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第十二話 繭衛門の金塊 後編

                         ~巨大蚕ココム登場~


 YRKの一行は、許可申請をひとまず城崎教授に丸投げすると絹村の南西に向かった。この周辺は何十年も前から市の管理区域で、3人が歩く林道も8割方緑に覆われ、人の入った形跡は全く見られない。

「あーもう、歩きにくいわね!」

 一番後ろを歩く玲が道に張り出した木の根を踏みつけ派手によろける。

「そうですね、視界も悪くなってきましたし」

 月美が不安そうに天を見上げる。先ほどまで青々としていた空には、分厚い白雲が敷きつめられていた。

「森島君、霧の洞穴はまだなの?」

「そうだな、そろそろ着くかもな」

 先頭を歩く辰真が地図を広げる。一応地図通りに進んでいるはずだが、緑の侵蝕のせいで地形が微妙に変わっていて現在位置が把握しづらい。ましてや洞窟の場所は地図に載ってないので分かりようがないが、視界の届く範囲に無いのは確かだった。


 十数分後。上記のようなやり取りを何度か繰り返した末、一行は突然足止めを食らった。地面から隆起した断層が道を完全に塞いでいる。

「ダメだこりゃ。進みようがない」

「地形が完全に変わっちゃってますね」

「どうするの?茂みの中を進むって事?」

「迷うと危険ですし、一旦戻って別の道で行くのはどうですか?」

「そうだな」

 3人は回れ右して来た道を戻り始めたが、数分もしないうちに暗雲が漂い始めた。いや正確に言うと、周囲に漂い始めたのは白い霧だった。

「!!」

 辰真と月美は反射的に携帯電話を取り出し画面を確認する。電波のアンテナは一本、しかも視界はどんどん悪くなっていく。

「よし、急ぐぞ」

 足を早めた辰真達だったが時すでに遅し。霧は3人を完全に取り囲み、進むべき道は見失われてしまった。携帯の画面表示は圏外になり、方位磁石も微動だにしない。

「遅かったか」

「これはエリア入っちゃってますね……」

「え、何、遭難したの?」

「まあそんな感じだ」

 悪いことは重なるもので、先程から悪化し続けていた天候もとうとう決壊し、空から雨粒が降り注ぎ始めた。

「まずいぞ、雨具は持ってるか?」

「そんな物持ってきてないわ」

「そうか……まあ俺も持ってきてないんだが。もう少し準備しとくべきだった」

「ひとまず避難しましょう!」


 3人は雨風をしのげる場所を求め、霧の途切れている場所を闇雲に進んで行く。客観的に見れば中々に危険な行程だったが、救いの手は意外と早く差し伸べられた。

「おい、あれは!」

 突然霧は払われ、3人の眼前に巨大な岩壁が現れた。内部に空洞があるらしく、入り口として真っ黒い大穴が穿たれている。雨の勢いが激しさを増す中、考えている余裕はない。3人は穴の中へと一目散に駆け込んだ。


「ふう、助かりましたね」

 内部は3人が雨風を避けつつ休憩するのに充分な広さがあった。奥の方には細長い通路が伸びている。一行は荷物を置き、水筒入りのお茶と板チョコで一息ついた。

「それにしても、ここはどこなのかしら」

 お茶を飲み干した玲が当然の疑問を発する。辰真が携帯や方位磁石を確認するが、先程と同じ状態で役に立たない。

「相変わらずダメだ。現在位置は分からない」

「そう……」

「でもその、ここがどこなのか自体は分かる気がするんですけど」

「……まあな」

 今までに何度かこんな経験をしてきたせいか、辰真と月美にはある直感があった。

「え、どういう事?」

「つまりですね、この場所はさっきまで全く見当たらなかったのに、霧が出てきたら突然出現したんですよ」

「そしてここは洞窟だ。後は分かるな?」

「……じゃあつまり、ここが霧の洞穴だって言いたいの!?」

「正解」

「確信はありませんけど!」

「それって……超ラッキーじゃない!」

 玲のテンションはみるみるうちに回復した。

「休んでる場合じゃないわ、早速奥に向かいましょう!」


 3人は洞窟内を進む。5分ほど経った後、懐中電灯で道を照らしながら先頭を歩いていた辰真が突然立ち止まった。

「どうしたの?」

 辰真は横に移動し、後ろの2人に眼前の光景が見えるようにした。そこは広々とした空洞になっており、壁や天井に付着しているヒカリゴケのような植物の作用で仄かに明るかった。空洞の形はほぼ円形で、中央には高さ1mほどの石柱がぽつんと生えている。石柱の上部は平らになっており、何かが供え物のように置かれていた。

「こ、これは……!」

 玲がダッシュで柱に駆け寄り、上部の物体を凝視する。辰真達も彼女の肩越しにそれを眺める。ほぼ球形の、かなり年季の入った物体だ。

「ひょっとして、ずっと行方不明だった繭衛門の壺……?」

 玲が恐る恐る手を伸ばし、壺を持ち上げる。その瞬間、石柱の反対側から巨大な振動音がした。

「!?」

 3人が硬直する中、それは暗がりからゆっくりと姿を現した。天井まで届くようなベージュ色の翅、ヤシの葉のような触角。全長10m近い巨大昆虫が、水晶玉のような眼で彼らを見下ろしていた。

「……ムですっ!」

 月美が辰真に何かを囁く。

「え?何だって?」

「ココム、ココムです!あの妖怪の。ココムの成虫に違いありませんっ!」

 なるほど、確かにあの本の挿絵が幼虫なら、この大きさに成長しても不思議はないが、今はそんな事を気にしてる場合ではない。ココムの体表に生えた毛は逆立っており、はっきりと怒気が伝わってくる。一刻も早くこの空間から出た方が良さそうだった。

「白麦、それを」

「え、ええ」

 玲がゆっくりと壺を戻そうとするが、それより早くココム成虫が洞窟中に響き渡る勢いで翅を振るわせた。その音に反応するように、壁沿いの暗がりから多数の影が這い出し、3人を取り囲む。ヒカリゴケに照らし出された影の正体は巨大な白芋虫、要するにココムの幼虫だった。

「!!」

 月美が辰真の袖をぎゅっと掴んでくる。顔面は蒼白で脚も震えているが、その場に座り込むことなく踏み止まっている。その姿を見て少し安心した辰真だったが、残念ながら周囲の状況は安心には程遠かった。成虫が再び羽音を立てると、それに呼応して幼虫達も頭部を辰真達に向け、口から糸を一斉に噴射する。上質そうな白い絹糸が3人の脚部を包み込んでいく。


「ちょっと何これ、は、放して!」

 玲は脚を覆う絹糸から脱出しようともがくが、動けば動くほど糸は絡まっていく。他の2人も同じ状況だ。

「ちくしょう、俺達に災いを与えようとしてるのか?選ばれし者じゃなかったから?」

「選ばれし者?よく分からないけど、わたしは繭衛門の子孫よ。こんな所で倒れるわけにはいかないの!」

 辰真と玲は更にもがくが、既に腰まで絹糸に包まれている。3人分の繭が出来上がるのも時間の問題だ。

「二人とも落ち着いてください!」

 月美が弱々しくも芯のある声で言った。

「あの本に書かれていた事が本当なら、まだ打つ手はあります。レイ、いつものあれ、持ってきてますよね?」

「あ、あれって?」

「あれですよあれ!ほら、あの、キュウリ!」

「はあ?こんな時に何を言って」

「ええ、バッグに入ってるけど」

「持ってるのかよ!?」

「今すぐ取り出してください!」

 玲は既に後ろに手が届かない状態だったので、代わりに辰真が彼女のバッグを開けて中を探り、細長い物体が束になって入った袋を掴みだす。……本当に持ってきてるとは。袋を受け取った月美が青々としたキュウリを取り出して高い位置で振ると、周囲のココム達の視線は一気にキュウリに集中し、糸を吐くのを止めた。巨大な成虫もキュウリに目を奪われている。


「ココムの災いから逃れる唯一の方法は、キュウリをあげて怒りを鎮めることだと言われてます」

 月美が囁き、キュウリを石柱の上に並べていく。成虫がもう一度羽を振るわせると、幼虫は一斉に糸を吸い込み始めた。3人を包装しかけていた白い絹糸は、絡まることもなくするするとほどけていく。安堵した3人を尻目に幼虫たちは石柱の周りに群がり、キュウリをもしゃもしゃと齧り始める。成虫はその様子を静かに見守っている。先ほどまでの怒気は感じられなくなっていた。キュウリが粗方食べ尽くされると、成虫が前に出てきて大きく羽を鳴らす。すると芋虫たちは一斉に頭部を高く持ち上げ、再び糸を吐き出した。絹糸が3人の方へ降りかかってきたため思わず身をすくめるが、今度の糸はごく少量で、キラキラと輝いていた。

「金色の絹糸、ココムの祝福の証!わたし達選ばれたんですね!」

「これ、ひょっとして蚕神堂のお守りの……?」

 それぞれの理由でテンションが上がっていく月美と玲に、比較的冷静な辰真が声をかける。

「おい、一旦落ち着いて周りを見るんだ」

 狭い穴倉の中でドタドタと騒いだせいか、いつの間にか洞窟全体が振動を始め、天井から岩粒がぱらぱらと落ちてきている。ココムの親子達も洞窟の奥に移動を開始した。

「とりあえず脱出するぞ!」

 辰真が元来た道を戻り始め、2人も後に続く。背後に響く落石音を聞きながら、3人は洞窟の入り口に駆け戻る。息を切らせて彼らが穴から脱出すると、相変わらず発生していた霧が3人を包み込みすぐに視界を覆い隠す。やがて霧は晴れたが、洞窟の姿はどこにも見当たらなかった。全身砂埃と絹糸まみれの3人は、しばらくその場に座り込んでいた。

「結局金塊は見つかりませんでしたね。ココムに会えたのは嬉しかったですけど」

「手がかりも消えちまったしな」

「いえ、そうでもないわ。色々と収穫もあったし」

 玲がきっぱりと言い放つ。彼女の腕には、繭衛門の壺がしっかりと抱えられていた。



 数日後。辰真が研究室でレポートを書いていると、月美が何かを手渡してきた。

「森島くん、例のものが届きましたよ!」

 渡されたのはストラップ付きの小さな糸玉である。金色の糸で編まれており、光を浴びてもいないのに時折きらきらと輝いている。

「これって確か」

「はい、あの絹糸でできたお守りです!蚕神堂にあるのと同じ物をレイが作ってくれたんですよ。これでわたし達にもココムの加護があること間違いなしですね!」

 霧の洞穴から帰還した後、玲が立てた仮説は次のようなものだった。繭衛門は200年前、偶然霧の洞穴に迷い込んでココムに遭遇し、祝福を受けた。その後、幸運に恵まれて事業に成功した繭衛門はココムに感謝して蚕神堂を建立、洞窟にも度々訪れて壺などを奉納していたが、それが中途半端に伝わった結果「洞窟に金塊を隠した」という噂が誕生した。玲はこの仮説を証明するために揺木の妖怪伝承の研究を始め、壺や古文書を展示してもらうよう博物館とも交渉を開始している。

「レイが妖怪とか異次元事件に興味を持ってくれて良かったです。揺木の歴史には欠かせない要素ですからね!」

「まあ、そうだな」

 YRK内での米さんとの意見衝突も、今後は少なくなるだろう。……玲がオカルトに毒されないか少々心配だが。

「ほら、また輝いてますよ!ココムの幸運パワーを感じます!」

 月美は嬉々として携帯で自分のお守りを撮影している。レポートを提出し終わっているからといって呑気なものだ。期末試験も控えているというのに。

「うーむ」

 それにしても。辰真は改めて手の上の糸玉を眺める。やはり断続的に光っている。本当にこれに幸運を呼ぶ力があるのだろうか。だとすると、これも一種の異次元エネルギーを帯びているのかもしれない。だが、少なくとも電波を遮断する力はないようだ。ということは……いや、俺は何を深読みしてるんだ。この糸は異次元産かもしれないが、幸運なんて迷信に決まってる。

 辰真は糸玉をバッグの内ポケットに放り込み、レポートの続きにとりかかった。


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