表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オンラインゲーム・ギャングスタ  作者: 神立雷
第一章 VRゲームのランカーは、不遇職の初心者少女
18/22

失敗作は、箱の中から、外に出た




     ◇◇◇




「猫さーん、猫さぁーん」


「……ん」




 マツダイがした大きなあくびが、ちょうど10を数えた頃。

 隣室から届く元気な声に、三角の猫耳がぴくりと動く。



(ようやく終わったのか。結構時間かかったな)



 ひらりと椅子から飛び降り、またひとつあくびを追加しながら倉庫へ向かうマツダイのしっぽは、一定のリズムで大きく揺れる。

 それは現実の猫が何かに興味を示している時にされる仕草で、実際にマツダイもそんな気持ちだった。

 生意気なことに、掃除の出来栄えに関心を寄せているのだ。


 こうしてキャラクターアバターの動きは、その操作主が意図してやっているものではない。

 あくびは『マツダイ』を操作する精神が眠気を感じたために出たものであるし、耳が動くのは“物音に意識を向ける”という心の動きがキャラクターアバターへと反映されたもの。

 しっぽが感情を表すのもそれらと同じで、キャラクターの操作というよりは、自動でされる感情表現(エモート)アクションのようなものである。


 それは意識的に止められるものではなく、抑制するには道化師(ピエロ)賭博師ギャンブラーなどの職業スキルが必要となる。

 つまりはだいたいの場合、この世界の『表情』はあけすけなのだ。

 楽しければ笑い、悲しければ涙を流すのは、マツダイのようなガチ勢であっても例外ではない。



「…………う、お」



 そんな世界であったから、マツダイがその部屋を見て驚きに目を見開いたのも、中身の感情そのままのリアクションだったのだろう。




     ◇◇◇




「さぁ猫さん、ご覧下さい! ここがあのぐっちゃぐちゃでドブみたいにきったなかったゴミ部屋の、ほんとうの姿ですよっ!」


「あ、朱ちゃん……言い方、ね」



(……ここ、こんなに広かったのか)



 マツダイが初めに思ったのは、そんな感想だった。


 顔が見えないほど物が散らばっていた床は、一つの石片もなくピカピカに。

 部屋を囲う白い壁には不規則に絵が飾られて、記憶をたどればその絵の位置には穴が開いていたことを思い出す。絵を飾ることで不格好な穴を隠しているのだろう。

 たったそれだけのことをするだけで、新規建築のように見えてしまうのだから驚きだ。


 壁沿いには木箱が整然と並べられ、その上に丁寧に折りたたまれた布が積み上げられている。小洒落た服屋のようだ。

 それが左から右に徐々に色づくグラデーションまで気にかけられているというのだから、なんともニクい。


 また、乱雑に置かれていた武器類はいくつかの壺に種類ごとに分けて入れられ、その隣の棚には瓶に入れられた草類が展示物のように並べられている。

 残念なことにそれらは毒用と治療用のものが入り乱れて置かれていたが、その辺りは無知による失敗だ。流石のクズ猫マツダイでも、そこを責める気は毛頭ない。

 むしろ知らないなりに形や色を見比べて並べたことに、ちょっとした敬意すらも感じてしまうほどだった。




「あ、あのね? 猫さん? この布、こうして使っちゃったんだけど……大丈夫だったかなぁ?」


「……あ、あぁ。うん、まぁ……いいんじゃねぇの」




 そう問いかけるスゥが草類の置かれた棚に近づくと、細い指をすべらせる。

 すると布がはらりと降りて、棚にカーテンがかけられた。

 落下防止。それと外気や陽光にさらさないための一工夫。

 その女性らしい細かな気遣いは部屋を華やかにもする効果もあったようで、薄ピンクの布地が薄暗い部屋に彩りを加える。


 機能性と装飾性を兼ね備えた、整理整頓以上のナニカ。

 それにはインテリアコーディネートという言葉も知らないマツダイだって、思わず唸らされるのだ。



(……あれは、本棚。紙類も一緒か。その隣には武器類と……全身鎧の足元には手甲とすね当てが入ってるのか。じゃああっちの木箱は、モンスターの素材なんだろうな)



 そして何よりマツダイが驚いたのは、アイテムの位置が何となくわかる、というところだった。


 この倉庫に詰め込まれていた、本や鉱石、鎧や武器に草や瓶。

 それらすべてがすっかり移動されているはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 それはただ物を隠すだけでなく、使う者の気持ちを考えながら片付けられたことの証明だった。



(なんか、普通にすげぇな……)



 そんな部屋を見渡して、思わず感嘆の深呼吸をする。

 ホコリやチリの概念がない仮想世界だというのに、そうして吸い込んだ空気が山頂のように澄み渡っている気さえした。




「ふふん、どうですか猫さん。朱はこの辺と、あとあの辺を掃いたんですよ」


「アイテム整理したのは?」


「わ、私がやったよ~」


「……いや、すげぇにゃ、お前」


「え、えへへ。嬉しいな、ありがとう、猫さん」




 もしこれがダンジョン攻略の話であったら、きっとマツダイは "俺でもできる" とうそぶいただろう。

 何しろネットゲームガチ勢というものは、高いプライドと醜い負けず嫌い精神がなければ続けていられないものなのだ。

 そんな彼らであったから、いついかなる時でもマウント行為には敏感で、そうやすやすとは負けを認めない。


 しかしこうしたセンスと気配り――そして丁寧さを必要とする汚部屋攻略は、自分には天地がひっくり返ってもできないと断言できた。

 だからマツダイはこうして素直に称賛を贈るのだ。




「ちょ、ちょっと猫さん! ちゃんとここも見ましたか!? このあたりの床の綺麗さについて、何か言うことはないんですかっ!?」


「え……? あ~……うん、まぁ、綺麗っぽいんじゃねぇの」


「ぽいじゃなくて、綺麗なんです! ほら、もっとよく見て下さい! そんな遠くから見るのではなく!」




 繰り返しになるが、Living(リビング) Hearts(ハーツ)には、ホコリやチリの概念はない。

 ダンジョン内部が『淀んだ空気』や『穢れた魔素の漂う地』などのフィールド効果に設定されていることはあるが、それは物理的にそうなっているわけではなく、ゲームの仕様でそのような処理が行われるだけだ。


 そんな世界であるから、ホウキで掃くという行為はあまり意味がない。

 ホウキは魔女(ウィッチ)が空を飛ぶためにある装備アイテムであり、掃除用具としては使われない。


 しかしそれでも、朱は朱なりに一生懸命掃除してくれたのだろうなとマツダイは考えていた。

 だからきっとそのままにしていれば、浮かれた気分のそのままに、お世辞のひとつも言っていただろう。




「……あ~、確かにいくらか綺麗に見え――――」


「いいですか、猫さん? 朱が教えてあげますよ? ほら、こうやって掃くんですよ。見て下さい? こうやって、こうです。どうですか? わかりましたか? ちゃんと朱のお手本を見て、お掃除の仕方を覚えてくださいね」


「あ、朱ちゃん。そうやって振り回したら危ないよぉ」


「今度からは朱に頼らず、自分でお掃除しないとだめですからね~。朱は猫さんのお姉ちゃんじゃありませんので~。あ、と言っても? どうしてもお姉ちゃんになって欲しいというのなら? そのときは朱も、やぶさかではありませんが~」


「……ホコリがたつからやめろボケ。引っ掻かれてぇのか」




 しかしホウキを片手にマツダイの周りをぐるぐる回る朱があまりにドヤ顔だったものだから、褒めるのはやめて罵倒することにした。


 ホコリやチリの概念はなくとも、周囲で騒がれるとむせるような気持ちになるし、まとわりつかれると鬱陶しいものだった。




     ◇◇◇




「――……ん? にゃんだこれ」


「あ、えっと、それはね」




 小綺麗になった部屋をきょろきょろ見回していたマツダイは、ふと、床に置かれた長細い木箱に目を留めた。

 この行き届いた整理整頓の中で、部屋の真ん中にドンと置かれたそれは、ひどく不自然に見えたのだ。


 ちなみにそんな目立って仕方がないものに今更目を止めたのは、それほどスゥの掃除の出来栄えに感心していたからである。

 なお、マツダイの中ではこれらは全てスゥだけの手柄であり、朱は邪魔をしていた枠に入れられた。




「あ、あのね? 他のものは頑張って動かせたんだけど、それだけはどうしても動かなくってね」


「動かにゃい?」


「う、うん。とっても重くって、ごめんね」




 重い、と言われて箱を見て、軽く首を傾げる。

 マツダイの体よりずっと長く、ガチガチに鎖が巻かれた黒壇(こくたん)素材の箱だ。


 その中身は何だったかなと疑問に思ったマツダイは、乱暴に爪を振り下ろし、箱の鎖を雑に引っ掻く。

 たったそれだけのことで、堅牢に見えた鎖は切断され、それ自身の重みでほろほろとほどけて行った。


 マツダイの高ステータスによる数値の暴力と、『爪』の武器種に設定されたオブジェクト破壊の効果が合わさった結果だ。

 普段はフルプレート・アーマーを着込んだプレイヤーを殺す際に、その鎧の留め具を破壊して無理やり脱衣させるために使われている。

 それは針の穴を通すような技術を要するものであり、一般的な技能とはとても呼べないが、マツダイにとっては簡単なことだ。


 小さな猫の体であれば、鈍重なタンクの懐にもぐりこむのも容易い。

 装備の防御力にかまけているガチタン野郎の防具破壊をするのはマツダイの得意とするところであり、群を抜いて好む殺し方でもあった。




「き、切れちゃった……猫さんはすごいねぇ」


「えっ……? ちょ、ちょっと待って下さい、猫さん!? 猫さんはそんなに鋭い爪で朱のことを引っ掻こうとしてたんですかっ!?」




 今更顔を青くする朱。

 それを軽く無視したマツダイは、前足で木箱の蓋を横にズラす。


 出てきたのはボロ布に包まれた何かだ。

 そこには大きく『(゜⊿゜)イラネ』と書かれている。



「あ~……そういやこんにゃのあったわ」



 マツダイはそれを見てその中身を思い出し、懐かしさに少しだけ目を細めながら、右前足で器用に布を脱がせて行く。




「おぉー? ずいぶん長いですね。もしかしてガードル台ですか?」


「ガードル台とは違うと思うけど……なんだろうね? 黒くて太くて、おっきいねぇ」


(ガードル台ってなんだ? ……まぁいいや)




 朱の言った言葉に引っかりを覚えたマツダイだったが、その少女がおかしなのは今更なことだと考え、気にせず布を剥ぐ作業を進めていく。


 そうして全容を明らかにした箱の中身は、巨大な長柄武器(ポール・ウェポン)だった。


 黒く艶のない単一の金属でできたソレは、朱やスゥよりずっと大きい。およそ2メートルほどもあるだろうか。

 その先端部は槍のように尖り、その近くには斧に似た分厚い刃がぬらりと光って、触っただけでケガをしてしまいそうなほど鋭利なものだ。

 ゲームを知らない朱とスゥでもわかるほど、はっきりとした逸品である。


 そしてまた、まるで戦いのためだけに生まれたのだと主張するように、装飾や細工などが一切見当たらないところも目を引いた。

 その飾り気の無さはこの世界ではずいぶんと珍しいもので、総黒色に鋭い刃と実直な姿は、どうしたって無骨な印象を感じる武器だった。



「わー! かぁーっこいー!!」



 しかし不思議なことに、そんな少女趣味とは対極にあるソレが、朱の琴線には触れたらしい。

 大きな赤い目をキラキラと輝かせ、感激したような声をあげる。




「猫さん、これはなんですか!?」


「斧槍だ」


「ふそうー! すごーい! ……ふそうってなんですか?」


「……ハルバードだ」


「はるばー……?」


「…………武器だ」


「なるほど、武器ですか! かっこいーい!」




 “斧槍はまだしもなんでハルバードで通じねぇんだよ”、と眉間にシワを寄せながら、その柄を口にくわえるマツダイ。


 それは見た目どおりにずしりと重く、僅かによろめきながら引きずり出して床に投げ――――ようとして、しかし思い直して丁寧に床へ置く。


 普段だったら平気で放り投げていた。

 だが、この片付いた部屋でそうすることは躊躇ためらわれた。

 効率厨で粗暴者なマツダイにも、それくらいの人間らしさは残っているのだ。今はすっかり猫だが。




「登録した武器名は確か……あぁ、[黒騎士]だにゃ。誰も使わねぇ倉庫の肥やしだ」


「ふむぅ? それはどうしてです? こんなにかっこよくて、とっても強そうですのに」


「そりゃ、クソ重いから」




 このLiving(リビング) Hearts(ハーツ)にはきちんと重力・質量の概念がある。

 それはすべてのアイテム一つ一つに設定されており、鉄は重いし木の葉は軽い現実準拠。

“大体全部が見た目どおり”、の一言で済む簡単な仕様だ。


 そんなLiving(リ ) ()Hearts( ハ)の武器製作職である、鍛冶師(ブラックスミス)という職業。

 その職業は《軽量化》というスキルを習得し、それを製作の過程で使えばゲーム的な不思議パワーで軽くすることが可能となっている。

 それによって街を行くプレイヤーの腰にささった武器の大半は軽量化されていて、小柄なあの娘やスマートなスタイリッシュボーイでも大きな武器を携帯できる世界観を作り上げていた。


 そんな世界で作られた、黒鉄をふんだんに使ったポール・ウェポン[黒騎士]。

 その素材は[黒ヴィブラ鉱石]を精錬加工した[黒ヴィブラインゴット]のみであり、《鑑定》で見られるスペックは、武器攻撃力が143の長柄武器だ。


 そしてその武器重量は、前代未聞の455.9kgにも及ぶ。

 非現実的にもほどがある、超重量級の武器である。




「くそおもい?」


「お前らも動かせなかっただろ。俺だってダルいくらいだし。うちのヤツが練習で作ったモンだからにゃ。だから誰も使えにゃいし、いらねぇんだよ」




 その455.9kgという重さは、レベルアップによるステータス補正や《重武器マスタリー》などのスキルが存在するこの世界においても異常な値だ。


 それがどれほどのものかと言ったら、ガチ勢クランのパワー重視のキャラクタービルドをしているプレイヤーですら、振り回すのには手を焼いたほどだ。

 ならば当然スピード重視ビルドのマツダイは、持ち上げるだけで足をよろめかせてしまうし、低レベルプレイヤーならば動かすことすらままならない。


 そんな常軌を逸した重さの原因は、マツダイが言った "練習で作った" という言葉にある。


 このハルバードはマツダイの言う通りに練習台であり、元々実用性は考えられていない。

 熟練度上げのための()()()()であり、重くて使いにくい[黒ヴィブラ・インゴット]の処分がてら製作された在庫処理の品でもあった。

 つまりこの[黒騎士]は、倉庫に捨て置かれて当たり前の、なるべくしてなった失敗作なのだ。


 そんなゴミがいつまでも放置されていたというのだから、やはりここはゴミ屋敷だったということなのだろう。

 もっとも、スゥのおかげでゴミ屋敷なのは過去のこととなったが。




「むむむ……」


「そうなんだぁ、何だかもったいないね」


「別に。丁度いい機会だし、このまま捨てて来るか」




 ここで普段のマツダイであれば、きっと[黒騎士]を箱に戻して知らんぷりをしていただろう。

 どうせ誰かが捨てるだろう、といった具合で。


 しかし今のマツダイは、すっかり綺麗好きな気分になっていた。

 スゥのお掃除バフにより、『綺麗なのは良い』と体が知ってしまったのだ。


 そうともなれば部屋の景観を悪くする不用品を捨て、さらなる『綺麗』を求めたりもする。




「えぇっ!? 捨てちゃうんですか!?」


「にゃんだよ」


「だ、だってそんなの…………なんだか、かわいそう……」


「…………あぁ?」




 そんなマツダイの発言に驚いたのは朱だ。

 続いてショックを受けた様子を見せて、そっと[黒騎士]に手を寄せながら呟いた。


 そのなんとも不可解な言い草に、マツダイは猫面を器用に歪ませ、悲しげな朱を訝しむように見つめる。



「クロキシさん、せっかく生まれて来たのに、ずっとここにいたんですよね? ……そのままなんにもできないまま、箱の中からも出られないまま捨てられちゃうなんて…………そんなの、かわいそうです」



 物言わぬ武器をかわいそうだとのたまう朱。

 それを聞いたマツダイは、本日何度目かわからない疑問を頭に浮かべた。



(……何言ってんだコイツ。正気か?)



 マツダイは童貞であり、それをこじらせている。

 ひどく重症なのだ。きっと不治の病だろう。


 そんな彼であったから、朱の発言を聞いて“う~ん、アイテムさんがかわいそうだなんて、とっても優しい子だにゃん”なんて思わない。


 それにくわえてマツダイは、いわゆる『あざとい女』を蛇蝎のごとく嫌う。

 彼の前での下手なかわいいアピールは、アメリカ人にFワードを言うのとほとんど一緒だ。

 それすなわち喧嘩を売っていることになり、次の瞬間に死体が転がっていてもおかしくないNGワードなのだ。




「……このまま終わっちゃうのは、きっと悲しいです。せっかく生まれてきたのだから、ちょっとだけでも活躍したいって。ほんの少しだけでも、他のみんなと同じになりたいって。そう思うって、朱も思うから……」


「……朱ちゃん?」


(しかもなんか……泣きそうになってないか?)




 しかしそんなマツダイの目には、朱は違っているように見えた。

 その言葉はマツダイにアピールしているというより、[黒騎士]に向かって……あるいは自分に向けて言っているようで、静かに震えて悲しく響く。


 それにくわえて、病的に白いまぶたをほんのり赤くしている様子を見れば、童貞のマツダイにだって気づくことができた。

 朱は涙を堪えている。なぜだかはわからないけれど。



(……いきなりどうした、コイツ。…………泣くなよ)



 唐突に訪れた悲しい空気に、静まりかえる綺麗な室内。


 そんな普段と違うクラン倉庫で、少しだけ沈黙をしていたマツダイは、うつむく朱をじっと見つめる。


 そして普段の彼らしくもないことを、少しだけ照れながら提案した。




「あ~……じゃあ、いるか?」


「えっ? ……で、でもそんな……」


「どうせ誰もいらねぇモンだ。それにこんな重い武器、買い手を探すのもめんどくせぇし」


「でも……そんなの、悪いです。それにここで貰っちゃったら、まるで朱がおねだりしたみたいですしぃ……」


「欲しいんだろ? だったら持ってけよ。掃除の礼にくれてやる」


「え……あ! あっ! そ、そうですか!? お掃除のお礼、ですかぁ! ……えへへっ」




 マツダイの提案に眉を下げたままもじもじしていた朱は、“掃除のお礼”という言葉を聞いた瞬間に目の色を変えた。

 そしてゆっくり口角を持ち上げていき、ついにはめいっぱいの笑顔になる。


 きっとマツダイの持つようなしっぽがあったなら、ちぎれんばかりにぶんぶん振られていただろう。

 そんな素直であけすけな、喜色いっぱいの表情だ。




「うん、まぁ、うん。よく掃除してくれたしにゃ」


「わぁい! やったぁ!」




 マツダイが言うやいなや、[黒騎士]入りの箱に飛びつく朱。

 その勢いは、そのまま木箱に熱烈なキッスでもしそうなほどだ。



「ん~ちゅっ! 朱が大事にしてあげますからねぇ~!」



 というか、した。


 確かに[黒騎士]はただの武器で物言わぬ存在ではあったが、こうまで喜ばれたら心がなくとも満更でもないのでは、と思わされる光景だ。




「ありがとうございます、猫さん! ずっと大切にしますね!」


「ふふっ」


「……あ~」




 喜びでぴょんぴょんと飛び跳ねる朱。

 そんな友人を優しい笑顔で見つめるスゥ。

 気の抜けた返事をするマツダイは、機嫌よくしっぽを揺らしながら壁の絵を見つめている。


 三者三様のありさまは、心の内も同じく三種だ。


 かっこいい武器を貰った朱は思った。

 “やっぱり朱のお掃除ぶりはすごかったんですね! だから猫さんはこれをくれたんですね!”、と。


 大好きな友だちの喜ぶ姿を見て、スゥは思った。

 “朱ちゃんに邪魔されながらお掃除するのは大変だったけど、朱ちゃんが嬉しそうでよかったな~”、と。


 必死に嬉しさを隠すマツダイは思った

 “部屋を掃除させた上に、邪魔くせぇモンも処分できる。だったらこれは効率がいいことだ。あぁ、間違いねぇ”、と。




「朱ちゃん、嬉しい? よかったねぇ。私もそんな朱ちゃんが見れて嬉しいよ」


「はいっ! 朱はとっても嬉しいですよ~。生きててよかったなぁって思ってしまいますね~」


「……重くて持ち運べにゃいだろうから、ストレージにでも入れとけ。踏んで“収納”って言えば入る」




 チリはなくとも重いはあり、言わない思いもここにある。

 そこには確かにプレイヤーの中の人の精神があり、それはデータ出力されて他者に伝わる。


 マツダイも朱もスゥもバラバラの思いを持っていたが、全員楽しく笑っていた。

 それぞれがそれぞれに幸せな、Living(リビング) Hearts(ハーツ)世界のひとときである。




     ◇◇◇






○アイテム名 [黒騎士]

○所有者 なし→朱朱朱朱


○種別 長柄武器

○属性 切断 / 刺突 / 打撃

○素材 黒ヴィブラ


○武器重量  455.9kg

○武器全長  207.3cm

○武器耐久  2989 / 3000



○武器攻撃力 143(+0)

○特殊効果  なし(スロット 2)

○特殊属性  なし(スロット 0)




・備考


クラン『ああああ』の倉庫に眠っていた巨大なポール・ウェポン。

製作者は同クラン所属のプレイヤー『大和魂』。


穂先から石突にいたるまで[黒ヴィブラ]という同一の金属で作られており、破格の攻撃力と常識はずれの重量を持つ。

一度だけ戦場で試験運用がされたが、その重さから一般的な武器として振り回すことも、そして『物体操作』の能力で空中で踊らせることも難しく、満場一致で“ゴミ”という烙印を押された。



また、この武器につけられた[黒騎士]という名の由来は二つある。


一つは『誰にも扱えない』ところから。

明確に主君を持たない騎士をそう呼ぶ事と関連付けての名として。


もう一つは『斧槍と言えば黒騎士』という大和魂の歴史ネタ。

過去に存在したとある名作ゲームでは、リアルタイムアタックの際に『黒騎士の斧槍ルート』という攻略道順が確立されており、それを元ネタとして名付けられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スゥちゃんからただようメンタル以外はハイスペック感。アケちゃんからただようメンタルだけは最強感。 もしかして、ここでマツダイに収納の仕方を教えてもらうまでストレージの存在すら知らなかった…
[一言] > 踏んで“収納”って言えば入る いいシーンなのにw 地の文さんにもスルーされる猫 ハッ まさか収納ガチ勢に……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ