第39話 アベラント・インディケーション 後編
side:イェルナ・トゥモロー
揺大祭1日目の夕方。キャンパス北部、旧校舎群や城崎研究室から少し離れた山林地帯に、彼女は一人佇んでいた。周囲には木々がまばらに生えるのみで、空から差しこむ月光が視界を僅かに白く染める。そんな侘しい空間の中、イェルナは自信満々な表情で薄闇を見つめていた。やがて彼女は、持っていた鞄から一冊の本を取り出す。本の題名は『揺木大学学長回顧録』。大学図書館から先週借りてきたものだ。この場所を見つけ出すのに、この本は大いに役に立ってくれた。
そう、最初にこの大学の敷地に足を踏み入れた時から、あのオブジェの事は気になっていた。行き交う学生達は誰一人として気付いていないようだったが、あれはどう見ても異次元生物ヴォラージェルの姿を象った物にしか見えない。アベラント事件報告の多いこの土地の特性から考えても、かつて付近にヴォラージェルが出現した可能性は非常に高いと予想。そしてヴォラージェルはエーテル属性の霧を周囲にばら撒く習性がある。うまく扱えば、これからの我々の計画に大いに役立つだろう。
そうと決まれば、やる事は決まりきっている。大学の歴史研究サークルに乗り込んで、そこにいた代表に「第3の眼」を使って話かけ、像の由来を尋ねる。そして「回顧録」の存在を聞き出すと、そのまま大学図書館へ行って利用者登録を行い、あっさりと本を借り受けた。それにしても、この国の施設のセキュリティの甘さには呆れるばかりだ。偽造した身分証明書を使うまでもなかったとは。名前は適当に書いてしまったが、どうせもう来ることはないだろうから問題ない。そして、ARAの翻訳装置でくまなく解読し、角谷礼男がヴォラージェルらしき生物を見かけたという記述の場所を特定。更に最新技術で異次元エネルギーの残留思念を本から抽出し、それを辿ってこの場所に辿り着いた。
それにしても寂しい場所だ。標柱一つ残っていないので、特定できないのは無理もない。だが逆に言えば、誰にも怪しまれることはないだろう。強いて言うなら、例の学生2人なら何かに気付くかもしれないが、まあ気にする事はない。シェセンはあの2人を高く評価してるようだけど。
そんな事より、そろそろ始めよう。イェルナは鞄の中から、もう一つの荷物を取り出した。それはカンテラのような形状で、側面には黒色のガラスが嵌っているらしく、内部を見透かす事はできない。だが、彼女が上部の取っ手を掴んで左右に揺らし始めると、カンテラの中に火が灯るように、薄紫色の光がガラスの内側から浮かび上がる。その色は、かつて辰真達が手にした異次元の煌石「メギストロン」にそっくりだった。やがてカンテラは菫色に輝き、光を周囲に向けて照射し始める。そして、それに呼応するかのように、イェルナの眼前に巨大な光の亀裂が発生する。
全ては順調。予定通りに進めば、明日の夜にはヴォラージェルを呼び出すことができる筈だ。そうすれば、我々の計画も次の段階へと進める__
「もう少しよ、パパ」




