物で、ほとんどモンスター。
しかしこれこそが、彼らの本来の姿だ。
不定形タイプの異形種アバター『ウーズ』のEAK。
不死者タイプの異形種アバター『バフォメット・スパルトイ』の椎茸強盗。
そして妖タイプの異形種アバター、『猫又』のマツダイ。
“強いがひたすら動きにくい”としてほとんどの一般プレイヤーに避けられ、“動きにくいけどひたすら強い”としてVRMMOガチ勢たちが好んで使う、人間からかけ離れたデザインのキャラクターアバター『異形種』。
この3人組はそんな人外アバターの使用者であり、それを愛用することで有名なガチ勢でもあった。
「いいかー? もしまたいたら今度こそ録画して来いよなー。低めから舐め回すように、ローアングルでよー」
「猫ボディをガンガン活かしていけよなァ」
そんな性欲モンスターズの要望を軽く聞き流し、インターフェイスを確認しながら森へと入って行くマツダイ。
その彼の視界にあるミニマップには、広場を取り囲むように赤い光点が現れ始めていた。
モンスターの再配置。
本来であれば数々の魔物がひしめきあうモンスター溜まりの『霊樹の袂』内が、再びモンスターで埋まり始める。
その気配を背中にしっかり感じながら、マツダイが猫の口をにゃむにゃむ動かし、捨て台詞を吐いた――――
「……勃つモンもねぇ体で盛ってんにゃよ、童貞共」
――――その瞬間。
茂みから複数の影が一斉に飛び出した。
それは彼ら3人に負けずとも劣らない、おぞましい姿の化け物だった。
月明かりに照らされる、足の生えた魚。苦痛に叫ぶ人面を翅の模様にする、巨大な蛾。それに加えて顔のついた動くヒマワリや、てんとう虫模様の亀までも。
バリエーション豊かなこちらは本物のモンスター。
Living Heartsの『敵キャラ』だ。
それにすっかり背を向けていた、スライムのEAKとスケルトンの椎茸強盗。
その無防備な背中へ向かって、無数のモンスターが襲いかかった。
「どっ! ど、どどど童貞じゃねーし!!」
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<< ウォーキング・カマス は EAK によって 殺害された >>
「ハァァ!? オレが童貞ってどこ情報!? それは何情報ですかァ~!? それってソースがないですよねェ~! オレが未経験であることが証明されるまでは俺の童貞・非童貞は確定されないんですけどォ~!? シュレディンガーの童貞なんですけどォォ~!?」
<< 椎茸強盗 の 攻撃
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<< 葉軋り妖蛾の 翅 が破れた >>
<< 葉軋り妖蛾 は 椎茸強盗 によって 殺害された >>
不定形と骸骨の化け物が黒猫に向かって吠えながら、魚や花の化け物を屠る。
振り向きもしないまま、圧倒的な暴力で、人外としての格の違いを思い知らせるように。
それが普段通りに的確で、しかし普段よりもオーバー・キル気味だったのは、無情な現実を突きつけたマツダイへの怒りがあったからだろう。簡単に言えば、八つ当たりだ。
「……あのタマナシ野郎ォ、言いたいこと言って消えやがってよォ~」
<< 椎茸強盗 の《毀れ卜骨》
→→部位破壊成功!! タートルテントウ に231のダメージ >>
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「何がエロゲだっつーんだよなー? そんなん……やるけどさー!」
<< EAK の 攻撃
→→タートルテントウ に815のダメージ >>
<< タートルテントウ は EAK によって 殺害された >>
「……ったくよー……」
「……ほんとになァ……」
<< EAK の《闇の霧》 >>
<< - Undertakerの闇が濃くなった - >>
<< トバリヒマワリ は黒い霧に覆われた >>
「……ちょっと周り見てくるわー」
「……ぼちぼち索敵して来るかァ」
「いや、俺が見てくるから椎茸はここにいろよー」
「いやいや、EAKよりオレのほうが足早えし。何ならちょっと飛べるしィ」
<< 椎茸強盗 の 攻撃
→→トバリヒマワリ に757のダメージ >>
「…………お前、マツダイが言ってたやつら探しに行く気だろー」
「そんな無駄骨折るかよォ。あいつ、殺したって言ってたろォ?」
雑談を続け、それと同時にモンスターを殺し続ける。そこには指示も作戦もなく、集中や真剣さだって微塵もない。それが彼らの普通であった。
狩りをしているのが当たり前、まるで呼吸をするように殺し、心臓を動かすようにレベルを上げる。
エンジョイ勢のように他者との馴れ合いをしたり一期一会の交流を大事にしたりせず、カネとレベルと攻略だけを求める遊び方。
それがガチ勢の遊び方だ。
しかし彼らはその他に、もう一つだけ些細なものを求めていた。
「…………」
「…………」
「……しかしどうして森でヤってたんだろうなー? 不思議だよなー」
「そりゃあお前、エンジョイ勢の間で流行ってんじゃねェのォ? 今日は満月で花も多めに咲いてるし、きっと女の子もロマンティックさで大胆になるんだぜェ。だから他にもいるかもしれねェし、早く探しに行かねェと――……あ」
「てめー! やっぱり探しに行こうとしてんじゃねーかよー!」
「……そうですけど何かァ!?」
「開き直ってんじゃねー!」
「じゃあお前はどうなんだよォ!」
「そりゃ見てーに決まってんだろうがよー!」
「だよねェー!」
“エロいのが見たい!!”
そんな悲痛な童貞モンスターズの叫びは、不気味なノイズと一緒になって仄暗い森に吸い込まれて行く。
決まったルールは唯一つ。“エンジョイ勢お断り”。
ただそれだけを掲げ、公式レベルランキングでサービス開始以来1位を独走し続けるVRMMOガチ勢クラン『ああああ』所属の異形種プレイヤー。
そんな『EAK』『椎茸強盗』『マツダイ』の3人は、今日も今日とてLiving Heartsをプレイする。
効率と、エロを求めて。
◇◇◇




