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第35話 太陽が来た 2/4

 30分後、辰真達は揺木市民プールを訪れていた。市役所や警察署などが集結する揺木地区の外れにある、揺木体育会館。そこに付属する本プールは年中無休で、室内プールが3本ほどある他にも夏の期間中は屋外の大型プールが解放される。やや大型のウォータースライダーも付属しており、小学生以下の揺木市民には絶大な人気を誇っている。夏の時期以外はさほど混雑していない場所だが、ここ数日の酷暑の影響か、野外プールは当然のように解放されており、真夏の時期かと見紛うほどに客でごった返していた。水着に着替えた辰真がプールサイドで待っていると、やがて月美達2人が姿を現す。


「お待たせしました!」

「タツマー!」

 月美はセパレートタイプの黄色い水着を着用している。彼女らしくアクティブで健康的な印象ではあるが、眼鏡の代わりに度入りのサングラスを着用していることもあり、普段の彼女とは少し違う色気がほのかに感じられ、ちょっと心が揺さぶられる。

 一方のメリアはマリンブルーのワンピースタイプかと思いきや、下半身に大きく布を巻きつけたパレオスタイルだ。元々のエキゾチックな風貌に加え、髪飾りにハイビスカスを差していたりもして圧倒的な南国感を漂わせている。


「さあ、どうですか森島くん?感想は?」

「あ、ああ。とっても似合ってるぞ……2人とも」

 プールサイドの中で、2人がいる一角だけ光り輝いてるように見える。こういう雰囲気に慣れてない辰真は、急に居心地が悪くなってきた。本当に俺はここに居てもいいのか?……とりあえず後でマークには詫びておくか。


「じゃーん、こんなのもレンタルしてきちゃいました!」

 月美が取り出したのは、人間が複数人乗れそうな大きさのイカダ型フロートだ。

「さあ、早速使ってみましょう!」

 まず一泳ぎしてくると言って25mプールに向かったメリアを見送ると、辰真と月美は屋外の大型プールに向かった。プールにイカダを浮かべると、早速月美が上に寝転がる。

「森島くん、引っ張ってみてください!」

「分かったよ」

 辰真がロープでイカダを牽引していく。このプールは不規則に波が起こるギミックがあり、フロートも波に押し上げられて左右に大きく揺れているが、イカダがバランスを崩すことはなかった。

「凄いですよ森島くん、こんなに揺れてるのに落ちません!」

「俺も乗せてくれよ。引っ張ってるだけじゃ疲れる」

「じゃあ一緒に乗ります?」

 月美がフロートの上で身体を起こし、辰真に手を伸ばす。その手を取った瞬間、イカダのバランスが決壊して転覆し、月美はプールに勢いよく落下した。

「もー、やってくれましたね!」

 ずぶ濡れになった月美が辰真に水をかけてくる。

「おいやめろって」

「やめませーん!ほらっ」

「やったな?」


 はしゃぎながら辰真としばらく水をかけ合った後、月美はプールから上がって別の方角を指差す。

「じゃあ次は、あっち行きましょう!」

 指差した先にあるのはウォータースライダーだ。全高は5mほどで何度も曲がりくねっており、市営プールにしては割と気合が入った代物だ。

「あれ、昔から苦手だったんだよな……」

「大丈夫です。克服できるように協力してあげますから!」

 そう言うと月美は辰真を無理やりスライダーの方角に引っ張って行くのだった。


「う、うわぁぁぁぁ!」

 スライダーに座らせられた辰真の背中を月美が勢いよく押すと、彼の身体は水流によりぐんぐん加速しながら落下していく。数瞬後には視界の向こうに水の壁が現れ、そのまま水面下へと叩き落とされる。

「はぁ、はぁ……」

 もがきながらも水面へと浮上してきた辰真の背中に向かって、後続の月美が流星のように突っ込んできた。

「森島くん、どいてくださーい!」

「!?」

 プールの水面が爆破されたかのような水飛沫が立ち、辰真はもう一度水底へと叩き込まれた。


 その後、五周ほどスライダーをループさせられてヘロヘロになった辰真は、プールの下部すれすれを泳いで月美の目をやり過ごすことにした。水面付近は多くの客で賑わう大プールだが、2mも下がれば人の姿も無い。暗い水色に染まった視界の中、窓から差し込む太陽光が床に反射して煌めいている。月美に見つからないよう、潜水艦のように静かに進む辰真の眼前に、蒼色の影がスッと現れた。

「!?」

 一瞬人魚かと思ったその影は、よく見るとメリアだった。パレオを尾ビレのようにふわりと広げながら、水中で静止している。そしてメリアは、これまた人魚を思わせる優雅な泳ぎで辰真に接近し、水上へと引き揚げてイカダの上に乗せた。

「タツマ、溺れてないですカ?」

「大丈夫だ、ありがとうな」

 辰真がフロート上で休憩している間も、メリアはプール内をグルグルと遊泳している。その動きは精緻かつ滑らかで、上から見ていても大きな魚が泳いでいるようにしか思えない。

「タツマー!」

 水面に顔を出したメリアが手を振ってくる。立ち泳ぎをしているようだが、上半身を水面に出した状態で完全に静止しているように見える。驚くべき遊泳技術だ。


「あっ!」

 その時、横の方で小さな叫び声が聞こえる。見ると、プールサイドを歩いていた女の子が足をつまずかせ、その拍子に持っていたソフトクリームを放り投げてしまった所だった。売店で買われたばかりのソフトクリームは、大きな放物線を描きながらプールの方角に向かって飛んでいく。

「!!」

 辰真よりも早く、メリアが反応した。即座にプール下に頭を引っ込めると、そのまま泳いでソフトクリームの落下地点へ移動、水落ちする前にコーン部分をキャッチする。そのまま立ち泳ぎ状態で身体を滑るように動かして、ソフトクリームを空中に保ったままプールサイドに移動していく。


「はい、気をつけてくださいネ」

「うん!ありがとうお姉ちゃん」

 ソフトを取り戻してもらった子供がお礼を言って立ち去った後、メリアはそのままイカダの所まで戻ってくる。

「凄いなメリア、やっぱ泳ぎが得意なんだな」

「そんなことないですヨ。ホームではもっとジョウズな人がたくさんいます」

 流石はポリネシアの民族、泳ぎの技術は一流のようだ。

「でも本当に凄いよ。俺もそういう風に泳いでみたい」


「カンタンですヨ。タツマもやってみましょう」

 そう言うとメリアは、いきなりフロートをひっくり返してタツマをプールに落とす。

「え?」

「このまま、脚をまっすぐにしてくださいネ。ワタシが支えてあげますから」

「いや、ちょ、ちょっと待った」

 辰真の焦りをよそに、メリアは彼の脚を押さえて立ち泳ぎの姿勢にさせようとする。いや、それは構わないのだが、この体勢だと身体が密着しそうであまりよろしくない気が……


「ストーップ!」

 その時、プールサイドから物言いが入った。と言っても、声の主は監視員ではなく月美である。

「森島くん、探しましたよ!さあ、次はあの飛び込み台に行きましょう」

 月美が指差したのは、室内プールの上方にせり出している飛び込み台。こちらも高さ5mくらいの所にある。

「いや、あれはちょっと……」

「タツマ、もう少しでアンテイするですネ」

「駄目です、こっちに来てください!」


 プールに入ってきて辰真を引き剥がそうとする月美と、身体を支え続けるメリア。傍目には2人で辰真を取り合っているように見えなくもないが、あんまり嬉しさは感じない。体は痛いし、さっきから周囲の視線がだんだん冷たくなってきているような……


 その時である。彼らがいたプールの中心に、空から何かが落下してきたのは。それは隕石のように垂直に水面に激突し、大きな水飛沫を巻き起こした。そしてその直後、プール周辺は急速に熱気に包まれ始めたのである。


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