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オンラインゲーム・ギャングスタ  作者: 神立雷
第一章 VRゲームのランカーは、不遇職の初心者少女
19/22

パンツ、見てから、決別余裕



     ◇◇◇




 紆余曲折はあったが、掃除は終わって報酬も渡された。

 となると当然別れの空気が漂いはじめ、マツダイとスゥは自然に出口へと近づいていた。


 が。



「ふ~……よいしょ」



 朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)は空っぽになった黒檀の箱に腰をおろし、ここに居座る気まんまんの仕草を見せつける。



「というわけで、お茶でも飲みながらお喋りしませんか? 猫さん」



 そのうえ朱は図々しくも茶をせがみ、赤い瞳をちらりちらりと倉庫の奥へと向けている。


 朱は激しい掃除で喉が乾いていた。そんな仕様は存在しないが、気持ち的にそう感じていた。

 それにくわえて持って生まれた大きすぎる好奇心も、抑えられないほどに沸き立っていた。


 そんな朱であったから、お茶を飲みつつ猫のNPCと会話をし、その流れでこの建物の隅々まで探検しようともくろんだのだ。

 好奇心と喉の乾きを同時に潤す完璧な計画、それを朱はくわだてたのである。



「は? しねぇよ。早く出てけ」



 しかし、秒殺。

 完璧な計画は一瞬で破綻した。


 倉庫の主である“猫さん”ことマツダイは、あらかじめ答えを用意していたようにノータイムで拒絶する。

 古いことわざで言うならば、『小足見てから昇龍余裕』といったところだろうか。

 諸説はあるが、おおむね“超反応で繰り出される致命的なカウンター”という意味の言葉だ。



「まぁまぁ、そう遠慮なさらずに~。さっきいい感じのお茶葉を見つけたんですよ。猫さんもご一緒にどうですか?」



 それでも食い下がる少女は、跳ねるように立ち上がり、スゥが茶葉をしまっていた棚へ歩み寄ろうとする。

 例えにべもなく拒絶されても、めげない強さが朱にはあるのだ。

 それを不屈と言うのか、それとも単純にしつこいと言うのかは人ぞれぞれだが。



「あ、朱ちゃん、だめだよ。あつかましいよ」



 そんな友人の蛮行に待ったをかけるスゥ。

 しかしその声は弱々しく、態度もおどおどとしていたもので、元気な朱を止めるにはいたらない。




「断る。っつーかそれ俺らのだろ。どうですぅ? じゃねぇよ」


「え、あれってお客様用とかじゃなくって、猫さん用のなんですか?」


「どれだかは知らねぇけど、客用のモンはここにはねぇよ。誰も来ねぇし、入れねぇから」


「そうなんですね~。それにしても、猫さんもお茶とか飲むんですね。猫だというのに~」


「……茶くらい飲む」


「ほほ~。あ、そうだっ! 猫さんは猫ですし、猫舌ではないですか? 朱がふーふーしてあげますよ! きっとちょうどよくておいしいですよ!」




 暴走をはじめた朱の歩みを止めようと、マツダイが必死でまとわりつく。

 対人戦の経験を活かした先読みムーブで朱の一歩先を予測し、そこへ自らの猫ボディをねじ込むことで、出される足を引っ込ませているのだ。


 そうした妨害をしながら、ぎろりと朱の顔を睨もうとするマツダイ。

 その位置から顔を上げれば、必然的に真下から見上げる形となる。



「いらねぇ。熱さはスキルでどうにでもなるし。つーかもう本当に出てけよ。俺は忙し――――」



 朱のホットパンツは[冒険のはじまりのパンツ]という初期装備であり、彼女のために作られたオーダーメイド品ではない。

 そのうえ朱は平均よりもずっと小柄で、装備のサイズにはだいぶゆとりがあった。


 靴から伸びる、細くて白い朱の足。

 その終着点にあるホットパンツはぶかぶかで、下から見れば太ももとその付根までがよく見えた。



「――……!」



 息を飲むように言葉を止めたマツダイの、金色の瞳に映るピンク色。

 ズボンという意味のパンツではなく、下着としてのパンツ、ショーツである。



「んもぅ、いけずですねぇ…………おや? どうしました? そんなに朱をじぃっと見つめて」



 足元の猫を見下ろしながら、不思議そうに首を傾げる朱。

 しかしそれも当たり前だ。

 彼女目線でのマツダイは、あくまでNPCで猫なのだ。


 まさか猫がパンツを盗み見して、あまつさえドギマギするだなんて、普通は夢にも思わない。




「……え、あ、いや……ち、ちがう」


「朱ちゃん、猫さんも困ってるよ。私もお腹がすいちゃったし、もう帰ろ?」


「むむむ……お腹ですか。そう言われては仕方ないです。今日のところはおいとましましょう」




 固まるマツダイをよそに、スゥが朱の手を引いてドアへと向かう。

 その数歩の間で落ち着きを取り戻したマツダイは、一応見送りをするため後を追った。


 ドアを開いて一歩だけ外へ。

 クラン倉庫と首都セブンスターズのちょうど境目で、朱が振り返ってしゃがみ込む。


 そして最後にマツダイをひと撫でしようと、ゆっくり手を伸ばした。




「猫さん?」


「にゃんだよ」


「また来ても、いいですよね?」


「……いい訳ねぇだろ」


「えーっ、そんなぁ……せっかく仲良くなれたのに」




 薄暗い室内にいる黒猫と、陽光が照らすドアの外にいる赤髪の少女。

 そこを渡るように伸ばされた手は黒猫へと向かい、しかしするりとかわされた。

 今日何度目かになる失敗だ。


 しかしその失敗にはほんの少しだけ、違うところがあった。




仲良(にゃかよ)くした覚えはねぇ。俺はお前らをヘビから助けて、お前らはお礼に掃除した。ただそれだけの関係だ。それ以上も以下もねぇ」


「で、でも」


「でもじゃねぇ。いいか? 俺はお前らとよろしくするつもりはねぇ。次来ても絶対に部屋には入れねぇからにゃ」


「そ、そんなぁ」


「……ここには二度と来るんじゃねぇ。絶対だ。もしまた来たら本気で殺――……怒るからにゃ」




 朱の手を避けたマツダイのしっぽが、ふわりと朱の手を撫でる。

 それはとても軽い接触だったが、毛並みのなめらかさを伝えるには十分だった。



「あ……」



 二度と会わないと遠回しに言われた別れ際。

 朱は念願だった猫の毛の柔らかなさわり心地に、かえって胸を痛ませた。


 そうして触れさせて貰えたことが、別れの挨拶に思えたからだ。



「……『クエスト』は終わりだ。じゃあにゃ」



 倉庫にマツダイが消え、ほどなくして鍵のかかる音がする。

 閉じられたドアを見つめる朱とスゥの悲しい視線は、中のマツダイには届かない。


 そのまましばらく佇んでいた初心者2人は、どちらかが何かを言うこともなく歩き出し、首都の喧騒にまぎれていった。




     ◇◇◇




「…………」



 しん、と静けさを取り戻した倉庫内。

 それは先程までのやかましさを失くしたことで、普段よりことさらに静かに思えた。



「……はぁ」



 そこにぽつりと響くのは、黒檀の木箱に乗っかるマツダイのため息だ。

 その吐息は、疲れや落ち着きから来ているところもある。

 あるにはあるが――それ以外の感情も多く含まれていた。



「…………」



 マツダイはガチ勢で、効率厨である。

 それはプレイスタイルであり、深く根付いた性根でもある。

 彼にとってのゲームとはそうして遊ぶものであり、それ以外の()()()は彼の中に存在しない。


 そんなゲーマーとしての道程は、情愛と共に歩んで来た道ではなく、これからもきっとそうだ。

 友情で経験値は増えない。愛情でモンスターは倒せない。絆でパーティ強化は起こらない。

 例えどれだけ気が合うとしても、共にゲームを攻略する者として使えないなら斬り捨てるのが当たり前で、邪魔なプレイヤーは()()()()当然。

 馴れ合いをかなぐり捨て、ありとあらゆる手段を使い、常にゲームの攻略だけを考える。

 そうしてついにその手を汚すことを厭わなくなった時――そこではじめて最高効率を維持できるようになるのだ。


 そしてそれは、『ああああ』という一団であっても変わらない。

 確かにクランメンバーとしての交流はするが、決して仲良くするために集まっているのではない。

 足並みを揃えてゲーム攻略をしているだけだ。互いに利用しあっていると言ってもいい。

 全員がそう思っているからかろうじて成り立っているだけの繋がりであり、もしそうでなくなった時には、一切の会話もしなくなるだろう。


 そのうえ必要があったなら、争いも蹴落としもするだろうし、出し抜いたり出し抜かれたり殺し殺され合いもきっとする。

 それを全員が自覚しているから、深い所では関わりを持たないという暗黙の了解さえもある。

 どこまでもドライな、仕事付き合いじみた()()()()()()だ。


 そんなマツダイには当然敵は多く、これからだってそれは増える。

 いや、増やすのだ。必ず、際限なく。敵を作り、それを殺して先へ往くのだ。

 効率厨に、ガチ勢に、最前線になる覚悟とはそういうものだ。



「…………」



 確かにマツダイと朱とスゥは、同じLiving(リ ) ()Hearts( ハ)で遊ぶプレイヤー同士だ。

 しかしそれでも、住む世界が徹底的に違う。

 見ているものと求めるものが違うから、見えるものと手に入るものがまるで違う。


 結局のところ、マツダイはガチ勢で、朱とスゥはエンジョイ勢なのだ。


 “ガチ勢とエンジョイ勢は決して相容れない”。

 オンラインゲームにおいては誰もが知る常識だ。

 それは水と油のような話ではなく、互いを傷つけ破壊し合うような絶対的に相反する存在だから、そう言われている。

 ガチ勢とエンジョイ勢が一緒にいると、必ず両方が不幸になるというのは、長いMMOの歴史が証明していた。


 だから、互いのためを思うなら。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 マツダイは彼女たちと、一緒にいてはいけないのだ。



「…………」



 最後の最後に朱朱朱朱(あけしゅあかしゅ)に触れた理由は、彼女の思う通りだった。


 いくら唐突に手を伸ばされたといっても、マツダイはスピードタイプのビルドを持つ対人戦の玄人だ。

 ステータス的にもプレイング的にも、マツダイに触れられるプレイヤーは数えるほどしかいない。

 それにマツダイはどうしたって猫の身だ。

 撫でようとするプレイヤーは後をたたないし、その度にそれを避けてきた回避の経験も積んでいる。


 だからアレは、故意だった。


 黒いしっぽのほんの先だけ、朱の指先に触れさせる。

 それはマツダイなりの別れの挨拶であり、決別のしるしでもあった。


 それが、ずっと自分を撫でたがっていた朱のためなのか――それとも自分が朱に触れたかったのかは、マツダイにはわからない。



「はぁ……」



 隠した本音は孤独な部屋に、ため息となって溢れ出る。


 うるさかった。ウザかった。面倒だったし、迷惑だった。

 しかしそれでも、今日はいい日だと思った。


 そしてそうだからこそ、彼女たちとの関わりは、今日だけで終わらせなければいけなかった。



「……んだよ、どうせならこれも片付けて行けよ…………」



 空っぽになった黒檀の箱を見つめ、広がった布を雑に中へと押し込む。

 そうして不意に蘇るのは、その中にあった[黒騎士]に張り付いていた朱の姿だ。



「…………」



 興奮したり首を傾げたり、半泣きになったり子供みたいに喜んだり。

 つい先程のことではあるが、それにしたって鮮明に思い浮かべることができた。


 なんとも忙しなくて騒がしい朱の幻影は、マツダイの顔を緩ませる。



「…………写真でも、撮ればよかったにゃ」



 そうすればいつでもあの笑顔を見れたのに――と考え、はっとなって忌々しげに舌打ちをする。



「チッ……アホか。しょうもねぇ」



 未練がましく思い出に浸る自分の情けなさに嫌気が差した。


『猫のクエスト』は終わりだ。続きはない。

 そうすることが一番の効率的な行動であり、何より彼女たちのためでもある。


 だから朱とスゥには、もう二度と会うことはない。


 そうと決めたら確実にするのがマツダイだ。

 しばらくは首都をメインにしている2人に会わないように、別のエリアで活動しようかと考え、それを決めるのに必要なアイテムを求めて部屋を見渡す。



「……アレ、か」



 幸い目当ての[ワールドマップ]はすぐに見つかった。


 その理由は、言うまでもない。

 綺麗に掃除されていたからだ。



「…………はぁ」



 アイテムを探せばすぐに見つかる、整理整頓された倉庫の姿。

 それはとても効率的だというのに、マツダイはひどくつまらなそうな顔をして、ため息交じりに眺めていた。




     ◇◇◇




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― 新着の感想 ―
[一言] マツダイ完全に惚れてますねぇ... 朱朱朱朱やはり病人なのかな、なかなかに重い話になりそうな予感。でも、それもまた好き。熱血も見れると思うから。
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