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第26話 溟海の探索者 第3節 眠れる龍の神殿 3/4

 巡行が再開され、迷宮内を歩き出した時にも、辰真の心は平穏が保たれていた。メギストロンの導きに従い、淡々と石畳の道を進む。喜びも不安もなく、いつになく満ち足りた気分だった。最初からこのような心情でいられれば、不必要にあれこれ思い悩むことはなかったのかもしれない。だが、既にそんな思いすらも彼には無縁のものだった。


 そして、迷宮の終わりは突然訪れた。見慣れた石壁が突然途切れ、狭い路地から解放されて拡大する世界が2人の視界に飛び込んでくる。張り巡らされた城壁の内側。巨大な円筒形の石柱が何本も立ち並ぶ砂地の中庭の中央に、石畳の道が一本だけ伸びている。そしてその奥に、巨大な建築物の影があった。何日も前から彼らの夢と記憶に入り込んでいた、異世界の聖域。彼らの旅の最終目的地。その名も、溟海の神殿。


 その外観はピラミッドの上部を切り取ったような四角柱で、綺麗な台形をしている側面のうち手前側の斜面沿いに幅の広い階段が設置され、中腹辺りに開けられた長方形の入り口へと伸びていた。迷宮と同様に遥か古代の巨石を組み合わせて作られていたが、神殿全体の印象としては歴史の重みと風格を漂わせながらも全く劣化を感じさせず、建設当時から讃えられていたであろう完璧なまでの調和を保ち続けていた。

 その壮麗さは、殆ど虚無に近かった辰真の心にも高揚感を生じさせるほどであった。ああ、これだけ素晴らしい場所に辿り着けたのなら、ここまでの苦労など取るに足りない。


 思わず横に視線をずらすと、月美もまた今までにないほど満ち足りた表情をしていた。そうだ、最初から彼女の言葉は全て正しかった。言っていたではないか、「神殿に行けば全ては解決する」と。こうして神殿を目の当たりにした以上、彼女の言葉を疑う要素はもはや無い。2人の学生は通路を一目散に進み、神殿を目指し始めた。


 神殿の入り口まで、残り100mもない。両脇に巨大な石柱が等間隔に立ち並ぶ石畳の通路を突き進むうち、辰真は微かな違和感に気付いて周囲に目をやった。見回してみると違和感の元は明らかだ。前進するにつれ、両脇の石柱に不完全なものが混じり始めていた。全体にヒビが入っていたり、上部が丸ごと欠けていたり。離れた場所に乱立している石柱の中には、砕けたり倒れている物も少なからずあった。巨大な石柱が倒れるに至った理由はまるで分からないが、その光景が神殿の完璧な調和を乱しているように見えて、辰真は少しだけ不快感を覚えた。……感覚はすぐに消失したが、その残滓は蝋燭の火のように、彼の心に仄かな光を残す。



 __斯くして2人は、溟海の神殿に到達する。彼らを見下ろすように聳え立つ巨石の聖堂。その入り口に続く階段はかなりの急斜面だったが、ここまで到達した2人にとっては苦でもなかった。石段を一歩踏みしめるごとに、神殿の入り口が近付いてくる。思えば、随分と遠くまで来たものだ。元の世界からどれほど離れたのか、その把握も既に困難になってはいたが、今の彼らにとってはそれも然程重要なことだとは思えなかった。


 階段を上りきり、休む暇もなく石の門を通過する。彼らはいよいよ神殿内部に足を踏み入れた。入ってすぐの場所は広めの空間になっていて、外と同様の巨大な柱が、何十本も乱立している。部屋に照明はなかったが、外の光が僅かに入ってくるのか薄っすらと周囲が見えるくらいの明るさはあった。もっとも2人には紫の光を放つメギストロンが先導者として付いてくれていたので、あまり苦労はしなかったのだが。


 2人は魔石の速度に従い、ゆっくりとした足取りで柱の隙間を抜け、奥に向かおうとする。こうして至近距離で柱を眺めていると、その側面にレリーフが刻まれているのに辰真は気付いた。立ち止まってよく見ると、上の方には象形文字と思われる記号の羅列も彫られている。興味がないわけではないが、今は先に進むのが先だろう。柱を気に留めず直進する月美を追い、辰真も次の部屋へと向かう。


 第二の部屋は最初より少し狭くなっていたが、相変わらず柱が密集していた。柱のみならず壁面にもレリーフが彫られていることを確認しつつ、2人は何事もなく部屋を通過。すると、次の空間は一転して狭い通路になっていた。両側の壁にもびっしりとレリーフが彫られ、やや圧迫感を感じる。少し進むと、あちこちで壁が途切れ、真っ黒い長方形の穴が姿を見せ始めた。これらの門はどうやら別の小部屋に通じているらしかったが、我らが先導者の魔石は寄り道などせず、まっすぐに通路を奥へと進み続けている。辰真も後を追おうとしたが、その直前、視界の隅に違和感を覚えた。立ち並ぶ小部屋のうちの一つ。その奥から、不自然に明るい光が漏れている。今まで見てきた限り、神殿内部に光源は無い筈なのに。……ひょっとして、壁が崩れているのだろうか?折角の美しい神殿だというのに。またしても辰真の心に不快感が生じ、間もなくそれは好奇心へと変わった。


 そっと月美の様子を窺うと、彼女は大人しく魔石に従い前進し続けている。あのペースなら、少し寄り道しても後で十分追いつけるだろう。辰真はザックから懐中電灯を取り出し、忍び足で通路脇の小部屋に入っていった。


 薄暗い部屋の中を、懐中電灯の光だけを頼りに進む。手元を動かすたび、何か得体の知れない存在が彫り込まれている壁面のレリーフが、想像以上の至近距離で視界に浮かび上がる。この時の辰真には古代文字を解読する知識は無かったし、壁画をじっくり観察するよりも別の事に興味を割かれていた。結果的にはこれが有利に働き、特に恐怖を感じることもなく彼は部屋の奥へと辿り着く。


 そこでは彼の予想通り、壁の一部が崩れて隙間から外部の光が射し込んでいた。だが、同時に予想外の事態も起こっていた。壁が崩れた原因は明白だ。何故なら、巨大な槍のような物体が外部から神殿に突き刺さっていたからである。

 辰真は呆然としてその先端を照らす。こちら側の壁は、山脈とは丁度反対側に位置していた筈だから、今まで気付かなかったのは無理もない。とはいえ、神殿の裏側がこんな状態になっていたのは驚きだ。この状態で長年放置されていたらしく、その一角だけ瓦礫が積もり、見るも無残な状態になっている。これでは神殿の調和も台無しで、眺めているうちに彼の心の奥底の高揚感も静まってきた。


 ……それにしても、頑丈な石造りの外壁を突き破るほどの強度と大きさを誇るこの物体は何なんだろう。先端が斜め下を向いているが、どうやって打ち込まれたのかも気になる。いや、それよりこの物体、何処かで見たような記憶があるのだが__

 彼は謎の既視感の正体を探るべく、壁に突き刺さった物体に光を投げかける。改めて見てみると、それは槍ではなく巨大な棘のような形をしていた。無骨な輪郭、くすんだ赤黒い色。辰真は記憶を巡らすが、どこで見たのかはっきりとは思い出せない。一歩近づき、その先端に触れてみる。


 次の瞬間、彼は感電したかのように全身を震わせる。その物体から指先を通して、無色透明なエネルギーが流れ込んできたような感覚。折れてしまった棘の先端を握りしめ、その場に片膝をついた彼の脳内は徐々にクリアになっていく。……そうだ。色々なことが起こりすぎて忘れていたが、これをどこで見たのか思い出した。メギストロンの発見にも間接的に関係のある、最初の怪獣遭遇事件。今は亡き旧社会学研究室棟の裏手に、これと同じ物が何本も落ちていた。そう、その正体は、湾棘怪獣ゾグラスの背中の棘だった。


 そんな物が、どうして神殿に突き刺さっている?……確証はないが、仮説は立てられそうだ。冷静さを取り戻した辰真の思考は、高速で回転を始める。今まで魔石とゾグラスの関係は謎だった。メギスロトンや例の本と同様、ゾグラスもこの異世界及び神殿に属する存在である可能性は否定しきれなかった。だがこの状況から推測するに、ゾグラスと遺跡は敵対関係にあったのではないか。ゾグラスが背中から重力波を放つ要領でこの棘を放てば、神殿にこのような形で刺さったとしても不思議ではない。更に言えば、神殿手前に乱立していた石柱。あの巨大な石柱を破壊した方法は見当もつかなかったが、怪獣ならば、あの程度の破壊は容易いのではないか。


 ゾグラスが神殿を破壊する側にいたのだとすると、更なる推測もできる。一見無秩序なものとしか思えない破壊行為だが、結果として神殿の調和は乱され、そのお陰で辰真は理性を取り戻した。つまり、ゾグラスが彼を助けたという見方もできるわけだ。思い返せば、あの古書ではゾグラスは揺木の神獣として扱われていた。

 神獣。そう、この繭玉の生みの親であるココムと同じく。辰真は久し振りに金色のお守りを取り出す。玲が入手し、メリアが力を込めた繭玉は依然としてマナの暖かな光を宿していたが、その光は大分薄まってきていた。ここまで辿り着くことができたのは間違いなくこのお守りのお陰だと、今なら断言できる。


 繭玉の仄かな光を眺めているうち、彼の心に勇気が湧いてきた。そうだ、例え神殿の魔力に対抗できる力がなくても、俺達には神獣の加護がついている。それだけではない。ここまでの探索をどうにか乗り切れたのは、今までの事件調査や揺木の皆の協力から得た知識や経験、異次元装置の力添えがあってこそじゃないか。離れていたとしても、俺達は決して孤独ではない。そうであるなら、俺達のやるべきことは一つ。正気を保っている内に、ここから帰還することだけだ。


 ……そうだ、稲川は?ここでようやく辰真は、月美の存在を思い出す。魔石の導きに従い、神殿の最奥へと向かっていった筈だ。その終着点で何が待ち構えているのかは考えたくもないが、今ならまだ連れ戻せるかもしれない。辰真は立ち上がり、遺跡の中の通路を駆け戻り始めた。


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