第14話 地底からの挑戦 1/4
~地底怪獣グラゴン登場~
7月、揺木大学。キャンパス内に照りつける陽光、校舎にしみいる蝉の声。既に長期休暇に入り、多くの学生が思い思いに夏を満喫している中、一部の団体は未だに学舎で活動を続けていた。怪獣や超常現象など、異次元絡みの事件を専門に研究する社会学部城崎研究室もその一つである。そんな城崎研究室が本拠地とする大学北端のプレハブ小屋には現在、研究室に所属する三人の教授及び学生が勢ぞろいしていた。
「いやあ悪いね、休み早々集まってもらって」
そう切り出したのは、研究室の主である城崎淳一。若くして日本初の異次元社会学教授の座に就いた俊英である。穏やかな表情をしているが、多忙なためかよく見ると目元に隈ができている。
「事件のない今のうちに部屋の掃除をしておきたいと思ってね。本当はもっと早くやりたかったんだが、中々時間が取れなくて」
「そんな、悪いなんて全然思ってないですよー」
そう返したのは小柄な女子学生、稲川月美。研究室に所属するただ二人の学生のうちの一人である。ボブカットの髪形と橙フレーム眼鏡が活動的な印象を与える彼女は、三度の食事よりアベラント事件が好きという稀有な性質の持ち主だった。
「ちょうど上期のアベラント事件を振り返りたいと思ってたんです。心機一転して次の事件に備えましょう!それに、森島くんも無事帰ってきたことですし」
月美がそう言って振り返った先には、もう一人の学生である森島辰真が立っていた。月美とは対照的に落ち着いた雰囲気であり、首からは新品の暗視ゴーグルを提げている。以前から大学に出していた購入申請がようやく通り、復帰と同時に与えられた物だ。
「俺のことはべつにいいだろ。それより先生、休み中は特に授業や課題は無いんですよね?」
「ああ、この人数じゃ合宿に行く意味もあまり無いからね。ただし、アベラント事件が起こったらいつものように、できる限り解決に協力してくれ。勿論それについてのレポートは出してもらう」
「あ、やっぱり」
今までの傾向からして休み中も間違いなく事件は起こるだろうが、通常の授業が無いだけ大分マシである。
「でも逆に言えば、事件が一切起きなければ来なくていいんですよね。じゃあ新学期までお別れかもしれませんよ」
「ははは、大した自信だね」
「そんな事言ってて、明日怪獣に襲われても知りませんよ?」
三人が冗談を言い合っていたその時、研究室を猛烈な振動が襲った。
「!!」
轟音と共に辰真達を包み込んだのは彼らが身をもって知っているタイプの揺れだったが、前回より襲われた時よりも更に激しい。3人は反射的に逃げ出そうとするが、振動が強すぎて立ち上がることもできなかった。彼らを中に入れたまま、プレハブ小屋は嵐の中沈没する小舟のように少しずつ地中へと消えていった。
「…………」
振動が収まった時、辰真は暗闇の中にいた。何が起きたのかあまり理解できていないのだが、体勢から自分が床に横たわっていることは分かる。そのうち周囲が少しだけ明るくなり、眼前に色々な物が散乱しているのが見えてきた。異次元事件の資料類、地球儀、用途のよく分からない金属製の筒。そこでようやく、自分が研究室の床に転がっていることを認識する。
「おーい諸君、大丈夫かい?」
少し離れた場所から城崎教授の声と足音が聞こえる。続いて、近くで月美の声。
「はーい、何とか生きてまーす……」
「こっちも大丈夫です」
辰真も返事をして立ち上がると、光の点がこちらに近づいてくるのが見えた。次いで近くにも光の点が浮かび上がる。月美が立ち上がり、手元のライトを点けたらしい。辰真は自分の近くにもライトがないか探すうち、首から提げていた暗視ゴーグルの存在を思い出し装着した。真っ黒な視界の中に研究室内の品々と、二つの赤い輪郭が影絵のように浮かび上がる。
「良かった、みんな無事だったんですね!」
「それで、ここは一体?」
「一旦外に出てみよう。そうすれば分かると思うよ」
城崎教授は2人を連れてプレハブ小屋の外に向かう。ドアを開けると、3人の眼前には薄暗い洞窟が広がっていた。横幅は5m近く、奥行きは少なくとも数十mはあるようだが、通路は途中から暗闇に包まれているため、はっきり確認することはできない。
「あれを見てごらん」
先生が洞窟の天井部を指し示す。その先、丁度研究室の真上の辺りに穴が空いていて、そこから光が差し込み、小屋の周辺を僅かに照らしている。
「先生、あれってひょっとして……」
「ああ、恐らく研究室の本来の位置はあそこで、先程の地震をきっかけにこの地下洞窟内に落下したんだろう」
「え?研究室の地下に洞窟があるなんて初めて聞きました」
「そう、問題はそこだよ。少なくとも先学期には洞窟なんて存在しなかった。プレハブ小屋を建てる前にその位の事は確認してるからね。という事は、この洞窟は最近掘られたという事になる」
「で、でも、こんな広大な洞窟を短時間で掘るなんて、それって……」
月美の言葉に反応するかのように、洞窟の奥の方で巨大な物音が響いた。教授と月美がライトを向けると光の中に黒いシルエットが一瞬だけ浮かび上がったが、その影はすぐに周囲の闇に紛れてしまう。一方の辰真も、暗視ゴーグルを通して視認していた。先端の尖った巨大な赤き影を。
その頃、揺木消防署内の特災消防隊専用待機室では。
「高見、一体なんだこれは!?」
特災消防隊員の時島悟が、同僚の高見慎吾に詰め寄っている。高見の机の上にはLLサイズのスナック菓子の袋。駄菓子屋ではなくゲーセンで見かけるサイズだ。
「何って見りゃ分かんだろ、イナズマチップスコンソメ味だよ。昨日駅前で取って来たんだ」
「そのイナズマチップスが何故ここにある?」
「ん、俺のクレーンゲームの腕を知らなかったか?なら驚くのも無理はねーな。何を隠そう、中学時代から無敗を誇る_」
「そんな事は聞いてない!消防士たる者、常にその自覚を持つように言ってるだろう。公私混同などもっての外だぞ!」
「っせーな、非番の時何やってようが俺の勝手だろうが!」
「だとしても、仕事場にそんな物持ってくる奴があるか!」
「そうかよ、じゃあお前には分けてやらねーからな」
「……」
言い争いを続ける二人の横で、もう一人の隊員である宇沢は静かに読書を続けていた。ページの一つには、挿絵として深い地底を走る特急列車が描かれている。
「ちなみに、宇沢君が読んでいるのは『夢の地底超特急』だ。動物学者の青年が、モグラの生態を参考にして地底特急を開通させる傑作ジュブナイルだな!」
「だから、何でお前が解説すんだよ?」
そんな中、待機室にドタバタと駆け込んできた男がいた。特災消防隊員の一員であり、異中研から派遣された研究員でもある袋田直己である。
「おーいみんなー!新しい消防車両が届いたよー!」
「マジか!?」
「待ちかねたぞ!」
「!!」
3人は一斉に袋田の元に駆け寄る。
「特災消防隊専用車両第2号、その名もムベンベ!ちょうど下に搬入されたとこだよ」
「よっし、早速パワーを試してみようぜ!」
「待て待て、まずは焦らずじっくり点検しなければ!」
「……早く乗り回したい」
それぞれテンションを上げた4人が駐車場に向かおうとした瞬間、フロア全体に警報が鳴り響いた。




