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第22話 異次元へのパスポート 2/3

〜異次元煌石メギストロン登場〜


「それで、どう思います?」

 揺木街道を走る一台のワンボックスカー。助手席に座る月美が、運転席の辰真に声をかける。

「どうって?」

「さっきの話に決まってますよ!あの本の怪獣、本当にゾグラスだと思いますか?」

「そりゃまあ、イラストも能力も俺達が遭った奴にそっくりだし、名前も「ゾグラス」って読めるからな。無理矢理気味だけど。むしろ稲川が疑ってる方が意外だ」

「疑ってるというか、少し気になる点があるんですよね」

「気になる点?」

「はい。他のページに載ってたトバリやココムは、他の資料でも揺木の守護神みたいな存在として紹介されてるお馴染みの存在なんです。でも私の知る限り、ゾグラスが揺木地域に出現したという記録は、この前の事件を除けばありません。そもそもゾグラスって名前も外国語由来のはずですし。

 つまり、実は昔ゾグラスも揺木に現れたことがあって、海外から名前が伝わっていた上に神獣と言われるほど信仰を集めていた。でも、その記録は何故かほとんど残されていなかった。そして今回、初めて資料が発見された。そう考えないと、辻褄が合わないんです」


「そう言われると、あの本の信憑性が一気に無くなってくるな……」

「でも、わたしはあれが偽物とは思えません。ゾグラスの情報も正確ですし、でっち上げにしてはクオリティが高すぎます。きっと新発見に繋がるはずですよ!」

「そうだな、わざわざ再調査に行くんだから徒労に終わってほしくはない」


 そう、古書の解読を玲に任せた彼らは薄明山に向かっていた。解読を待つ間何もしないのも落ち着かないので、ひとまずゾグラスの痕跡を求めて最初にゾグラスが現れた地点を調べてみることにしたのである。


 街道から脇道に入り少し進むと、古ぼけたプレハブ小屋が見えてくる。真横には雑草が生い茂り資材が山積みになっているが、よく見ると元々は駐車場だったことが分かる。ここはかつて電波塔の建設が予定されていたが、ゾグラスの襲来が原因で中止されそのまま放置された工事現場だ。もう何ヶ月も前になるが、辰真達はここに調査に来てゾグラスと初遭遇した。

「うわー、懐かしいですね!」

 月美が声を弾ませて敷地内に入っていく。確かに懐かしいと言えば懐かしいが、別にいい思い出は無いので辰真としてはそんなに嬉しい気分にはならない。とはいえ彼も月美の後を追って奥に向かう。


 作業場の中には、ゾグラスの攻撃で押し潰されたフェンスが瓦礫のように散乱していた。どうやら本当に怪獣襲撃以降は誰の手も入ってないようだ。廃墟同然の姿に哀愁を感じながらも、2人はフェンスの切れ目から外に出て山林地帯に向かった。

「ここまで来といて言うのも何だが、ゾグラスは本当にこの辺にいるのか?」

「確証はできませんけど、ここはゾグラスが最初に目撃された場所ですから、縄張りになってる可能性は充分あります。見つけたら今度こそバレないように観察しましょう!」

「でも、ここから北って確か立ち入り禁止になってるだろ。何の準備もなしに近付くのは危険すぎると思うが」

「たしかに隣の朧山近くまで行くと魔境に入っちゃうから危険ですね。異次元に繋がってるってもっぱらの噂ですし、ゾグラスがそこに居たらお手上げです。でも、霧が出始めるまではきっと大丈夫!ダメ元で行ってみましょうよ」


 そんな事を話しながら歩いていると、2人の前に突如としてゾグラスの痕跡が現れた。地表に等間隔に並ぶ窪み。数ヶ月前に見た足跡がそのまま残っているのかは不明だが、以前来た時より明らかに数が増えている。

「森島くん見てください、こんなに足跡がありますよ!」

 月美は嬉々として足跡に駆け寄り、早速写真を撮り始める。

「稲川、気をつけろよ」

「冷静になってる場合じゃありません!それにこんなに足跡があるって事は、ゾグラスがこの辺によく来てるのは間違いないですよ」

「だから気をつけろって言ってるんだが……」


 やれやれ。辰真は、調査に夢中になっている月美を後ろから見守りつつ、周囲に目を配る。今のところ妙な気配は無い。視界に入る限り、怪しい物体も……

「……?」

 視界の隅、足跡の一つの内側で、一瞬何かが光ったような気がした。辰真が周囲を警戒しつつそちらに接近していくと、足跡の中には丸っこい石のような物体が転がっていた。それは濃い紫色で、太陽光を浴びて時折光を放っている。更に近付くと、それは球体ではなく多面体であることも分かった。面は全て綺麗な正方形と正三角形で構成されており、正確にカットされた宝石のような印象だ。だがこれが自然物なのか人工物なのかは判断がつかない。


 足跡にたどり着いた辰真は、野球ボール大の多面体を拾い上げる。野外に放置されていたにも関わらず、表面には傷一つ無い。夜の闇とアメジストを足して二で割ったような紫色の輝きは極めて美しく、気を抜いていると心を引きずり込まれそうな気がするほどの誘引力がある。

「それ、何ですか?」

 気付くと月美が辰真の横に立ち、多面体を覗き込んでいた。

「あ、ああ、その足跡の中に落ちてたんだ」

「足跡の中?ゾグラスの落とし物でしょうか。それにしても……綺麗な石ですね」

 月美は目を輝かせてそれを見つめる。だがその瞳は、不思議なことに徐々に光を失っているようにも見え、妙な不安感を掻き立てられるものだった。……あれ?同じような現象がさっきもあったような気がする。何だったっけか。辰真は先ほどまでの記憶を逆順に遡ってみる。そして_


「あっ!」

 突然辰真が叫び、月美は石から視線を戻す。

「どうしました?」

「そう言えば、見たことあるぞその石」

「え!?どこでですか?」

「ついさっき、米さんが持ってた雑誌で。それ、魔石メギストロンってやつにそっくりだ」



「えーと、異次元煌石メギストロン。異次元の力を秘めると言われる魔石。特異な変形立方体の結晶構造を持つ。古代エジプトで儀式に使われたとされる……記述はこれくらいか」

 辰真と月美は調査を切り上げ、研究室に帰還していた。辰真が読んでいるのは『アトランティス』の例の記事。直前に部室に寄って米さんから強引に借りてきたものだ。魔石についての情報は多くなかったが、写真は辰真達が見つけた多面体とそっくりである。

「米さんのお話だと、「メギストロンの詳しい情報は中世の錬金術に関する書物に載ってるという噂」らしいですけど、うちの図書館には無さそうですね。取り寄せますか?」

 月美は図書館の蔵書検索画面を眺めながら溜め息をついている。

「そうだな」

「……」

「……」


 2人はいつしか無言となり、机の中央を見つめていた。そこには黒い布に包まれた状態のメギストロンが鎮座している。直視するよりはましなものの、気を抜くと引き込まれそうになる誘引力は健在だ。記事ではミス・トゥモローがメギストロンを見つけたら連絡するように呼びかけていたが、2人はあまり乗り気にはなれなかった。それどころか玲や米さんにも見つけたことは言っていないし、先生にも報告する気になれない。魔石の存在をなるべく秘匿したいという謎の意識が2人の脳内で働いていた。

「……ゾグラスとメギストロンには何か関係があるんでしょうか?」

「分からん。偶然同時期に出現しただけかもしれない」

 辰真と月美はその後しばらく怪獣や魔石についての意見を出し合ったが、結局これといった結論は出ないまま解散となり、魔石を残して帰路につくこととなった。


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