気高きクズ、うら若き乙女の、体を求む
◇◇◇
マツダイは、自分が朱とスゥにNPCだと誤解されていることを理解した。
ならば次に気にかかるのは、はじめから引っかかっていたひとつの要素だ
それはガチ勢クラン『ああああ』に属する者として、そして何よりゲーマーとして、決して曖昧なままにしてはならないものだった。
「……どうして俺が助けたことを知ってんだ?」
「へ?」
アイアタルの眷属を倒して朱とスゥを助けたことは事実だが、それはバレないはずだった。
EAKの《闇の霧》があったからだ。
異形種アバター『ウーズ』という不定形のスライム状キャタクターを駆るクランメンバー、EAK。
その名は好物である家系ラーメンをモジったセンスの欠片もない名前だし、どうしようもない変態のクソぬめり野郎だが、それでもマツダイはその手腕を信頼している。
EAKに限ってスキルミスなんてヘマはしないと断言できる程度には、長い時間一緒にゲームをプレイしてきた。
だから《闇の霧》が発動していなかったというのは絶対にありえない。
(どうして《闇の霧》の影響下で俺が見えたんだ? コイツらは《夜装》的なスキルなんて持ってねぇのに)
マツダイの《夜装》には様々な強化効果があり、その中には夜目を効かせる暗視効果があった。
それは黒い濃霧の中であっても有効であり、だから[アイアタルの眷属]を倒す時に使用したのだ。
しかし朱とスゥの2人は、そんなスキルを使っている様子はなかった。
というかそもそも、初心者の不遇職がそうしたスキルを持っているはずもない。
そうだと言うのにこの初心者は、自分が助けたことを知っている。
ゲーマーのマツダイにはそれがどうしても無視できなかったのだ。
「黒い霧があっただろ。アレで普通は何も見えねぇはずだぞ」
「あ、確かにそうですねぇ。あの時は急に暗くなりました。それはまるで、目をつぶって目をあけてるみたいだったんですよ」
「え……? えっと、そうだったかなぁ? 私は気づかなかったけど……」
意味のわからないことをほざく朱朱朱朱はさておき、気づかなかったという発言が気になるマツダイは、それを言ったスゥに目を向ける。
熟考を重ねるマツダイのゲーマー視線は意図せず鋭く尖ったものとなり、それを受けたスゥは肩をびくりと跳ねさせた。
(……手足もあるし耳もなげぇ。種族はどう見てもエルフだよな。だったら暗闇に適正どころか弱点のはずだぞ)
長い金髪や服装はどうでもいい。自分はEAKや椎茸強盗のような脳みそドピンク腐れ童貞共とは違うので、胸だの尻だのにも興味がない。
重要なのは肌の色や耳の長さ、そして取得している職業だ。
あの尖った耳は間違いなく妖精種で、それは暗闇適正を持たない。
変身師にもそうした耐性がつくとは聞いていないし、もしそんなものがあれば不遇とまでは言われていない。
ならば、なぜ。《闇の霧》に“気づかなかった”原因は何なのか。
(……いや、待て。気づかなかったってのはどういう意味だ? アレは単体ターゲットの阻害効果じゃなく、暗闇のフィールドに変更するモンだぞ。どんだけ耐性上げたとしても、完全抵抗とはならねぇはずだ)
暗くても見えた、ではない。そもそも《闇の霧》が出たことに気づいていない。
それはあまりに不可解だった。
もし自分の知らない暗闇対策があるのなら、絶対に知っておかねばならない。
そうして見つめるマツダイのじろじろと舐め回すような視線に、スゥは頬を赤らめもじもじと体をくねらせた。
「あ、あの……猫さん? ど、どうかしたのかな?」
恥じらいに身をよじるスゥの姿は、狙ったものではないのだろうが、妙に色っぽい仕草だった。
それには“去勢済み”と揶揄されるマツダイですらも、いくらか意識させられてしまう。
(……何をエロく動いてんだコイツは。さすがあんな格好に変身する淫乱女なだけある――)
「――あ」
そしてそんな艶っぽさをきっかけに、一つのことを思い出す。
「むむ? どうしました? 猫さん」
「……いや、にゃんでもねぇ」
(そうか……コイツはあの時、変態女だったか)
変態女と書いてサキュバス。マツダイが思い至ったのはそれであった。
暗闇への適正度は、種族の『眼』が関係している。
例えば暗闇の中でも平気で見える種として、椎茸強盗の『スパルトイ』やクランリーダーの『スペクター』といった『魔眼』を持つ種族が挙げられる。
それは闇の中で生きるモノとしての持たされた人間とは違う種類の眼であり、陽光の下で眼を眩ませ、闇夜を飛ぶコウモリをはっきり視認できる『闇属性の視界持ち』だ。
で、あるならば。
設定上は夢魔に属するサキュバスの『眼』が、それと似た性質を持っていても、何も不思議ではない。
(あ~……そう。そうか、なるほど)
そうして思い返せば、確かにあの時のスゥはその瞳を紫色の炎で燃えさせていた。
つまりスゥは妖精種の身でありながら、《変身》の悪魔化によって一時的な暗闇適正を獲得していたのだろう。
だから自分は見られてしまって、こんなことになってしまっているのだ。
そうでなければおかしいし、それならすんなり納得できる。
だったらきっとそうなのだ。
(あぁ、ありえるわ。あのクソ玉藻前にだって効かなかったしな。あぁ、あるな。つーかそれしか……ないよなぁ……)
マツダイはゲーマーであり、そこに高いプライドを持つ。
ともなればこの一件は、不運や偶然などで片付けていいものではなかった。
同じくVRMMOをガチでやっているライバルクラン『夜行』。
そこリーダーをしている『玉藻前』という異形種使いのプレイヤーにも、一度《闇の霧》を無効化されて手痛いカウンターを食らった経験がある。
だったらその経験を元に、そうした条件付き暗闇適正も考慮すべきだった。
明らかに悪魔的な見た目に変わった姿を見ていたのだから、自分はゲーマーとして、その可能性に気づかなければならなかったのだ。
(そうか……あぁ、そう……そっか…………そっかぁぁぁぁあああ~……)
相手の特性を考えず、脳死でいつものスキルを使う。
それはそこらのエンジョイ勢がやることで、自分はそういう者を馬鹿にする側のはずだった。
しかし、やってしまった。
状況判断に欠けた低レベルなプレイングミスを、この自分が。
見えているヒントに気づかず、何ひとつ考えもしないまま、無駄スキルをぶつけてドヤってしまっていたのだ。
(……うわぁ~、ミスったぁ~……あぁ、クソ。凡ミスだ。やっちまった。やべぇ、悔しい。マジ最悪だちくしょうめ)
なんたる浅はか。なんたる迂闊。言い逃れようのない完全な判断ミス。
何が“ダークミスト、ヨシ!”だ。まるで何もヨシではない。
過去に戻れるのなら、得意な顔で指差し確認をしているバカ猫マツダイを、自らの手で引っ掻いてやりたくなった。
(あぁぁぁ……クソ……やらかした……もう一回やりたい。コンティニューしたい。やり直したい。次は絶対上手くやるのに)
マツダイはゲーマーであり、そこに高いプライドを持つ。
そうだからこそこのゲームとしてのミスは、どうにも悔しくて仕方がなかった。
思わず頭を抱えるマツダイ。
それを見る朱とスゥは、そんな気も知らずに
「スゥちゃんスゥちゃん、猫さんが毛づくろいしてますよ」
「本当だ、かわいいねぇ」
なんてはしゃいでいるのだが、後悔が詰まった猫耳には聞こえていなかった。
◇◇◇
「次は何をするんですかね~。"このお小遣いでおいしいご飯を食べて来るのにゃ!" とかですかね~」
「そ、それはないと思うよ朱ちゃん……」
ともあれ、どれだけ後悔を重ねようとも、やってしまったことは覆せない。
失敗を引きずるのは非効率的で、これからの効率を求めねばならない。
そう考えたマツダイは、目の前にいる『猫NPCに恩返しするクエストをしに来た初心者』をどう処理するか考える。
(……まぁ、殺すか。こんなザコ、普通にワンパンで済む)
そして結局、いつも通りの答えを出した。
邪魔だから殺す。そしてわからせる。自分に近づきたくないと思わせる。
それが一番手っ取り早いし、少しは熟練度上げにもなる最高効率を得られる最適解だ。
(別に作戦も何もいらねぇ。首都はバリアがあるから外におびき出して――……)
しかしながら現在マツダイたちのいる場所は、安全地帯と呼ばれるプレイヤーの集落内だ。
そこではマツダイのような極悪人以外は『セーフバリア』と呼ばれる障壁で守られていて、攻撃やスキルは通らない。
ならば口車に乗せてバリア圏外へおびき出し、そこで引っ掻き殺してやろう――と。
そうしていつも通りにPKするイメージを始めた。
(外に出してサクっと殺し…………て、いいのか?)
そうして殺すイメージをし、しかしふと胸をざわめかせる。
この初心者たちを殺すのは、どうにも間違っている気がしたのだ。
(……コイツらを殺すのは……何か、それは……アレだな……)
森でセックスしていたカップル。
自分をモンスターだと勘違いした不調法者。
イキり散らかしたエンジョイ勢。
そうしたプレイヤーを邪魔だからと殺すのは、何も問題はない。
しかしこの初心者たちは、それらの存在とは違う。
確かにマツダイの時間を奪う邪魔な奴らではあるが、それは彼女たちのせいではない。
朱とスゥがここに来てしまったのは、他でもないマツダイ自身が原因なのだ。
(俺のミスでこうなってんのに、逆ギレして殺すのか? ヘマをしたのは俺なのに?)
マツダイにはプライドがある。
ゲーマーとして、ガチ勢として、公式ランキングの上位勢としての、大きすぎるほどのプライドが。
そんな自信を持つマツダイは、世界が自分中心に回っていると確信している。
すべての状況は自分が作るものであると、トッププレイヤーの誇りがそのように思わせるのだ。
ならばこの状況だって、自分が作り上げたものに違いなかった。
何も知らない初心者2人。
そんな少女たちは、マツダイがプレイングミスをしてさえいなければ、ここには来ないはずだった。
本来であれば彼女たちは、『気づいたらヘビが消えていた』という思い出だけを残し、それで話は終わりだったのだ。
(……てめぇのミスで逆ギレPKとか、無いわ)
この状況の責任は、自分だけにある。
下手だったのは自分で、初心者たちは何も間違いをしていない。
それをPKという手段で誤魔化すような弱い人間にはなりたくないし、トッププレイヤーの誇りがそれを許さない。
自己中で効率厨な無差別PKにだって、それなりの矜持があるものなのだ。
だから殺すのは無しにした。
そうして彼女たちを見逃す理由に、他の要因が――――例えばマツダイが朱朱朱朱に好意を抱いているだとか――――そんな気持ちがあるかどうかは、考えもしなかった。
恋愛経験がないマツダイだ。
好きだの嫌いだのにはめっぽう疎い。
例えその胸の奥で、誰かに対して特別な想いを抱いていたとしても。
そんな自分の気持ちにすら、まったく気づけないのだ。
◇◇◇
「あれれ? 猫さん? どうしました?」
「お、怒っちゃったのかな……? ごめんね、猫さん」
(……つっても、マジでどうすんだ。どう説明すればいいんだよ。つーか猫猫うるせぇ)
そんなこんなでマツダイは、早くも八方塞がりだった。
エンジョイ勢を毛嫌いしているマツダイ。
それは自己中心的思考のネトゲ廃人で、馴れ合いや交流を嫌って生きる社会不適合者なPKだ。
だから彼には、わからない。
(どうする? お前らと同じ人間だ、って言うか? ……そういうセリフをホザくNPC扱いされたらダルいな。はっきりプレイヤーだと証明するもんを見せられればいいんだけど……)
ガチ勢で効率厨なマツダイは、自分の利益だけを見る。
そんなマツダイが何の得もない『初心者育成』なんてするはずもなく、すなわち初心者と関わった経験なんてまったくない。
だから彼には、わからない。
(つっても、どこから説明すればいいんだよ。設定って通じるか? セッティングって言えばいいのか? ……つーかそもそも、インターフェイスはわかるのか? あぁもう、初心者ってヤツは何をどの辺まで理解してんだ)
もしも相手が同じMMOガチ勢であれば。
もしも普通のLiving Heartsプレイヤーであれば。
もしも何らかのゲーム経験者であれば。
それならきっとマツダイは、すんなり説明できたのだろう。
しかし相手はゲームをしたことのない人間で、マツダイはゲームしかして来なかった人間だ。
だから彼には、自分がプレイヤーだと伝える方法も、名前表示の説明も、自分の姿の理由も、どう言えばいいのかわからなかった。
(インターフェイス……ゲームのスタートボタンを押して出るメニューみたいなやつ……って、ゲームも初めてっつったよな? じゃあ、ええと……ええと……)
効率的なレベル上げ。スキルの効果的な使い方。
そんなゲーム攻略であれば、誰より上手くできる自信があった。
しかし、普通のプレイヤーが当たり前にしている『MMOらしい交流』となると、マツダイにはわからない。
オンラインゲームガチ勢を目指した長い旅路の中で、そのやり方をどこかに置いてきてしまったから。
(VRゲーの……じゃなくて、レストランの……いやそれは全然違うし……通信端末の…………なんて言うんだ、ホーム画面……じゃなくて……その、アレの……その…………ああいう感じの……ええと…………)
渡った戦場は幾百を数え、屠った敵は幾千を超える。
あらゆるデータを頭に詰め込み、知識を知能で知恵に変え、世界の頂点を練り歩く。
そんなゲーム玄人のマツダイが、『ゲーム初心者』という未知の化け物に、はっきりと追い詰められていた。
こんなことは、長いMMO人生においても経験したことのないものだった。
(――あぁぁもう! 面倒くせぇ!)
そして、その結果。
マツダイはいっぱいいっぱいになり、とうとう我慢の限界になった。
「体で払え。奉仕しろ。それで助けた件はチャラだ」
「えー!? 体でですかー!?」
「ご、ご奉仕……!? まさか、猫と、人で、セッ……!?」
「……スゥちゃん」
「え、え!? な、なに朱ちゃん? そんな、"任せました" とでも言いたげな顔して……」
「任せました!」
「本当に言った!? え、わ、私……そういうえっちなのは……」
「ちげぇよ、殺すぞ。お前らがするのは倉庫の掃除だ、殺すぞ」
「……へ?」
「……お、お掃除?」
そういう訳で、そうなった。
◇◇◇




