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第22話 異次元へのパスポート 1/3

「三つの魔石輝く時 黄泉の扉より大いなる龍神降臨せし 龍神ひとたび来りなば 大地たちまち歓喜に包まれ 長きに渡る幸福の時を迎えん」


 早朝、揺木市北部薄明山近辺。澱んだ灰色の雲が空一面を覆う中、隙間から僅かに差し込む日光が、大地の窪みを照らし出す。

 静かな山林地帯の中で、それは異彩を放っていた。地表を抉るように残された4本の爪跡。周囲をよく見ると、一定の間隔を空けて同じ模様が点々と刻まれているのが分かる。

 大地を横断する異形の獣の足跡。その一つに、殊更に奇妙な物体が放置されていた。異次元空間を凝縮させたような濃紫色の欠片。その内部に見える赤い球体は、まるで生物のように妖しく脈動していた__


 午後1時、揺木大学図書館。社会学部城崎研究室所属の森島辰真と稲川月美は、図書館の閉架書庫を訪れていた。ここは、大学で所蔵している書物の中でも著しく古い、損傷が激しい、一部の教授に有害だと判断された等の理由で閲覧可能棚に出てこない書物が集められた場所で、一般学生は通常入れない場所なのだが__

「タツ君ごめーん、閉架書庫の整理手伝ってくれない?好きな本持ってっていいから。ね?」

 ……揺大職員にして司書の資格も持つ辰真の従姉妹・森島祭香の権限で無理やり入れさせらせてしまったのである。

 しかも、「わたしも行きたいです!閉架書庫に入るチャンスなんて滅多にないんですよ?もしかしたらアベラント事件に関するレアな資料が見つかるかもしれませんっ!」

 なんて言いながら月美までついてきた。


 毎度のことながら、そのアグレッシブさはどこから来るのだろうか。まあ人手が増えること自体に文句はないんだが……などと考えながら辰真が本を並び替えていると、本棚の反対側にいる月美が呼びかけてきた。

「森島くーん、ちょっと手伝ってくれないですか?」

 様子を見に行くと、月美は最上段の棚を指差している。

「あそこにある本を取ってほしいんです」

「えーと、これでいいのか?」

 辰真が指定された本を棚から引き抜く。それは今時古本屋でもお目にかかれないような年季の入った古書物だった。緑色の表紙に草書体で書かれた題名は、『揺木神獣活動録』と辛うじて読み取ることができた。


「ビンゴです!揺木の神話に関する資料はだいたい目を通してますけど、これは初めて見る題名ですよ。こんな掘り出し物を見つけられるなんてラッキーですね。それで、作者の名前は分かりますか?」

「そうだな。これは多分……角見神社の神主かな」

 題名の下の文字は、確かに「角見神社」と読める。だがそれを聞くと、月美は少し残念そうな顔をする。

「そうですか……」

「どうした?」

「確かに角見神社の神主は定期的に揺木で起こった事件を記録した本を出してますけど、文献は研究室に全部揃ってるんです。こんな名前の本は記録に無かったはずです……」

「なら、これは偽物って事か?」

「そうかもしれません。でもこの外見、それに中の文体も、他のとそっくりなんですよね。つまり、実は今まで記録から抹消されてた幻の本が見つかったっていう可能性もあるんですよ。うーん……」


 その時、最上段から本が時間差でもう一冊落ちてきた。月美が拾い上げて表紙を眺める。それは先ほどの文献と同じくらい古かったが、灰色の表紙に書かれた題名は文字が潰れていてよく読めない。

「これはなんて書いてあるんでしょう。滅、洲、翔の書……?」

 題名は意味不明だったが、辰真は何故かその書物に惹き込まれるものを感じた。表紙に自然と目が吸い寄せられていく。ふと月美の方を見ると、彼女もまた本に惹き込まれていた。何かに取り憑かれたような、生気の薄れた眼差し。それを見た瞬間、辰真は急に得体の知れぬ不安感を覚え、灰色の本を月美から取り上げ近くの棚に乱暴に突っ込んだ。同時に月美の瞳も、放心状態から覚めたように生気を取り戻す。

「あれ、森島くん、今……?」

「この辺も大体片付いたし、次に行こう。持ってくのはこれだけだよな?」

 辰真は緑の本を持ちつつ棚から移動していく。

「あ、待、待ってください!」

 遅れること数秒、月美も辰真に続いてその場を後にした。その後は、2人は何事もなく書庫の整理を終え、最後に祭香に報告して約束通り『揺木神獣活動録』を譲り受けた。



 2人は早速新たな文献『揺木神獣活動録』の調査を開始した。真偽については直接角見神社に問い合わせるのが手っ取り早いと思われたが、応対に出てきたのが一人娘の巫女だった場合、所有権を主張されて少額で巻き上げられる危険性を考慮しなければならない。問い合わせるのはまず内容を解読してからでも遅くはないだろう。辰真と月美は議論の末そのような結論に達し、YRK(揺木大学歴史研究会)の現代表・白麦玲に助力を求めるため文連会館に向かった。


 辰真と月美が部室に入ると、玲はいつも通り部屋の隅で本を読んでいた。テーブルを挟んで反対側には前代表の米さんこと米沢法二郎もいる。辰真達と相対している時の米さんは8割くらいの確率でテンションMAXな印象があるが、今回も例外ではなく、2人が入ってくるなり雑誌を広げながら猛スピードで出迎えてきた。

「諸君、いい所に来てくれた!早速この記事を読んでみたまえ」

 米さんが手にしているのは有名なオカルト誌『アトランティス』のようだ。

「米さん静かにして。どうしたの月美?」

 いつもどおり米さんの奇行を完全にスルーした玲が月美に呼びかけ、月美が古書を取り出して説明を始めた。残念ながら辰真は米さんに捕まり記事の解説を受ける羽目になった。

「あの世界的探検家ミス・トゥモローが、古代エジプトに伝わるメギストロンの発掘にとうとう成功したのだよ!どうだ、驚いたかね?」

「すいません、まずトゥモローって人を知らないです。それからメギストロンが何なのかも分からないので凄さが伝わって来ません」


 米さんの懇切丁寧な解説によると、ミス・トゥモローはオカルトアイテムを求めて世界各地を飛び回っている若手探検家だそうだ。記事の写真を見る限りではミステリアスな金髪美少女といった風貌で、米さんを含めた読者投稿コーナーの常連には「アトランティスの姫」と呼ばれているらしい。ここ数時間でもトップクラスにどうでもいい情報である。

「メギストロンの発掘により、古代エジプトで封印された超技術が明らかになるかもしれん。これは要注目だ!」

「はあ……」


 一方の玲は、月美から渡された古書を興味深そうに眺めていたが、やがて最初の方にあるページを開きながら言った。

「なるほど。厳密な解読には時間がほしい所だけど、この辺は簡単に解読できそうね。例えばこのページだと、「異界より現れし東の神獣「疏具羅須」、この名前はなんて読むのか分からないけど、「全身の棘を震わせあらゆる外敵を押し潰したり」って書いてあるわ」


「「!?」」

 玲の解説を聞いた月美と辰真は思わず顔を見合わせる。

「玲ちょっと、そのページ見せてくださいっ!」

 彼女から取り戻した古書のページを2人で覗き込む。そこには、「疏具羅須」なる神獣の簡素な挿絵も描かれていた。二足歩行の恐竜のようなシルエットに、背中を覆う大量の棘。更に、相手を押し潰すという能力。これらの特徴を全て備えた怪獣に、辰真達は心当たりがあった。彼らが揺木市で初めて遭遇した怪獣。その名も、湾棘怪獣ゾグラス。

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