工作、邪欲、予期せぬ遭遇
◇◇◇
□■□ ココノハ大森林 □■□
「ひとまず北は出現モブに変化ないっぽいわー」
「南はうっすら会敵率上がってるかもしんねェ」
「西もひと通り走った限り大した違いはにゃい」
ボスの討伐から数時間後、マツダイたちは改めてココノハ大森林を訪れていた。
領域守護者が消えたエリアは『主を失ったため抑制が失われる』という設定により増減する、出現モンスターの数を確認するためだ。
「あ~……流石に森も飽きたにゃあ」
「俺もうここやだよー。結局いつもと同じ巡回ルートだしさー」
「オレも新エリア探索組が良かったなァ」
そんな彼らはせっかくの新エリア開放だというのにお預けを食らった形となり、不満気な顔で調査を進める。
しかし、クランリーダーにそう命じられたのだから仕方ない。
この森を近頃のメイン狩場にしていたマツダイたちなら、その些細な変化にも気付けるだろうと言われて。
と言ってもマツダイたちは、クランリーダーに絶対服従な訳ではない。
だがこの度の采配は、クラン全体として一番に効率のいい役割分担だった。
ならば彼らには拒否できない。
効率厨というものは、体が勝手に最高効率を求めてしまう生き物なのだから。
「……しっかし…………」
「ん?」
「いや、今でも信じらんねーなーって」
「蒸気工師かァ?」
「そー」
「まぁ……そうだにゃ」
予定も想定もしていなかった、蒸気工師によるボス討伐。
それによってマツダイの宿題は達成され、そのうえ公式晒しの憂き目にもあわずに済んだのだから、結果的には良かったと言える。
しかし、それにしたって朱朱朱朱の行動は衝撃的すぎた。
それこそ、あのシーンを見ていた時には、普段から良いも悪いもあけすけに言う彼らがしばらく言葉を紡げなくなるほどには、強烈な出来事だったのだ。
「結局あのダメージはどういう処理だったんだろうなー?」
「レベル1ならステも貧弱だろォ? しかも武器も強化もナシのナシ。っつーことでオレは、あのアクションに設定された固定ダメージだったと推測するぜェ」
「固定ダメージ? だとしたら運営が想定して実装してたってことににゃるぞ」
「蒸気で飛ぶのが想定内? トガってんねー」
使い物にならないと考えていた、蒸気工師の尋常ならざる活躍。
それは彼らに驚きと、そして歓びを与えてくれた。
アップデートで追加された新職業や新エリアもいいものだが、既存の職業の新たな可能性もまた胸が躍る。
それが自分たちしか知らないのであればなおさらだ。
誰も見たことがないものを求める好奇心と征服欲は、彼らガチ勢のゲーム熱の原動力だった。
「職業取ればすぐ試せるんだし、落ち着いたらやってみようぜェ」
「いいけど、誰がやんの?」
「俺パスー。制御できる気しないしー」
「オレもヤダ。高いとことか早いのとか無理だしィ」
「俺だって嫌だよ。言い出しっぺがやれ」
「やんやん、椎茸強盗はこわいんですゥ~」
「キッショ、吐きそー」
「精神攻撃スキルやめろ」
そんな未知への興味で頭がいっぱいになった彼らの顔は、森林調査の気だるさなんて感じられない晴れやかなものに、すっかり変わっていた。
そのくらい、朱朱朱朱は彼らに夢を見せてくれていた。
「ですぅ~で思い出した。掲示板見たー? 朱ちゃん関連のとこ」
「見た」
「めっちゃくちゃ話題になってたけどさー。アレってどれが禍津の書き込みだったん?」
「さっき聞いた時は、『りびそく!』でまとめられたやつの6割くらいが自分のだって言ってたにゃ」
「書きすぎで草ァ」
そんな朱朱朱朱による、領域守護者の討伐。
それが謎のプレイヤーによって成されたことと、その者のレベルや職業の不可解さと、与ダメージランキングとの二冠を達成した異常さ。
そんな不思議だらけの件は、噂好きなLiving Hearts住民たちの、今もっともセンセーショナルな話題であった。
その結果、Living Heartsの情報交換スレッドも、朱朱朱朱の話題で持ちきりとなった。
あれは誰だとみなが聞き、どこぞの回し者だと推測が飛び交い、憶測が邪推を呼んで堂々巡りをしていた。
しかし、それを冷静に見たならば、きっと気づけただろう。
その具体的な内容のなさと、まともな意見の見当たらなさに。
誰かのことが知りたいと思うなら。
何のこともない、直接本人に聞けばいい。
ここは一期一会が歓迎されるオンラインゲームの世界なのだから、それはよくある話だろう。
しかし朱朱朱朱に関しては、それがやりづらくされていた。
“きっとどこかのトップクラン関係者だ”やら“下手に関わると危ない”などの消極的な意見ばかりが目立ち、朱の素性についてはいつまで経っても何もわからないままだったからだ。
しかもそのうえ、情報交換と議論を続けようとしてみても、“朱ちゃんはかわいいから何でもいいよ”と自動返答のように流される。
その結果、掲示板に書き込まれた無数の疑問は解決されることもなく宙ぶらりんで、なぜか本人に話しかけるのはよろしくないという風潮ばかりが広がることとなってしまった。
なってしまった、ではない。
そうさせられていたのだ。
ガチ勢クランに所属する、“禍津”というBBS戦士の手によって。
◇◇◇
朱朱朱朱によるボス討伐を見届け、首を傾げながらクランハウスへ帰ったマツダイたち。
そこでいつも通りに雑談をしていたクランメンバーたちに事の顛末を話すと、それを聞いた禍津が掲示板で工作活動をすると言い出した。
それはマツダイたちの暗躍を隠す意味ももちろんあった。
だがそれよりも、単純に禍津がこの状況を面白がっていたというのが大きかった。
禍津という男は、掲示板に自作の噂を流すことと、都合よく印象操作することを、ひとつの遊びと考えているタイプなのだ。
「6割も書いてたんかー……ってことは、やたらと“朱ちゃんかわいい”って連呼してたのが禍津なのかー?」
「そうだって言ってたにゃ」
「なんでよー? 禍津って朱ちゃんみたいな子がタイプなん?」
「いや、アレはお約束にしようとしてたらしい」
「テンプレって……あぁ、なるほどなー」
「よォやるわ、ホント」
そんな掲示板での、異様な“朱ちゃんはかわいいからいいじゃん”推し。
それを書き込んでいた者こそが、他でもない禍津であった。
その狙いはマツダイの言うお約束狙いであり、テンプレート作りだ。
例えば、『ぬるぽ』からの『ガッ』。
例えば、『出荷よ~』からの『そんな~』。
例えば、『チ、チノちゃん!』からの『うるさいですね……』。
そうしたインターネット上で見られるお決まりのやり取りは、それをすることでわかっているとアピールできる便利な符合だ。
だが、そうした定型文は、会話を阻害する悪しき文化でもあった。
こう言われたらこう返すというインターネットミームが浸透した世界では、まともな話し合いはたいがい進まなくなる。
何を聞いてもネタに巻き込まれ、ノリに乗らない者は異端だとする空気が完成してしまうのだ。
そんな定番、そんなお約束。
それを作ることこそが、禍津の狙いであった。
それするために禍津は、朱の名前が出る度に――とにかく、演じて演じて演じ尽くした。
“かわいいから何でもいいじゃん”と書き込む者。
真似をして同じ言葉を書き込む者。
否定する意見を書き込む者と、煽りを書き込む者。
それら全部を自分ひとりで行うという、狂気とも呼べる自作自演の連投を繰り返した。
するとはじめは鬱陶しがっていた掲示板の住人たちも、次第にそれに感化されて行く。
“朱朱朱朱について知りたがる者は茶化して良い”という虚構の共通認識を持ちはじめ、その時の合言葉として“かわいいから何でもいいよ”と、作られた流行に自ら乗りはじめる。
それはブームであり、テンプレであり、インターネットミームであった。
朱朱朱朱は何者だ→かわいいからいいじゃん、というやり取りをすることが、そのスレッドの通となれる要素になったのだ。
それが定着すればもう安心だ。
少なくともそのスレッド内では、おおよそまともな情報交換は行われない。
2020年代で言うのなら、『草』だの『淫夢語録』だの『なろうじゃん』だのを連呼するbotたちと同じだ。
思考停止でテンプレ返答をする自称ネット識者との問答は、建設的とは対極に位置する無価値なものだ。
それらの声と比べたら、野ネズミや野鳥の鳴き声のほうが、よっぽど知性があると言える。
それが匿名掲示板に半生を捧げている禍津のやり方だった。
常時スレに張り付いて隠ぺい工作を行うのではなく、あらかじめ議論をできなくさせておく。
匿名掲示板の住人たちは、無責任でインスタントな暇つぶしを求めているものだから、適当に盛り上がれるネタを与えておけば、それに夢中になるものなのだ。
「だからあんなにかわいいかわいい言ってたんかー」
「ってことは、アレかァ? 本当だったらスゥちゃんがそのアイドル枠に収まってたってことかァ?」
「いや知らんけど。禍津の気分次第じゃねぇの」
「スゥちゃ――いや! パイパイデカ美はダメだー! あの子は俺たちだけで楽しみたい!」
「百里ある! あのデカパイはオレたちだけのものであって欲しいわァ!」
「まずお前らのもんじゃねぇから」
思い出し興奮で騒ぎだすEAKと椎茸強盗。
それを冷たく見つめていたマツダイは、大きくため息をつきながら吐き捨てた。
「つーかそもそも、そこまでスゥで盛り上がる意味がわかんねぇんだよにゃ。あの程度ならそこら中で見るじゃん」
「えっちっちーのヨイヨイ…………ん? え? クソネコ、今なんつったー?」
「いやだから、スゥくらいの美人でエロ装備着てるヤツ、首都とかにいくらでもいるだろって」
それはマツダイの好みや感覚の話ではなく、紛れもない事実だった。
Dive Game Living Heartsのキャラクタークリエイト。
それは一般的なVRMMOと同じく、現実の肉体を参照したモデルデータから変更を加えていく仕様となっている。
そんな肉体の修正は基本無制限であり、思うがままに変更ができる……が。
そこにはちょっとしたルールもあった。
それが『ステータス=体型』という、一種の現実準拠だ。
もし『筋力』を伸ばしたならば、その名のとおりにキャラクターの筋肉量が増える。
そこで今度は『速さ』を伸ばすと、余計な肉が削ぎ落とされて細い体になっていく。
それもちろん逆も可能で、キャラクターの肉付きをよくしていけば『HP』が増えていく。
ガリガリの力持ちは許されず、スピードタイプの太っちょも認められない。
能力と容姿は必ず相関関係にあり、『外見を変えるとステータスが変わる』『割り振るステータスによって外見が変わって行く』という仕様になっているのだ。
そのステータス調整を極端にしすぎた結果が、マツダイたちの異形種アバターだ。
つまり逆に言うならば、ステータスさえ気にしなければ好きなだけ自由にイジれるということでもある
そんなやりたい放題のキャラクタークリエイト。
それを前にしたユーザーたちは、当たり前に望み通りの姿を目指した。
鼻を整え目を整え、足を伸ばして顔は小さく、スタイルはアニメキャラクターより完璧に。
細部の微調整はヒトより頭のいいスーパーAIに任せ、仮想世界での自身を理想そのものにした。
この世界では全員が、“バーチャル美少女受肉” あるいは “バーチャル美男子受肉” をしたのだ。
そうして美形であることが基本となった、Living Heartsの世界。
右を見たなら眉目秀麗、左を見たなら羞花閉月。
すれ違う全員が沈魚落雁で、春蘭秋菊な美男美女。
残念ながら初期ステータス配分をある程度妥協することになるため才色兼備とか行かなかったが、それでも容姿端麗が溢れる仮想現実の三千世界だった。
そうした美貌だらけの麗しき異世界で、もし、頭一つ抜き出たいと思うなら。
とびきりにモテたいだとか、お姫様扱いされたいだとか、ハーレムパーティを作りたいだとかを願うなら。
それをするためには、この世界の大前提である『かっこいい』『かわいい』以外に、何かをプラスで持たなければ生き残れない。
その結果、男は優れた装備で財力と強さをアピールし、女は色気を武器にした。
この世界には、金持ちのイケメン男とエロくてかわいい女が溢れている。
だからマツダイは言ったのだ。
確かにあのサキュバスはエロかったしかわいかったが、そこまで興奮するほど希少でもないし唯一でもないだろう、と。
「珍しくもない……? ふっ」
「よくいるゥ……? ヘッ」
しかしそんな言葉を受けたEAKと椎茸強盗は、馬鹿にしたように鼻で笑って顔を見合わせる。
そしてついには肩をすくめて “やれやれ” というジェスチャーまで始める始末だ。
「……にゃんだよ、そのうぜぇ感じは」
「まったく……お前はホント、わかってねぇなー」
「あぁ?」
「坊や、ネトゲエロ道初心者かい? エチエチNOOBマンなのかなァ?」
「……いや意味わかんねぇよ、殺すぞ」
マツダイはキレた。
それがどんな経緯で出たものであっても、彼にとっての『初心者』や『未熟者』といった煽りは、我慢ならないものだった。
そうして2人の言葉に対して物騒な物言いで返すが、2人は変わらず見下すような視線を送り続ける。
まるで道理のわからぬ子供でも前にしているかのような、未熟者を見る目をしたままで。
「そりゃあさー? 首都にもいるはいるよー。目立ちたいヤツとか『お姫様扱いされたい女』とかなー。でもそういうのはさ、違うんだよなー」
「自主的なエロと、そうじゃないエロ。その違いが重要なんだぜェ」
「……にゃにが違うんだよ、エロい格好してんのは一緒だろ」
「いいかー、マツダイ。あのエルフの女は最初、分厚いローブを着てた。そしてそれからえちえちデビルになった。わかるかー? そこには『脱衣』というプロセスがあったんだー」
「……はぁ?」
「マツダイよォ。例えば同じ黒くてすけすけのえっちな下着でも、自分で買って履いてるのと頼まれて履いてるのじゃあ、全然価値がちげェだろォ?」
「…………はぁぁぁ?」
「ギャップッ! それがエロいッ! 普段見えないものが見えるのがいい! 隠してたものが見えちゃうのがいい! 最初からビキニアーマーを着てる女戦士より、冒険中にあぶない水着に着替えた僧侶のほうがエロいんだー!!」
「羞恥心ッ! それこそエッチッ! どんだけのえちえち装備でも、自ら着てたらただの痴女! 理由があって仕方なく着てるって背景があり、それをしている恥じらいの顔が合わさってはじめて真のエロ装備になるんだよォッ!」
「…………」
熱弁だった。魂の叫びだった。彼らは心で語ったのだ。
そんなアツき男たちの慟哭は、マツダイの心を強く強く揺り動かす。
「……お前ら……」
「わかってくれたか、クソネコよー」
「これでお前も一人前だなァ、同志マツダイよォ」
「……今日でパーティ解散しにゃい?」
マツダイの効率主義を、2人のキモさが上回った瞬間だった。
◇◇◇
「そういうワケで、俺はパイパイデカ美を推して行きたいねー」
<< EAK の《アシッド・スティンガー》
→→ウォーキング・カマス の頭部に532のダメージ >>
<< ウォーキング・カマス は EAK によって 殺害された >>
「ゲームはどうしようもねェほど下手くそだけど、なあにかえって女子力が高いってもんだしなァ。あの子には街で踊り子でもやって欲しいわ。そしたらおじさん、ガンガンおひねり投げちゃうなァ~」
<< 椎茸強盗 の《折れ骨牌》
→→ウォーキング・カマス の腹部に1083のダメージ >>
<< ウォーキング・カマス は 椎茸強盗 によって 殺害された >>
川沿いを歩く彼らの前に群れで出現した、[ウォーキング・カマス]というモンスター。
その討伐推奨レベルは14と低いものであったが、ひらりと攻撃をかわすすばやさと、3匹以上の群れで出現しがちな性質上、レベル20以上の複数名パーティですらも全滅の危機がある。
また、足の生えた青魚という背徳的な造形でプレイヤーに全力疾走してくる様子は、視覚的な意味で恐ろしいモンスターだ。
しかしこの場にあっては、さすがに相手が悪かった。
平均レベルが80を越えるマツダイたちは、会話を止めることもなく、何なら一瞥もせずに各個が撃破する。
そんな中で話題に上がるのは、おとなしげな雰囲気とそれに似合わぬワガママボディを持つスゥ・ラ・リュンヌについてだ。
おそらく頭の中でスゥの弾む胸を思い返しているのだろう。
でへでへとした雰囲気をかもし出すEAKと椎茸強盗。
「俺的には朱のほういい感じだけどにゃあ。口が“わぁ”って感じで開いてるとことか、ころころ変わる表情とか、見てて飽きないし、かわい……おもしれぇし」
<< マツダイ の 《六爪》
→→ウォーキング・カマス の腹部に1683のダメージ >>
<< ウォーキング・カマス は マツダイ によって 殺害された >>
しかしマツダイは、スゥに首ったけな2人とは違い、朱朱朱朱の姿ばかりを思い返していた。
今なお匿名掲示板で“かわいい朱ちゃん”と呼ばれる彼女。
それは美男美女揃いのLiving Heartsらしく、はっきり美少女だと言える容姿をしていた。
意思の強さを感じる眉。ぱっちり二重の赤い瞳。真っ直ぐ通った鼻筋に、淡い桃色の小さな唇。
端から小さな八重歯が覗く口は、喋る度に元気よく形を変えて、感情をありのまま伝える素直さがある。
そんな活発さを感じるパーツを乗せるその肌は、不思議と病的なまでに白く。
その透き通るような肌が、照れや高揚でほんのりピンクに染まる様子は、色っぽさとはまた違う魅力を見せるのだ。
マツダイはその愛らしい容姿と明朗な性格を見て、朱のことを『アホ元気な吸血鬼っ娘みたいだ』と評していた。
普通ならすぐ忘れるはずの、何のこともない通りすがりのエンジョイ勢。
それをこうまでばっちり記憶していたのには理由がある。
簡単に言えば、ちょっとツボだったのだ。
マツダイは、笑顔が素敵な明るい女の子が好みだった。
「オォ……?」
「おやぁー?」
「……にゃんだよ」
「いや、なんか珍しくねェ? クソネコがそういうこと言うの」
「ホントホント。やっぱりお前はああいう子が好きなんかー?」
「やっぱりってにゃんだよ」
「名前の読み方覚えてたじゃん。それって興味があったからじゃねーのぉー? えー? どうなんよー?」
「……ちげぇよ、馬鹿みてぇな名前だったから記憶に残ってただけだから」
「オ゛~? 本当かァ~? なんだかいつもの感じと違うんじゃねェかァ~?」
「…………調査も済んだし、もう帰るぞ」
しかし、マツダイはEAKや椎茸強盗ほど女性への興味をあけっぴろげにしたくなかったので、クールなフリをして誤魔化した。
マツダイは、笑顔が素敵な明るい女の子が好きな、むっつりすけべ猫だったのだ。
◇◇◇
◇◇◇
□■□ 首都セブンスターズ □■□
森での調査を終え、首都セブンスターズへ戻ったガチ勢一行。
その正門近くで2人と別れたマツダイは、人型にローブといういつもの姿でクラン倉庫へと向かっていた。
「――――正義、参上ッ!」
「うおおおお!!」「よっ! 真打ち!」「ええぞええぞ!!」「正義さ~ん!」
(え、なにこれ。クソうるせぇし死ぬほど邪魔くせぇな。殺そうかな)
そんなクランの倉庫へ向かう唯一の道すがら。
マツダイはやかましく騒ぐ人だかりに出くわした。
何やら大勢のプレイヤーが集まって騒ぐ視線の先には、ちょっとしたステージのようなものが設営されており、その上で赤い鎧の女が変なポーズを取ってはしゃいでいる。
それと合わせてスキルやスペルでどんじゃかぱんぱんと愉快な音まで鳴っている様子は、もう騒がしいったらない。
「やっぱり現れやがったなぁ! 赤き正義のヒーロー・クリムゾン!」
「その手を離すのだ! 悪しき灰の化け物め!」
「うるせぃ! この“死の灰”様に舐めた口を聞きやがって! お前ら、やっちまえー!」
「ヤヨォッ!」「ヤヨヤヨォーッ!」
「かかってくるのだ! 雑魚戦闘員、ツシーマ共よ! とぁーっ!」
やたらとオーバーなアクションで見得を切る赤い女と、敵役であろう灰色のボロ布をまとった男。
その周辺にヤヨヤヨと奇声をあげるザコ戦闘員のようなものまでが登場し、わぁわぁと迫真の殺陣を披露し始める。
どうやらそれは演劇で、劇団を気取ったプレイヤーの一座が催しているイベントのようだった。
(はぁ? 演劇ぃぃ? しょうもねぇぇぇ……。つーかこんな往来でやってんじゃねぇよ、クソ共が)
ガチ勢クラン『ああああ』のクラン倉庫は、首都セブンスターズの裏通りにひっそりと建っている。
ならば当然そこへと続くこの道も、人通りは極めて少ない僻地であった。
そんな閑散とした過疎地ぶりが、不運にもイベント会場として適してしまったのだろう。"誰も通らないならちょっとくらい良いでしょ" と言った具合で。
(はぁ……あほくさ。どいつもこいつも程度の低いナリしやがって、こんなの見てる暇があるならレベルの一つでも上げて来いっつーの)
そんなユーザーイベントに巻き込まれてしまったマツダイは、低レベルモンスターならそれだけで息絶えてしまいそうな殺意を込め、人だかりをギロリと睨みつける。
よほど人気な一座なのか、演劇の観衆が作る壁は道いっぱいに隙間なく。とてもではないが人型状態のマツダイが通れるスペースはなさそうだった。
そこでやっぱり今すぐ皆殺しにしてやろうかとも考えたが、この人数ではそれなりに手間だ。
できないとは言わないが、効率が悪いとは思った。
なので猫に変化し、すり抜けて行くことを選択する。
(なぁ~にが演劇だよ。ただのおままごとじゃねぇか。何がおもしれぇんだ、そんなん見て)
物陰でこっそり猫化を済ませ、小さな体でプレイヤーの足元をするする抜ける。
そのままクラン倉庫の前まで行くと、鉄のドアノブにぶら下がって扉を開いた。
その合間にも絶え間なく、演劇なんかにうつつを抜かすエンジョイ勢へ罵詈雑言を呟きながら。
(はぁ~、だる。あほくさ。これだからエンジョイ勢ってのは……)
――――そんなイライラ、独り言。
それらがあったせいだろうか。
「あーっ!! いました! いましたよスゥちゃん! しっぽが2本の黒猫さんですっ!」
「わぁ、本当~? ようやく見つかったねぇ、朱ちゃん」
「……あぁ?」
普段なら感知できたはずの気配に、この時ばかりは気づけなかった。
◇◇◇




