第38話 夢幻からの襲撃 2/4
こうしてヴォラージェル対策調査に乗り出した月美達だったが、肝心のオブジェを隅々まで観察しても、特に手がかりは発見できなかった。
「やっぱりこの像を作った時の記録を調べるべきなんじゃないか。初代学長が作ったんだろ?」
「はい、以前レイに聞いた事があります。今から約30年前、揺木大学が設立された時の初代学長だったのが百谷礼男先生です。このオブジェは開校当時からこの広場に設置されてたらしいんですが、それを作らせたのが百谷学長だったそうですよ。かつて自分が目撃した光景を美術家に忠実に再現してもらったとか」
「って事は、学長は昔ヴォラージェルの姿を見てたのか?」
「その可能性は高いですね。他に情報はありますか?」
「すみません、これ以上の話は覚えていないんです。レイとも昨日から連絡取れないし。でも確か、図書館にあった回顧録か何かに書いてあったって聞いたような」
「よし、じゃあ図書館行くか」
3人は早速図書館に向かったのだが、一つ大きな問題が発生した。すっかり忘れていたが、揺大祭開催中は図書館が閉まっているのである。
「これじゃ今日は確認できなそうですね……」
残念そうに呟く月美の横で、辰真が真剣な口調で告げた。
「いや、まだ手はある」
「それで私を呼んだってわけなのー?揺大祭中は休館なの知ってるでしょ?」
そう、辰真が呼び出したのは従姉にして大学職員、そして司書でもある森島祭香だった。
「でも祭姉なら入れるし、貸し出し記録を調べたりできるだろ。頼むよ、人助けだと思って」
「調査のためならしょうがないかー、城崎教授に事後承諾貰っといてね?」
そう言って祭香は3人を伴って図書館に入り、司書用のPCを使って蔵書の確認を始めた。
「あったわ、『揺木大学学長回顧録』百谷礼男著。所蔵は1冊だけで閉架書庫にもなし。現在の状態は貸出中」
「あちゃー、駄目か」
「ちなみに、数年間動きがなかったんだけど、一週間前に突然貸し出されてるわねー」
「誰が借りたかの確認はできるでしょうか。どうしても読みたいのです」
「本当はダメなんだけどなー__えーと、学外の人みたいね。カードを作って貰ってるから名前は分かるけど。YESTERDAY?珍しい名前の外人さんね」
「い、イエスタデイ?」
辰真と月美は顔を見合わせる。イエスタデイという名前の人物そのものは知らないが、近い名前の人物ならば心当たりはあった。
「稲川、イェルナの苗字って……」
「トゥモローですね。でも、それだけじゃないですよ。ソルニアス教授のファミリーネームも、同じくトゥモローです」
「え?全然気付かなかった……」
「森島くん、先生から教授のフルネーム教えてもらってませんでした?」
「正直忘れてた。となると、教授とイェルナって親戚なのか?」
「珍しい苗字だし、可能性はあります。ただ2人とも家族とかのプロフィールは公表してないですし、揺木でも揃ってる所は見たことないですけど」
ここまで小声で話したところで、2人はシェセン達を置き去りにしてる事に気付いた。
「借りていった人をご存知なのですか?」
「い、いや、知り合いの可能性があるってだけだ。キャンパスにいるかもしれないから、会ったら聞いてみるよ」
辰真達はシェセンと別れた後もヴォラージェルについての調査を続けたが、結局それ以上の手がかりを得ることはできなかった。仕方がないので、2人は次善の策として、昨日から引き続き揺大祭に参加している知り合い達にヴォラージェル出現の危険性を警告して回っていたが、その途中で米さんから呼び出しが入り、対談の準備のため会場に向かった。
「ヴォラージェルの手がかりは見つからなかったな」
「でも、特災消防隊の皆さんや里中主将率いる体連の方々には危険性を伝えることができたじゃないですか。有事の時には皆さん協力してくれるって言ってくれました。頼もしいですね」
「まあ確かに、ここまで揃ってることはあまり無いからな。むしろ今日出現してくれた方が対処が楽かもしれん」
「またそんなことを言って……そろそろ時間ですね、入りましょう」
午後17時30分頃。辰真と月美は新築されたばかりの体育館で、対談の様子を見守っていた。ステージ上には三脚の椅子が用意され、向かって左に城崎先生、中央にソルニアス教授、右側に司会の米さんがそれぞれ腰掛けている。辰真達は教授の様子を注視していたが、今の所特に変わった様子は見られず、終始穏やかに受け答えしている。いずれにせよ、対談が終わったら捕まえて回顧録について問いただすつもりだが。背景の巨大スクリーンには、辰真達や消防隊が提供したアベラント事件や怪獣の写真・記録映像が次々と映し出されていた。アリーナ部分にはパイプ椅子がずらりと並べられていたが、意外にも半分以上の座席が埋まっている。学生だけでなく、老若男女様々な揺木市民が聴講に来ているようだ。月美の言っていたように、世間的にもアベラント事件への関心が高まっているのだろうか。一番後ろの列の座席に座りながら、辰真はそんな事を考えていた。
一方、ステージ上では米さんが先生達に新たな話題を振っていた。
「それでは、今後も増え続ける異次元事件について、我々はどのように向き合うべきか?先生方の意見を伺いたいと思います!まずは城崎先生、いかがですかな?」
「そうですね」
城崎先生はいつもの異次元社会学講義の時と同じく、落ち着いた態度で話し出した。
「私は15年以上、異次元中央研究所メンバーとして日本各地のアベラント事件に関わってきました。研究を始めた頃は、事件が発生するのは山間部や離島、廃墟といった場所が多かったのですが、近年は都市部での発生が増加しています。それに伴い、怪獣や異次元人に対する人々の認識も、今までは都市伝説程度でしかなかったのが、徐々に変わってきているように感じます。もちろん、例外もあります。例えばここ揺木市では昔からアベラント事件を当然のこととして受け入れ、人々は異次元現象と、ある意味共存している。研究者にとっては素晴らしい場所です。日本政府も特災消防隊の設置を許可するなど、アベラント事件対策のモデル都市として揺木を注視してはいますが、それだけではまだ足りない」
先生は一度言葉を切り、会場を見回してから再度話し出す。
「これは授業でも何度も言っていますが、日本政府はアベラント事件の存在を公に認めるべきです。近いうちに必ず、日本国民全員がアベラント事件と向き合わなければならない時期がやって来る。その時、揺木市民の皆さんが日本社会を先導し、異次元現象との共生を示していく役割を果たすのではないか。私はそう確信しています」
「さすがは城崎先生、素晴らしい!ではソルニアス教授のご意見は?」
「そうだね、今のドクター・ジュンイチの考えはとても前向きで素晴らしいと私も思う。だが、同意できない点も幾つかある。私は30年以上、アベラント・クリミノロジー、すなわち異次元犯罪学の研究をしてきた。その中で観察してきた、人と超常現象の関わりには様々な形があったよ。クリーンな形から、トラジック(悲劇的)な物まで_」
教授の話を聞いている最中、隣に座っている月美が辰真の肘を突いた。振り向くと、彼女は前方上部を指差している。その先にあるのはスクリーンだけだが__
「!?」
辰真はそこで異変に気付く。映し出されるのは辰真達の知っているアベラント事件の映像だけのはずなのに、いつの間にか全く知らない映像が映し出されている事に。それは、何の変哲も無い林の中に見えた。茶色の目立つ草地にまばらに木々が生えているだけで、動物の姿などは一切確認できない。まるで特色のない場所ではあるが、辰真達は不思議と、この光景に馴染みがあった。キャンパス北部、城崎研究室の周辺やその奥にはこんな感じの山林地帯が広がっている。おそらく、研究室から薄明山周辺までの何処かではないか。問題は、どうしてそんな場所がスクリーンに上映されているのかという点なのだが。
「先ほどのジュンイチの予想は、少しポジティブに過ぎると考えている。社会にいるのは、君やここに来てくれた人々のように、善良な人間ばかりではない。人間が社会単位で超常現象に接触すれば、必ず混乱が生まれる。悪用する連中も出てくるだろう。そのような混乱を制御するためには、統制も仕方ないというのが日本政府の考えだろう」
教授が話し続けている間に、スクリーンの中の映像には徐々に変化が起こり始めていた。茶色の草地の表面に、いつの間にか青白い光のラインのようなものが発生している。それも1本や2本ではない。明らかに何らかの異次元現象が発生する予兆だ。そう推理した辰真だが、同時に奇妙な不安にも襲われていた。この映像、以前揺木の何処かで事件が起きた時の記録映像かと思っていたが、本当は実況中継なのではないか?特に根拠のない想像だが……
「__そして問題は、何も人間側だけではなく、アベラント現象の側にもある。ここ揺木では世界的にも稀な頻度で事件が発生しているが、今までのものは比較的ハザードレベルの低いものばかりだったと言える。エド・ピリオドの一時期を除けばね。しかし、これからは分からない」
まるで教授の話と連動するかのように、映像内の変化が激しくなってくる。青白いラインは、茹で卵の表面に入ったヒビのように縦横無尽に地面全体を覆うまでになり、加えて地面全体が振動を始めているように見える。辰真も月美も顔面蒼白になっていたが、今は推移を見守ることしかできない。
「アージェント・クォータが7を容易に超えるような、恐るべきアベラント事件が__」
とうとう大地が下から隆起しはじめ、聴講していた学生や市民達にもざわめきが起きる。
「今まさに、このユラギの何処かで起きているかもしれないのだ」
盛り上がった地面が、青白いラインに沿って細かく割れ、破片となって空中へ放り出されていく。
「ほら、こんな風に」
ソルニアス教授が背後を振り返ったその時。砕け散った地面の下から、巨大な何かが姿を表す。白みがかった半透明の形は安物のビニール傘を思い出させるが、カバーに当たる部分の下あたりからは多数の触手が垂れ下がっている。そのまま空中にふわりと浮遊した異次元生物ヴォラージェルは、多数の触手の先端から一斉に紫色のガスを噴出し始めた。




