地球の歴史、VRMMO、未来の史学者
◇◇◇
色々を説明するのが面倒になったマツダイは
“助けた! お礼に掃除した! はい貸し借りなしでさようなら! 二度とそのツラ見せんじゃねぇぞボンクラ共が!”
という流れでこの場を乗り切ることにした。
しかしそれを聞いた朱は、首を傾げて問いかける。
「お掃除、と言われましても~……このしっちゃかめっちゃかなお部屋をですかぁ?」
「ふふっ、そうだねぇ。床が見えないねぇ」
そうして2人が眺める部屋は、一言で言えば、見るも無残な有様だった。
床には布や紙類が散らばり、その上には何かの皮や骨が乱雑に投げられ、足跡のついた果実まで落ちている。
そのほかだってひどいもので、部屋の隅には剣や槍などが適当に山になって矛先をこちらに向けていたり、本が奇跡的なバランスで積み上がっていたり。
まさに目も当てられない状態だ。
しかし、うんざりしたような顔をする朱と違って、スゥはそんなゴミ屋敷をキラキラした目で見つめている。
はじめてなのだ。汚い部屋を見る、ということが。
そしてそんな汚部屋を掃除するということに、気分を高揚させていたスゥだった。
「何当たり前のこと言ってんだ。しっちゃかめっちゃかだから掃除すんだろうが。綺麗な部屋を掃除する馬鹿はいねぇだろ」
「えっと……いますよ?」
「いねぇ」
「いま――」
「いねぇ」
「……いますのにぃ」
足の踏み場もない部屋をするすると歩く黒猫は、胸を張って常識はずれを言ってのける。
ずぼらな男。マツダイはそれである。
そうであるから、掃除とは『綺麗』を維持するメンテナンス作業ではなく、汚れたところを修繕するクリーニング作業だと考えている。
それは世間一般の非常識であるが、男所帯のガチ勢クラン『ああああ』においては常識とされるものだった。
そうだからどうしようもなく、正論を言ったはずの朱は黙らされてしまう。
「草っぽいのは大体こっち。石っぽいのはあっちのほう。瓶やら何やらはそっちに置け。他は適当に端によせて、床をできるだけ見えるようにしろ。それが済んだらさっさと帰れ」
「草って、これとかです?」
「お前が草に見えたんなら、草でいい」
「……適当ですねぇ」
「こ、この布とかはどうするのかな?」
「あぁ? そんなん丸めて適当に端っこにでも置いとけよ。どうせ使うかどうかもわからんやつだし」
「そ、そっか。うん」
ひどく雑な整頓の指示を雑に出すマツダイに、少女2人は眉を下げて困り顔だ。
しかし、それでこそこのゴミ部屋の主である。
もしここを使う者が几帳面な性格であったなら、しっちゃかめっちゃかにはなっていないはずなのだから。
「それにしたってこんなにして……猫さんって意外とガサツなんですねぇ。朱が聞いた話だと、猫さんはみんな綺麗好きとのことでしたが」
「俺だけのせいじゃねぇ。他のやつらだって使ってるし、汚してる」
「他のやつって、猫さんのお友達? 猫さんみんなで暮らしてるの? 素敵だね」
「いや…………まぁ、うん……まぁ似たようなもんだにゃ」
マツダイは嘘をついた。
実際にここを使用しているのは『ああああ』の全メンバーであり、それはスライムやスケルトンにゴーレムや木人形、怨霊や虫人間や喋る炎や食人鬼といったバリエーションに富むグロテスクな異形共であるのだが、それを説明するのが面倒だったのだ。
とは言うものの、クランメンバーがほとんどマツダイと同じというのは紛れもない事実だったので、“似たようなもん”という言葉もあながち間違いではない。
化け物という意味でも、掃除のできないダメな男共という意味でも。
「よし、やれ」
「えーっと……」
「……あ、あはは」
「にゃんだよ、やれよ」
「でも、猫さん? こんなありさまじゃあ、どこから手を付けていいかわからないですよ」
「……見てろ」
困惑する朱にため息をひとつこぼしたマツダイは、その足元にしゅるりと近寄る。
そして両前足を伸ばすと、物が散らばる床にぺとりとお腹をつけ、ぐいいと背伸びをするように体を伸ばした。
黒い毛に包まれた体に押されたアイテム類が、がちゃがちゃと音をたてて移動する。
床が少しだけ、ほんの少しだけ外気にさらされた。
いくらファンタジーの世界と言えども中々見られない、喋る猫モップによる床掃除である。
「ほら、こうだ」
「えー……?」
何が“こうだ”なのか、という話だが、マツダイはやりきった表情だ。
その視線の先にある床の一部は、確かに綺麗と言えなくもない。
綺麗といっても小さな猫の体ひとつ分だけであるし、それは間違っても“部屋を片付けた”とは言えないだろう。
「そ、それってお掃除って言うのかなぁ……?」
「知らねぇのかお前ら。掃除ってのは汚ぇ範囲を一箇所にまとめて、綺麗にゃ範囲をできるだけ広げるムーブをそう呼ぶんだぞ」
「…………そうでしたっけ?」
「あ、合ってるような、合ってないような?」
「そんじゃ適当にやっとけ。俺はあっちにいるから、終わったら声かけろ」
そうして一仕事終えたように別室へ行く猫の背中を、見送る初心者2人。
その後に自然と目を見合わせて、困ったようにはにかみあった。
ともあれ、朱とスゥの『クエスト』目標は更新された。
次に指示された内容は、猫の棲家の大掃除だ。
◇◇◇
まんまと自分がやるべき倉庫掃除を朱たちに押し付けたマツダイだったが、これといった用事がある訳でもない。
普段遣いしないクラン倉庫内で可能な事ともなれば、それはなおさらだ。
(うぅ~ん……暇だぁ~)
大きな背もたれ。赤いクッション。金色のふち取りの、豪奢な玉座。
以前の対人戦イベントで優勝した際に手に入れた、[『3度目の夜』の王座]という名の記念家具アイテム。
そこにだらしなく寝転んで、インターフェイスをぽちぽちと弄るマツダイ。
まるで呪いで猫に変えられた元・愚王のようだ。実際にはただの愚だが。
(やることねぇな~)
これぞ怠惰と言わんばかりの格好で、視界内のインターフェイスを眺める。
暇つぶしがてらにストレージの並べ替えや武器熟練度の再確認などをしてみたものの、あっという間に終わってしまった。
潰れた時間は5分ほどだろうか。
部屋の掃除はできない身なのに、ストレージ内は驚くほどすっきりしているというのだから、やはりどうしようもない愚だった。
(ふぁ……ネットでも見るかぁ)
そんなこんなでとうとうすることがなくなってしまったマツダイは、あくびをしながらインターフェイスを操作し、外部ネットに接続をする。
それほどの退屈の中にいても、初心者たちの掃除を手伝うというアイディアが浮かんで来ないのは、冷徹というよりもコミュニケーション能力の問題だろう。愚だ。
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・Living Hearts情報サイト『りびそく!』
・Vol.386 『森のボスが初心者に倒されて自称トップの皆さん顔面ヨガインフェルノ』
引用元:【コテハン禁止】リビハ ボススレ 65412【名無し厳守】
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152.名も無き領域開放者さん
ココノハ大森林のボス、[【The Weeder】アイアタル]だとよ
やっぱ[アイアタルの眷属]っての関係あったじゃん
154.名も無き領域開放者さん
>>152
今更何言ってんのアホかボケカス
156.名も無き領域開放者さん
んだからみんな海岸探してたわけだしな~
157.名も無き領域開放者さん
なんで海岸?
159.名も無き領域開放者さん
[三つ首蛇の金色皮]ってのがちょいちょい海岸に落ちてたんだよ
で、それの鑑定結果で[アイアタルの眷属]の皮って出てた
だからみんな海岸にいるんだろうって
つーか過去ログ嫁
161.名も無き領域開放者さん
落ちてるってナニソレ(´・ω・`)
モンスター本体は?(´・ω・`)
166.名も無き領域開放者さん
[アイアタルの眷属]自体は誰も見てない
その皮がたまに海面に浮かんでたから海の中探したりしたけど発見できず
168.名も無き領域開放者さん
誰かがわざと海岸に捨ててたんじゃね
ボス倒せるまでれべらーげする間、キーモンスター隠すために
170.名も無き領域開放者さん
>>168
[三つ首蛇の金色皮]は相当な数流通してるけど?
そんな大量にキーモンスター倒せるのにボス倒せないとかある?
172.名も無き領域開放者さん
軽くて魔法防御高めな有用素材を捨てるとかアリエンティティ
174.名も無き領域開放者さん
【金王】じゃあるまいし
175.名も無き領域開放者さん
でも結果としてボスは誰も見つけられなかった訳だし、
どっかの誰かが混乱させるためにやってたとしか思えないんだが
178.名も無き領域開放者さん
隠すとしたらボス狩りクランのどこだろう
179.名も無き領域開放者さん
どこの誰だか知らんけどタチ悪すぎねーか
新エリア開放は遅れるし、情報交換である程度カネも動いてんだぞ
信頼関係グズグズなったわ
181.名も無き領域開放者さん
dux bellusと三散華は共同で捜索してたんだろ?
ボス狩り失敗で同盟解散か
duxは次どこにすり寄るんだ
184.名も無き領域開放者さん
ちょっと前にパラディウムのメンバーがキーアイテム手に入れたって聞いたけど
あれはブラフだったの?
186.名も無き領域開放者さん
>>184
有料交流会の告知までしといて実はキーアイテム持ってないとかマジ?
今後パラディウムさんとは組めないっすわ
187.名も無き領域開放者さん
ホラ吹きクラン ホラディウム
189.名も無き領域開放者さん
逆にこのタイミングでボス倒すってことは
パラディウムのブラフを暴いて信用堕とす目的もあったんじゃないの
つまりパラディウムに恨みのある誰かの仕業では?
192.名も無き領域開放者さん
パラに恨みあるやつなんているのか
195.名も無き領域開放者さん
>>192
むしろ心当たりがありすぎるんだよなぁ……
187.名も無き領域開放者さん
いやこれやったのパラさんとこでしょ
何企んでんのかしらんけど、開放したならちゃんと新エリアも支配しろ
やくめでしょ
191.名も無き領域開放者さん
はぁ? うちじゃねぇよ
お菓子だろ
198.名も無き領域開放者さん
夜行の淫売連中は?
誰か娼館行って聞いてこい
204.名も無き領域開放者さん
現状怪しいとこは パラディウム お菓子の城 夜行 くらいか?
209.名も無き領域開放者さん
もしくは別ゲー移住者がパーティ組んでやったのかも
どっかでリビハに移住する廃人の話とか出てないの?
210.名も無き領域開放者さん
大手と言えば『ああああ』は?
215.名も無き領域開放者さん
>>210
あのイカれ童貞共が初心者女と繋がりあるわけない
218.名も無き領域開放者さん
異形種使って他プレイヤーと交流捨ててる奴らだしなぁ
219.名も無き領域開放者さん
見た目的にもコミュニケーション取りづらいけど
何よりあいつらの音声、システムで自動変換されてて聞き取りづらいんだよな
語尾伸ばしたりにゃんにゃん言ったり
最初ロールプレイでもしてんのかと思ったわ
225.名も無き領域開放者さん
ガチ勢たちの会話ってよくわからんよな
「モンハン」とか「ウルティマ」みたいな聞いたこともないゲームの話ばっかりしてるし
230.名も無き領域開放者さん
>>225
あれは『For the future』のゲームアーカイブスのネタな
ガチ勢クランの人らの会話はディープすぎる
21世紀辺りの知識がないとついていけん
305.名も無き領域開放者さん
マツダイってやつは固有職業スキルに「ラグナロク」って名前つけてるよな
あれも昔のMMOの名前だと聞いた
308.名も無き領域開放者さん
ガチ勢クランの人らはみんなそうだよ
職業スキル名の設定を歴史上のゲームタイトルにしてる
ファンタシースターとかダークソウルとか、一番やりこんだゲームの名前ね
311.名も無き領域開放者さん
マツダイはクラン内の対人トーナメント最下位のクソザコネッコらしいな
313.名も無き領域開放者さん
マツダイって昔あったPKランキングのトップランカーやんけ
それで最下位ってああああの構成員はどうなっとんねん
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◇◇◇
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(え、なんで俺の話題になってんだよ。うざ)
何気なく覗いた外部掲示板のボス情報スレッド。
そこで自分の名前が出されているのを見て、居心地悪そうに体を丸めるマツダイ。
承認欲求もないマツダイは、注目されことが何より嫌いなのだ。
色々とやりづらくなるばかりで、メリットがないと知っているから。
(……にしても、2525ちゃんねらーでも『For the future』はやらないのか。てっきりみんなやってるもんかと思ってたけどなぁ)
そんな自分の話題の中では、彼がLiving Heartsのほかに夢中になっているひとつの遊び場である『For the future』について書かれていた。
――――『For the future』。
それはとあるVRコンテンツの名称であり、マツダイたちガチ勢がおかしな言葉を使う原因となっているものでもある。
そしてまた、すべてのVRMMOの原点とも呼べる、偉大な歴史書でもあった。
◇◇◇
◇◇◇
時は21世紀、西暦2020年のことだ。
ほとんどの人の預かり知らぬところで、ひとつの世界的大事業がはじまっていた。
そのプロジェクト名は『For the future』。
“未来へ贈る”という意味をもってつけられた名前だ。
その概要は、“地球上のすべてのデータを保管する”というもの。
あまりに漠然とし、ひどく現実味のない、途方も無い夢物語だ。
しかし、事実だ。そういうことがあったのだ。
◇◇◇
日進月歩で進化する、地球上のあらゆる技術。
その過程では当然のように、情報の淘汰と新生が繰り返されていた。
それは正しく人類の発展でもあったが、過去の過ちの繰り返しでもあった。
『For the future』のプレゼンにて名前が出された例の中でも、わかりやすいものと言えば、ダマスカス鋼があげられるだろう。
ゲームを知るものであれば馴染み深い、木目調が魅力的な鋼の名だ。
それは18世紀頃に製造され、しかし21世紀には製造できないものだった。
鋳造技術が目に見えて発展したというのにも関わらず、どこの誰にも作れなかったのだ。
その原因はたったひとつ。製法を知る者がいないから。
ただそれだけの話である。
そういった話となると、ローマ帝国の水利技術も捨て置けない。
水源から水を流す路にはじまり、そこを渡るアーチ状の橋やその先にある浄水設備などの、ひと通りの水道インフラだ。
それはとにかく、たいそう完成された技術であった。
どれほどの完成度かといえば、建造から2000年が経過してもなお現役で使われていたことが何よりの証明になるだろう。
構造工学理論が発展を見せ、パワーショベルなどの建設機械が誕生しても、2000年前の水路を取り壊して作り直す必要性を見いだせなかったのだ。
そのほか身近なところでは、我らが日本国の日本刀や戦艦の造船技術も似ているだろう。
過去にはたしかに存在していたが、2020年では再現できていないという意味でだ。
そこにはもちろん材料や規制等の問題、あるいは発展性のなさなど多々あるが、“そもそもどうやって作ったのかわからない”という原因が根本にあるのは否定しようもない事実だ。
これらの失伝した技術、あるいは優れすぎていた技術。
そうしたものは『ロストテクノロジー』『オーバーテクノロジー』と呼ばれ、人類の歴史に未来永劫解明されることのない謎を遺すこととなった。
◇◇◇
そうした過ちを繰り返さないために計画されたのが、未来へ記録を遺す『For the future』だ。
デジタルに言えば、地球をバックアップする計画。
ゲーム的に言えば、世界をセーブする大作戦である。
それははじめに言った通り夢物語で、形になるまで数多の問題に直面した。
しかしそれでも、ついには完遂されていた。
はじまりは2020年。終わりはなく、これからずっと。
地球上にあるすべてのデータは、永久に保存がされて行く。
それに必要な膨大な保存領域問題は宇宙空間を形成する暗黒物質を利用することで解決されたという背景があるのだが、その辺りは省略する。
何はともあれ、2020年を境に、地球の歴史すべてが記録されはじめたのだ。
◇◇◇
そんな過去のデータがあり、そして2200年代頃には、確立されたフルダイブ技術とVR技術があった。
となると可能になるのが、擬似的なタイムトラベル体験――『好きな時代の地球を模した仮想現実』の実現だ。
あの世界大戦が起きた頃。
未曾有の自然災害が起きた頃。
東京オリンピックが開催さた頃。
そんな地球上で起こったこれまでの歩みの完全再現。
ヴァーチャルアイドルが流行していた頃。
今では革命的発見だったと言われる小さな発表がされた頃。
某国からコロナウィルスが発症し、誰もが恐怖に怯えていた頃。
そんな些細な出来事が起きた時代を、その時の光景そのままに再現する仮想の現実である。
世界に生きる人々は全員AIで制御され、思考・行動・価値観などすべてがその時代の人間らしく振る舞う。
道行く彼も、SNSで呟く彼女も、テレビの中で喋るキャスターも、歴史に名を残す天才科学者も、全員が『過去』という『今』を生きているのだ。
そんな歴史上の世界の中を、ひとりの人間として味わえる臨場感。
ただ目立たしい事実が列挙されるタイムラインを見るのではなく、そのときの世間はどう反応していたかを、個人の視点から追体験ができるのだ。
それは言うまでもなく、たいへん有益なものだった。
そんなこれ以上ないくらい実地的な歴史の教科書は、勉学・医療・政治・裁判の判例・犯罪者の行動心理学といったあらゆる分野で重宝された。
重宝されたから、使われた。使われたから、浸透した。
その結果、ついには娯楽として普及した。
Dive Game Living Heartsにはじまる、今ではありふれた“極限のリアリティを持つVRMMO”。
その雛形こそが『For the future』だ。
元はと言えばVR業界とは、世のため人のために生まれていた。
当たり前だ。
そうでなければ脳波による仮想世界への没入なんて現実逃避が、世間に許されたはずもない。
新たな技術というものが、学術か戦争のどちらかに役立たない限り生まれないことは、記録された歴史が証明している。
◇◇◇
そんな仮想現実世界が娯楽として認められてからの話だ。
『For the future』のデータを利用して再現した過去世界では、人の思考も世界のルールも、完全に再現されていた。
そんな世界であったから、当然娯楽も当時のものであり、その中には『テレビゲーム』も存在していた。
物理的にコントローラを握り、小さく四角い画面の中の、まったくリアルではないキャラクターを動かす古代のゲームだ。
それは確かに2310年の人間にとっては、幼児用おもちゃが如き稚拙なものだ。
『けん玉』や『羽子板』と技術レベルは大して変わらず、昨今のゲームと比べたらアンティークを通り越して化石のようにも見えるだろう。
しかしながら、侮るなかれ。
それでも遊戯としての面白さは、しっかり内包されていた。
たかだか数ギガ程度しかないデータ容量のそれが、なんともまともに遊べてしまうのだ。
そういった意味でも、『けん玉』や『羽子板』と同じだろう。
単純がゆえの研ぎ澄まされた完成度。
余計な添え物がないシンプルさだからいつまで経っても楽しめるというものだ。
また、そんなレトロなゲームをしながら、それに対する『For the future』世界の反応を見るのも有意義なものだった。
過去のゲームの発売日。それと合わせて掲示板やSNSを覗いて見れば、その発売されたばかりのゲームを楽しむ人たちがいる。
攻略情報を交換したり、展開の感想を言い合ったり、時には少し文句を言ったり……昔の人たちの価値観で、古いゲームの情報に一喜一憂している様子が見られた。
そんな過去の世間でのライブ感と、その中でするいにしえのゲーム体験は、二つで一つの面白さがあった。
◇◇◇
そのような視点で言えば、オンラインでプレイするネットゲーム類も素晴らしかった。
オンラインといっても、もちろん全員がそれっぽく動くNPCだ。
しかしきちんとその時代の思考回路を持ち、人間らしい欲深さを持ってプレイしているAI人間のNPCでもある。
そんなリアルに再現された21世紀の人々と、会話をしながら共に遊べる仮想オンラインゲームというものは、中々どうして貴重な体験で、何よりたいへん楽しくもあった。
さもありなん。ご先祖様とのパーティプレイだ。楽しくないはずがない。
そんな昔の人が考えた、時代を感じる個性豊かな名前。
各々が組み上げた21世紀らしいキャラクタービルド。
不便しかない時代を生きる人々の、個々の考えに基づいた行動。
その中で繰り広げられる、文字だけでの会話という意思伝達は、その時代の流行り言葉がさかんに交わされる学術的価値の高いものだ。
そのうえ文字だけという制限がある中で、伝えるべきことをしっかり伝えるための高度な知性が求められる。それは和歌や短歌に似た趣を持っていた。
未来のオンラインゲームアーカイブス。
ゲームという遊戯の中で、昔の人の生活様式を目にする仮想のMMORPG。
それは一部に熱狂的なファンを生んだ。
300年前の文化を慈しみ、古い言葉を日々学び続けるアマチュア歴史学者の誕生だ。
そのような政治や医療とはまた違う、娯楽という観点でのVRタイムスリップ体験。
それはある種の民俗学研究であり、等身大の人間という視点から歴史を読み解こうとする、たいそう知的な趣味とされる。
◇◇◇
現代は2310年。過去の時代から見れば、今はきっと未来なのだろう。
技術は発展し、社会形態は様変わりし、たくさんの常識は新しいものへと進化した。
しかしそんな24世紀に生きる人々は、21世紀のゲーム史を知っている。
あのゲームの新キャラ参戦動画に興奮する感覚を。
あのメーカーが作る高難度死にゲーの辛さと中毒性を。
あのシリーズの新作が出なくてやきもきする気持ちを。
あのひと狩り行くゲームのタイムアタック動画に感服する感情を。
あのオンラインゲームで週制限トークンを集める義務感と、それを装備に交換する達成感を。
それらすべてを実際に経験しているから、その感覚を知っている。
それが『For the future』。
それが未来人に許された、過去視という異能だ。
そんな『For the future』を嗜んでいるのがマツダイたち『ガチ勢』である。
だから当然、そこでの知識を前提として会話をする。
キノコを取れば大きくなるのは常識だし、ロスサントスでは通行人をぶん殴ってもいい。
ガチャは悪い文明だし、古戦場からは逃げてはならぬし、たぬきちは理不尽な借金を押し付けてくるものだと理解している。
それを知る者同士で、深い知識を確認し合うようにして言葉を交わす。
21世紀の人間が、“人間五十年”と聞けば織田信長と連想して会話をするように。
24世紀の人間は、“画面端ぃ!”と聞けば梅原大吾と関連付けて言葉を返すのだ。
このように、現代における『古いネットスラングで会話をする』というコミュニケーションは、古い時代に造詣が深い者同士でのみ可能な高次元のやり取りであり、非常に知的で高尚な会話方法であると言えるだろう。
2020年の感覚で語るなら、『枕草子や万葉集からすらすら引用できる人物』と言ったところだろうか。
10年前の言葉を使っていたら“ダサい”となるが、300年前の言葉を知っていると“教養”となるのだ。
死語も過ぎれば古典文学に変わる。
“いとをかし”が時を経て“チョベリグ”となり、その後に“マジ卍”に変わっていったという新解釈が、学会で喝采を浴びる時代なのである。
◇◇◇
つまり、マツダイたちに向けられる『オンラインゲームガチ勢』という呼称とは。
ガチでLiving Heartsをプレイする者という意味と同時に、『オンラインゲーム史』という分野の知識人、という意味合いも込められた呼び名なのだ。
……とは言うものの。
いくらオンラインゲームの知識が凄くても、だから何だという話でもあるのも確かだ。
そのうえ彼らは性格がクズで、自己中の効率厨で、部屋の掃除もロクにできないことはたしかな事実だ。
すなわちガチ勢という者は、オンラインゲーム博士でありながら、ただのダメダメゲームオタク共でもある。
評価されない分野の専門家が気狂い扱いをされるのは、時代がどれだけ変われども、永久不変のものなのかもしれない。
人は過ちを繰り返すのだ。
例え偉大な歴史書があろうとも。
◇◇◇




