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第九話 ミステリーサークルの育て方 中編

                ~???????登場~


 揺木を昔から支えてきた産業は2つある。1つは揺木街道が通っている立地を生かした運送業、もう1つは農業である。今でも運送会社が市内に複数存在するなど活発な運送業に対し、農業は昔に比べて勢いを弱めている。

 より詳しく言うと、戦前まで栄えていた養蚕業が衰退して以降、市内の農業人口は少しずつ減少していた。特に近年では揺木市のベッドタウン化に伴い南部・東部の宅地開発が進み、農家の姿はほとんど見られなくなった。だが、北部では依然として農業が重要な位置を占め続けている。中でも百畳湖及び一条川が存在する北東部には水田や果樹園が立ち並び、昔ながらの田園風景が今も広がっている。今回ミステリーサークルの被害に遭ったのは、ここ北東部の一画に広大な農地を持ち、梨農園の経営者としても知られる淡島六郎氏の敷地内であった。


 問題の畑周辺には、既に事件を聞きつけた野次馬達が集まっていた。畑は平地にあるため、全体に刻まれた模様を外縁から確認するのは難しい。そして周縁部には真新しいトゲ付きの柵が設置され侵入も困難だったので、野次馬連中はがやがや言いながら畑の周辺をうろつくのが関の山だった。

 YRKの一行が現場に着くと、諦めの悪い野次馬の一人がちょうど柵を乗り越えて侵入しようとしたところだった。どうやら柵には警報機がついていたらしく、周囲に甲高い音が鳴り響き、淡島氏らしき男性が自宅から飛び出てくる。野次馬が道を開ける中、マイクを持った女性が人混みを抜けて彼を追いかけていく。

「あれはひょっとして!」

「ああ、綾瀬川さんだな。怪奇事件情報局もチェックしてるって言ってたし」

「業務中にあんなサイト見てるなんてどんだけ暇人なのかしら」


 辰真達が遠巻きに見守る中、綾瀬川記者は淡島氏にインタビューを仕掛ける。

「淡島六郎さんですよね?そこの畑に残された模様についてお話を……」

「帰ってくれ!」

 残念ながら淡島氏の態度は友好的ではなかった。

「お気持ちは分かりますが、市民の皆さんも気になっているんですよ」

「うるさい。こっちは収穫の準備で忙しいってのに、誰だか知らんがくだらないイタズラしやがって。朝早くから防護柵やら設置するのにどれだけ手間かかったと思ってるんだ。いいから早く帰ってくれ。ほら、お前らも、さっさと帰れ!」

 淡島氏が人混みを追い散らしながら警報機を元に戻す。すると今度は別の場所で警報音が鳴り響き、淡島氏は怒鳴り声を上げながらそちらに向かう。インタビューは無理そうと踏んだのか、綾瀬川記者は不服そうに畑を離れる。

「なんとも騒々しいわね」

「絵理さーん!……行っちゃいました」


「おーい諸君、こっちに来たまえ!」

 3人が振り返ると、少し離れた場所に立っていた米澤が呼びかけていた。

「米さん、何をしてたんですか?」

「なに、ミステリーサークルの形を調べていたのさ。あの連中が注意を引きつけておいてくれたおかげで気付かれずに済んだ」

「気付かれなかったって、畑には入れないんじゃ」

「そうでもない」

 米澤が上空の一点を指さす。すると、その指先に向かって空から何かがゆっくりと降下してきた。あれは……

「なるほど、ドローンですか」

 玲が呆れとも感心ともつかない声で言う。

「よく持ってますね」

「最近は監視の目も厳しいから、ああいう小道具が調査に必須なのだよ。あれは僕が改造したUMA探索専用モデルだ。残念ながら半魚人は取り逃がしたがね」

 4人はドローンを回収すると、淡島氏の敷地の隣の区画、長らく放置されているスーパー跡地に向かった。外部からの死角になっている建物の陰に移動し、米澤がドローン搭載のカメラをタブレットに繋ぐ。程なくして、掲示板で見たものよりも鮮明なミステリーサークルの写真が端末画面に映し出された。


「見たまえ、この見事な円形模様。人の手で造り出すのは到底不可能とは思わんかね?内部に並んでいる謎の文字も興味深い。生憎見覚えはないが、判明している宇宙人文字と後で照合してみよう」

「でも、わざわざ現地に来てまで撮影しなくてもよかったんじゃないですか?衛星写真とほとんど同じですよ」

「まだまだ甘いな森島君。あまり知られていないことだが、揺木市上空には遮蔽性の高い特殊な霧が定期的に発生しているらしく、衛星写真がまともに撮れることはかなり珍しいのだよ。それに、こっちの写真とは明らかな相違点があると思うがね。見比べてみたまえ」

 米澤がタブレットの画面を分割し衛星写真を表示させる。辰真達は画面を覗き込み、すぐに気付いた。

「これは……」

「ふ、増えてますよ!」

 ミステリーサークルは確かに増えていた。衛星写真の方には画像の中央に直径5mほどの巨大なミステリーサークルが1つだけ写っていたが、ドローンで撮った方の写真では、巨大な円の周囲に小型のミステリーサークルが幾つも確認できる。

「つまり、これらの小サークルは今朝以降に制作されたことが分かる。そして」

 米澤がタブレットの画面を突つき、小サークルを拡大させる。

「これらの小サークルは、大サークルの完璧な相似形となっている。これだけの精度のサークルを、人に見られるかもしれない時間帯に畑に侵入して制作できるわけがない。つまり!」

 米澤は自信満々に宣言した。

「これは疑いなく「本物」のミステリーサークルだ!」


「それはどうでしょうか」

 すかさず玲が冷水を浴びせる。

「イギリスの最も有名な犯人は、ミステリーサークルの制作に製図ソフトを使ってましたよね?コンピューターを使えばどれだけ複雑で精巧な模様でも簡単に作れますよ。それに、充分な人数の人間がいれば短時間で多数のサークルを作れるというのも多くの実験で証明されてます」

「その通りだ。よく調べているね」

 米澤は涼しい顔で受け流す。

「しかし、君は大事なことを忘れている。先ほどの淡島氏の言葉を覚えているかね?朝早くにミステリーサークルに気付いてから、畑の周囲に柵を設置したりと忙しく動き回っていたそうではないか。そんな時に大人数で畑に侵入できたとは思えんよ」

「それは……じゃあ何だったら畑に忍び込んでも気付かれないというんですか?」

「僕はもちろんUFOを推すね!ステルス機能を持ったUFOは今までにも多数報告されている」

「そんな説を信じるくらいなら私は人間説を支持します。気付かれずに侵入する方法なんていくらでも考えられますから」


「UFOを推す根拠はそれだけじゃないぞ。写真をもう一度よく見てみたまえ。サークル内部の穀物が綺麗に刈り取られているのが分かるだろう」

 辰真と月美がもう一度タブレットを覗き込む。ミステリーサークルの拡大写真を凝視すると、確かに内部の作物は刃物か何かで綺麗に刈り上げられていた。

「本当ですね。こんな細かいところにまで気付くなんてさすが米さんです!」

「一般的な「本物の」ミステリーサークルでは、内部の稲や麦は折れていない状態で地面すれすれに倒されていることが多い。人間が作ったサークルは内部が無残に踏み折られているので、本物を見分けるための重要なポイントなのだが、残念ながら今回は参考にならない。しかし!この内部が刈り取られているという特性は、揺木市内においては重要な意味を持つのだ」

「どういうことですか?」

「過去に揺木市に出現したミステリーサークル情報を分析してみると、これと同じようなサークルがかなり高い頻度で出現している。つまり、市内においてはこの形状のサークルこそが「本物」であるという証拠になるのだよ!」

「なんでそういう結論になるんですか。内部が刈られてるだけなら人間でも楽に作れます。むしろ人間が作った証拠になると思いますが」

「そんなことはない!過去のデータによれば……」


 米澤と玲は言い争いを続けるが、証拠不足のためどちらの説も決め手に欠け、議論は膠着状態に陥ってしまった。二人を放置して写真を調べていた月美が小さな声で呟く。

「でも、どうして後から小さいサークルを追加したんでしょう?」

「そう、そこだよ重要な点は」

 発言を耳ざとく聞きつけた米澤が議論を打ち切って言った。

「何故小型のサークルが後から複数発生したのか?一旦みんなで考えてみようではないか。ちなみに僕はあの模様そのものに意味があると考えている。おそらく一種の魔法陣なのだろう。後から縮小版の模様を追加したのも、儀式上必要な配置なのだろうな」

「単に、小さい方が「人間が」作るのに労力がかからないからじゃないんですか?」

 再び議論が始まりそうになったのを見て、月美は辰真に話題を振った。


「森島くんは?どう思います?」

「え?ああ、そうだな」

 辰真は先ほどからずっと上の空で、昼飯(まだ食べていない)のことばかり考えていた。当然この件に関する意見など何もなかったので、その場の思いつきを適当に述べることにした。

「自力で増えたんじゃないか」

「え、どういう意味ですか?」

「だから増殖したんだろ。親サークルから子サークルが生まれたんだよ。きっと」

「……」

 その場に沈黙が下りる。月美は「すごく革新的な意見ですね!」と言いたげに目を輝かせているが、玲と米澤は「何言ってんだこいつ」と言いたげな視線を彼に浴びせていた。この2人から同時にこんな視線で見られたのは辰真が史上初だろう。しかし誰かが再び口を開く前に、何かの落下音がその場に響き渡った。


 4人は敷地の奥、音がした方角へと向かう。倉庫らしき建物の裏手に回り込むと、薬品のような独特の臭いが一行を出迎えた。倉庫入り口前の地面にはガラス片と濁った色の液体が散乱している。臭いから判断するに、倉庫に眠っていた酒瓶を誰かが引っ張り出して叩き割ったらしい。しかし、4人の視線は酒の残骸ではなく地面そのものへと向けられていた。

「ふむ、これは面白い痕跡だ」

 水浸しのアスファルトには円形の模様が刻み付けられていた。その模様は、大きさも形も畑にあった小サークルとそっくり同じだったのだ。


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