第九話 ミステリーサークルの育て方 後編
~穀印生物サークルメイカー登場~
スーパー跡地の一画に残された、ミステリーサークルが刻まれたアスファルト。4人は現場を熱心に検証したが、その模様は畑のものと内部の文字に至るまでそっくり同じなこと・アスファルトが何らかの手段で抉られていることくらいしか分からなかった。更に周囲を調べると、直径20cmほどの極小サークルも幾つか見つかったが、やはりその模様は他のサークルと相似形だった。
やがて敷地外の一方向に向かってガラス片が点々と落ちているのを月美が発見、跡を追っていくと開けた草地へとたどり着いた。ここもやはり所有者に忘れ去られた土地であるらしく、端の方に古ぼけた納屋がぽつんと建っている他は何も残っていない。ガラス片の足跡は草地の中央あたりで途切れている。4人は周囲を探すが、それ以上の手がかりは見つからなかった。穀物庫か家畜小屋のような趣の納屋にも入ってみたが中身は空で、全身の血を抜かれた牛の死体が転がっているようなことはなかった。
仕方がないので4人は納屋に籠もり、今まで見つけたサークルについての再検討をすることにした。
「やっぱりわたしは米さんの意見に賛成です」
怪奇事件肯定派の月美が口火を切る。
「アスファルトにミステリーサークルを刻むなんて、UFOとか異次元生物でもないと不可能ですよ」
「確かにあれはイタズラにしては手が込みすぎているけれど」
玲はそう認めつつも疑問を差し挟むのに余念がない。
「私達が気付いてないトリックがきっとあるはず。宇宙人説なんかに頼るのはまだ早いわ」
「結局のところ現状手がかりが何もないからな」
これは辰真の意見だ。
「このまま話してても結論は出ないんじゃないか?」
中立派に見せかけてその実投げやりな意見だったが、確かに事実ではあった。黙り込んでしまう3人。しかし……
「いや待ってくれ!」
ここで第4の男、先ほどからずっと思案顔だった米澤法二郎が突然声を上げた。
「我々はとんでもない見落としをしていたかもしれん」
ここで一旦言葉を切り、意味ありげに辰真の方を見る。
「……一人を除いてだが」
「何ですか急に」
「米さん、ひょっとして真相が分かっちゃったんですか?」
「まだ仮説に過ぎないが筋は通っている。これが真実なら世界中の常識がひっくり返るぞ!」
「勿体ぶらないで教えて下さい。誰があのサークルを作ったんですか?」
「気持ちは分かるが落ち着きたまえよ白麦君。僕は先ほどからずっと、ミステリーサークルが見つかった状況について再検討していたんだ。その結果、驚くべき事実に気づいてしまったのだよ……!」
米澤はかなり勿体ぶった様子で語り始めた。
「最初にサークルが発見された淡島氏の畑についてだが、どんな穀物が育っていたか諸君は覚えているかね?」
「よく覚えてないですけど稲じゃないんですか」
穀物に詳しくない辰真が適当に答え、月美がフォローを入れる。
「でも確か、稲刈りの時期ってまだまだ先のような……」
「その通り。あの場に実っていたのは稲ではなく麦、それも大麦だ。では、何故麦畑にサークルが作られたのだろうか?」
今度は玲が興味のない様子で答える。
「深い意味はないんじゃないですか?今は麦秋の候ですし、誰かが畑にイタズラするなら高確率で麦畑を選ぶでしょう」
「まあ、普通はそう考えるだろうな。しかし結論を出す前に第二の現場、荒らされた廃倉庫のことを思い出してみよう。あの場には異臭が立ちこめ、とある種類の酒が地面に撒き散らされていた。どんな酒だったか気付いたかね?」
「いや、気にしてませんでした」
「私も。ミステリーサークルの方に注目してたので」
辰真と玲とは対照的に、月美はあっさり答える。
「え、あれってウィスキーの匂いですよね?お祖父様が家でよく飲んでます」
「正解だ!君達もビールやサワー以外の酒のことを少しは知っておかなきゃいかんよ。さっきのは匂いからしてモルトウィスキーだろう。そしてウィスキーの主原料は麦芽だ。中でもモルトの原料と言えば……そう、大麦なのだよ」
米澤はここで再び言葉を切り、さぞかし驚いただろうと言いたげな顔で3人を見渡した。とはいえ辰真には驚くべきポイントが全く分からなかったし、玲も不可解そうな表情である。唯一真剣に聞き入っている月美もピンときていない様子だ。
「つまり、現場に大麦っていう共通点があるって言いたいわけですか?」
玲が3人を代表して質問する。
「正直それに深い意味があるとは思えません。単なる偶然では?」
「相変わらず君は頭が固いな。森島君はとっくの昔に真相に気付いていたというのに」
「いや気付いてないです」
「謙遜は止めたまえ。まあいい、僕から発表しよう。ミステリーサークルが大麦の畑に作られたのは偶然ではない。ウィスキーの件を見ても分かるように、むしろサークル製作側にとっては大麦であることの方が大事だったんだ。ミステリーサークルの製作者、恐らくは異次元生物は何故大麦を好むのか?答えは簡単、それが彼らの好物だからだ!つまり、ミステリーサークルの正体は異次元生物の食事跡だったんだよ!!」
「ほ、ほんとですかー!?」
「思い返してみれば、揺木市内でのミステリーサークルの発見は今頃の時期に集中していた」
米澤が語る。
「すなわち初夏、それも梅雨入り前の時期だ。どうして気付かなかったのだろう!今考えれば理由は明らかだ。未知のサークルメイカー諸君の目当ては食糧だったのだ。揺木市北部の米農家では麦との二毛作が昔からの主流だからな。そうだろう白麦君?」
「……そうですね」
「これは僕の推測だが、繁殖も来訪理由の一つなのではないか?大サークルから小サークルが生まれるという森島君の意見は核心を突いていたというわけだ」
「鋭いですよね!わたし尊敬しちゃいます」
なお、現在過剰に持ち上げられている辰真は壁際で遅めの昼飯にありついていたので会話には参加していない。
「そして今、遂にサークルメイカーが人類の前に姿を現そうとしている。歴史的瞬間はすぐそこまで来ているのだ!準備はいいか諸君?」
「勿論ですっ!絶対見逃しませんよ!」
「はいはい、うまくいくといいですね」
目を輝かせている月美とは対照的に、玲は妙に冷めた様子である。
「やれやれ、人間説が破られて不貞腐れてるのかね。困ったものだ」
「そんなわけないでしょう!勝手に人間説を殺さないでください。UFOだかなんだか知りませんけど、そんな仕掛けで捕まると本気で思ってるんですか?」
「分かっていないな、これは由緒正しい仕掛けだよ」
自信満々に言い放つ米澤の右手には太い紐が握られていた。紐は納屋の裏手にいる彼の手から地面を伝って表側の草地に伸び、敷地中央に立てられた棒に巻き付いている。棒の先端は地面に伏せられた大型のザルの片端を持ち上げている。紐を引けば棒が倒れてザルが地面に被さる古典的トラップだ。
そしてザルの下に置かれた皿には大麦の穂や麦チョコが積まれ、隣にはウィスキーが注がれたグラスもある。畑の隣で拾った穂以外は先ほど米澤達が近くのスーパー(現役)で買い込んできたものだ。
「今時誰もこんなのに引っかかりはしませんよ。子供じゃあるまいし」
「何を言う、僕が狙っているのは正しく子供さ、サークルメイカーのね。野生動物は餌で釣るのが基本だよ」
「もういいです、これ以上こんな茶番に付き合ってられません」
そう言って玲が立ち上がり、帰ろうとしたその時、納屋の反対側で物音がした。何かが大麦皿に接触している。米澤が反射的に紐を引き寄せる。ザルが地面に倒れる音、次いでガサガサとザルが揺れる音が聞こえた。何かが罠にかかった!4人は顔を見合わせると、納屋の表側を覗き込んだ。ザルの内部で小さい物体がふわふわ宙を漂いながら網に体当たりしている。それは薄っぺらくて円形の「空飛ぶミステリーサークル」とでもいうべき物体、いや生物だった。
UMAの捕獲に成功したYRKメンバーは納屋の中に移動した。床の中央には米澤が用意したプラスチック製の虫籠(大)が置いてあり、「空飛ぶミステリーサークル」が中に入れられている。米澤は虫かごに顔を接触寸前まで近付けて熱心に観察し、反対側からは月美がデジカメのフラッシュを焚きまくり、辰真と玲はやや離れた位置から見守っていた。
サークル型生物は虫籠の上方をひらひらと漂っていた。4人が観察したところによると、彼らが最初に抱いた「空飛ぶミステリーサークル」という印象は間違いではないが、正確でもない。例えばインクを着けて押印するとミステリーサークルの形が残るハンコがあったとして、そのハンコの印面を薄く切り取ったような姿をしているのがこの生物だ。つまり、サークルの模様の部分だけが浮き彫りになっている。直径は約20cm、体色は象牙色で微かに発光していた。
米澤が虫籠の蓋を開け、大麦が敷かれた皿を中に設置する。サークル生物はすぐに飛んできて皿の表面に覆い被さった。体の発光が一瞬強くなり、直後に生物が皿から離れる。残された皿表面の麦は生物が接触していた部分だけ綺麗に消え、小規模なミステリーサークルが完成していた。
「おお……おお……」
「こうやってミステリーサークルは作られてたんですね!」
興奮しすぎて過呼吸ぎみの米澤に代わり、月美が歓声を上げる。
「しかも見てください!模様に沿ってお皿も少しだけ削り取られてますよ」
「本当だ、皿まで食われてる」
「信じ難いけど……認めざるを得ないわね」
「やっぱり地面に刻まれてた模様もこの子達の仕業だったんですよ!」
「そう、そうに違いない!」
ここで米澤が過呼吸から回復して長々と喋りだした。
「諸君、我々は遂に異次元生物によるミステリーサークル制作の決定的瞬間を目にした。当初の想像とは少々違う形ではあるがね。これで世界各地のミステリーサークル事件も本物である可能性が高まったわけだ。各地で模様が異なるのは単に個体差によるものだったという事だ。恐らく大麦以外の穀物を好む種族や個体もいるのだろう。これで世界のミステリーサークル研究も次の段階に進むだろう!僕はこの発見を機に、この生物を正式にサークルメイカーと名付けたい。さあ、人類とサークルメイカーとの出会いに乾杯しようではないか!」
そう言うと米澤は平皿にビールを注ぎ、虫籠内に入れる。小型サークルメイカーはすぐに平皿に向かって舞い降りるとビールにその身を浸した。
「見てください、ちゃんと飲んでますよ。可愛いですね!」
「君達も一杯どうかね?勿論ウィスキーでもいいぞ」
後輩に酒を進める米澤の顔面は既に赤い。
「私達は麦茶でいいです。昼間から呑んだくれる気はありませんから」
「それより麦チョコをあげてみましょうよ!」
「パンは食うのかな。小麦だけど」
虫籠を囲んでがやがやと話し合っていた4人は、自分達がいる納屋に先程から異変が起こっている事に気付かなかった。
最初に異変に気付いたのは玲だった。
「ねえちょっと……さっきからこの小屋、揺れてない?」
彼女の言葉を聞いて3人が周囲を見回す。確かに床や天井が奇妙に震えている。しかし地震ではないようだった。彼らが立っている地面は揺れていなかったからだ。まもなく上方向に更なる異変が追加された。ボロボロの屋根板の間から、日光にしては強すぎる白い光が差し込んできて納屋の中を照らす。数秒後には強い発光と共に何かがぶつかるような音がし、屋根が軋む。一度ならず二度、三度。この時、虫籠の中の小型サークルも同様に籠のフタに体当たりを始めたのだが、頭上に注目していた辰真達は誰もそれに気付かなかった。
上から何度も激突されるにつれ、ただでさえボロボロの屋根板にヒビが入り始めた。4人が見守る中、多数の小さなヒビはやがて一つの形を形成していく。巨大な円と、内側の文字状模様。屋根には新たなミステリーサークルが完成しつつあった。
「あっ……!」
この時ようやく4人は虫籠の中のサークルの挙動に気付き、全てを悟った。
「そいつを逃がしたまえ!」
米澤が鋭く叫ぶ。
「急げ!屋根が落ちてくるぞ!!」
辰真がフタを開けると、小さなサークルメイカーは虫籠から元気よく飛び出して上昇し、ヒビの隙間を通って納屋の外へと抜け出した。
米澤達が納屋の外に駆け出るのと納屋の屋根が落下するのはほぼ同時だった。息つく暇もなく、彼らは唖然として上空を眺める。そこには大きさも色も様々なミステリーサークルが大量に浮かんでいた。まるで空がパワースポットになったかのようだ。虫籠から飛び出た小型サークルメイカーは、群れの中心、納屋に体当たりを繰り返していた一際大きな個体に向かって飛んでいく。小さな個体が合流すると、サークル群は北西方向に向かってゆっくりと移動し始めた。
「そうか……繁殖を終え故郷に帰るのだな」
米澤はサークルメイカーと同じ方向に走りながら大きく手を振った。
「さらばだ!立派なミステリーサークルになるんだぞおおぉぉ!」
「また戻ってきてくださいねーっ!」
月美も叫ぶ。玲と辰真も、言うべき言葉が見つからなかったのでとりあえず手を振った。
茜色の夕焼けを背景に、幻想的な光を放つサークル達が空を滑るように飛んでいく。その光景は、事情を知らない人が見れば「空飛ぶ円盤」の大群に見えたかもしれない。4人が見守る中、サークルメイカー達は地平線の彼方へと消えていった。




