第36話 揺木占い最前線 2/4
「では改めて、貴方の基本的な性格を視てみましょう__太陽は天秤宮、月は双子宮。アセンダントは人馬宮__第10ハウスに太陽と金星__アスペクトは、月と海王星が120ですか。そして、土星と冥王星が__」
占星術モードに入ったシェセンは、暫くのあいだ専門用語を口走りながらホロスコープを見つめていたが、やがて考えをまとめて辰真に向き直る。
「天秤宮の貴方は、根本的に落ち着きがあり、中庸で、平和を重んじるという性質があります。思考や感情においても、なるべく他人に合わせようとする傾向がありますが、一方で他者の視点からはマイペースと見なされがちです。天秤宮らしくバランス感覚に富んでいる一方で、金銭面ではやや浮き沈みが激しいようですね。仕事においては才能を開花させる素質に恵まれています。危機回避能力も高く、どんな仕事でも大きく失敗することはないでしょう。またライジングスターである冥王星の加護として、洞察力にも恵まれています。ですが冥王星は表裏一体。大きなトラブルを引き寄せやすい一面もあるのでご注意を。大まかな特徴としては以上ですが、いかがですか?」
「うーん……」
シェセンの診断は、確かに自分の性格を正しく指摘しているように思える。しかし、占いをあまり信用していない立場から正直に言えば、誰にでも当てはまるようなことを言っているだけなのではという疑念も拭いきれなかった。そんな感想を口にすると、シェセンは微笑んでこう言った。
「いい意見です。常に中立を心がける姿勢は立派だと思いますよ。では趣向を変えて、現在に至るまでの貴方の人生における出来事を視ていきましょう」
シェセンが水晶玉に再度手をかざすと、星座盤の外側にもう一つの円が重ねられ、ホロスコープが二重構造になった。外側のドーナツ状になっている部分にも、内側と同様に10個の天体が配置されている。更に彼女が水晶玉を回すように手をひらひらと動かすと、外側の円周部分だけが反時計回りに回転を始めた。もちろんそれに連動して、天井に浮かび上がる天体も反時計回りに回転し始める。
「天体の配置は、当然ながら時が経つにつれて少しずつ変わっていきます。外側の円における天体の動きはそれを示したものです。これを誕生時の配置と比べることで、占断を行うわけですね」
しばらくの間、ホロスコープ上の天体は穏やかに周回を続けているだけで、辰真の目では何の情報も読み取ることができなかった。しかし時折、星座盤のあちこちに黒い点のようなものが突然現れたり消えたりするのが妙に気になる。やがて黒い点の数と大きさが増加し始め、天体が見えづらくなってきたところでシェセンはホロスコープの回転を止めた。
「なるほど。大学に入るまでは比較的平穏な人生を歩んでいたようですね。ですが、気になる出来事が幾つか見受けられました。例えば、こことか」
星座盤が逆回転し、ある箇所で止まる。黒い点が少しだけ発生している所だ。
「日付的には、恐らく高校時代の体験でしょう。星のお告げは__空の影、トラック、右脚、痛み、そして病院ですか。貴方はこの日、空に現れた何かに気を取られ、交通事故に遭った。不幸にも右脚を骨折し、少しの間入院してしまったのですね」
「……」
辰真は無言で頷く。シェセンの言う通り、高校2年の頃にトラックに跳ねられ、数週間入院した経験がある。幸い後遺症などは全く残っていないが、平凡だった高校時代の思い出としてはかなり鮮烈な部類だ。それにしても、あの時見かけた空に浮かぶ影は一体何だったんだろうか。今になって思えば、あれもトバリのような異次元生物だったのかもしれないが__
「次の出来事を視てもよろしいですか?」
「ああ」
再び星座盤が逆回転し、今度は更に黒い点が増えている場所で止まる。
「中学生頃の出来事でしょうか。海辺、影、サイレン、高波。……これはひょっとして、噂に聞くツナミ災害ですか?よくご無事でしたね」
「いや、多分それは波崎に行った時のだ」
確かあれは、家族旅行で波崎に行っていた時の事だった。夕方頃、1人で海を眺めていた時、沖合の方に巨大な影を見つけたのだ。自分だけでなく、浜辺にいた他の何人かも影に魅入られたように波打ち際に引き寄せられていた。気付いた時にはサイレンが鳴り響き、沖合からは高波が迫っていた。地元の人に助けられなかったら、まとめて波に呑み込まれていたかもしれない。そう、言われるまで忘れていたが、波崎で怪奇現象に遭遇するのはこの前の合宿が初めてではなかったのだ。
「成る程、興味深いですね。では、最後にもう一点だけ。小学生頃の体験です」
次に星座盤が止まったのは、黒い影が今までで最も密集している箇所だった。
「お告げは__読み取りにくいですが、森、薄闇、そして足跡でしょうか」
「…………」
これまでと異なり、そんな記憶にはまるで覚えがなかった。いや……違う。キーワードを並べてみると、脳裏に何らかのイメージが浮かび上がってくる感覚があった。今までずっと封印されていた記録映像が、突然再生を開始したかのように。だがあまりにも画像が乱れすぎていて、内容が分からない。もっと記憶を鮮明にしなければ。思い出そうとした辰真は、激しい頭痛に襲われた。
「っ……!」
顔をしかめる辰真の額にシェセンが掌を当てると、痛みが急速に和らいでいく。
「ごめんなさい、私の注意不足でした。今の記憶は忘れましょう」
「ああ……分かった」
申し訳なさそうに口をつぐんでしまうシェセン。しかし、彼女の占星術の信用性はもはや疑いようがない。
「なら今度は、将来を視てもらえないか?」
「構いません。ですが貴方の場合、未来視がやや難しいかもしれません。まず、これが大学入学頃のホロスコープです」
星座盤の回転が加速し、巻き戻しをする前の段階で止まる。やはり表面のあちこちに、黒い点のような物が頻繁に発生している。
「そして、これが現在のもの」
ホロスコープが回転するにつれ黒い点は増殖し続け、遂には星座盤の6割以上が黒で塗り潰され、天体の確認がかなり難しくなってきた所で回転が止まった。
「この黒いのは一体?」
「占星術用語で虫食い穴、または単に穴などと呼ばれる存在です。繰り返しになりますが、占星術とは過去の天体の動きを元に将来を予測する占術です。その性質上、異次元や外宇宙等の要素が絡むと途端に占断が難しくなります。そしてこの揺木市は、世界的にも有数の異次元事件が頻発する地域。この土地で今まで視てきた人々のホロスコープにも、平均以上の数の穴が発生していました。しかしここまで多いのは貴方が初めてですね。特に今年の春以降、虫食い穴の発生頻度が飛躍的に上がっています」
「そうか……」
まあ確かに、アベラント事件に本格的に関わるようになったのは今年の春以降である。いったい幾つの事件に巻き込まれたのか、もはや数えきれない程だ。
「じゃあやっぱり、難しい?」
「はい。今視ていますが、長期的な未来視はかなり困難と言わざるを得ません」
シェセンはホロスコープを再度回転させているが、回せば回すほど黒い面積が増え、8割近くが塗り潰されている有様だ。
「残念なことに、近年は異次元事件の増加のせいで未来が視えないことが多くなっています。一族の歴史でも稀な現象です。それにしても、ここまで暗いのは珍しいですが。流石は異次元事件の専門家、世に言う「探索者」なだけの事はありますね」
褒められているのか呆れられているのか、いまいち判断に困る。
「ですが、ごく短期的なものであれば貴方の未来視も可能です」
「そうなのか?」
「ええ。これから数時間程度であれば、かなり高精度に星のお告げを読み取ることができます。私も自分の運勢はよく視ていますよ。残念ながら確実な予言というわけではありませんが……グノーミーの時のように」
「なら、そのキーワードを教えてくれないか?」
「分かりました」
シェセンは再び水晶玉を凝視して、辰真には見えない文字の読み取りを開始する。
「かなり見えにくいですが解読します。古代の魚、重力、そして塔……え?これはひょっとして」
その時、辰真のスマホに突然着信があった。通話に出ると、よく知った声が耳に飛び込んでくる。
「もしもし、森島くんですか?すぐ来てください。異次元生物が出現しました!」




