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第34話 マイクロスコーピック・ジャーニー 5/5

〜幽幻蝶モルフォ・オルゴノス登場〜


 やがて決意を固めた月美は立ち上がり、壁を真っ直ぐ見上げる。寄生虫の集団は既に崖の上にまで到達しており、壁を伝って降下を始めようとしている。

「森島くんは、壁沿いでじっとしててください。すぐに戻ってきますから」

「お、おい稲川?一体何を__」

 月美は返事をせず、上方を見つめる。複数の脚と鋭いアゴを持つ巨大な寄生虫が、大挙してこちらへと向かって来るのが見える。正直、怖いなんてもんじゃない。いつも通り脚はガクガクに震えている。それでも、やらなければならない。さあ、踏み出せ!


 月美は自分の太腿を何回か強めに叩き、深呼吸する。そして、何度目かの深呼吸を終えた後、力の限りジャンプした。

「えーーーーーーい!」


 どこか懐かしい浮遊感に全身が包まれた後、月美は空中でゆっくりと眼を開いた。そして確認する。自分が、身長よりも遥かに高い位置にまで跳び上がっている事を。

「よしっ!!」

 先ほど壁から落下した時に感じた懐かしい感覚。それは、無重力とも言い換えられるほどに軽快な浮遊感だった。ミクロの世界では重力に異変が生じるのか、異次元の力が作用しているのかは不明だが、ここでは通常の数倍の飛距離をジャンプすることができる。それは、月美が先ほどから密かに組み立てていた仮説であった。そしてその仮説は、これ以上ないほどのタイミングで証明されたのである。


 だが、ジャンプはあくまで第一関門、作戦はこれからだ。月美はひとっ飛びで崖の上にまで到着すると、寄生虫達を避けて華麗に着地、即座に再び跳び上がる。まるで月面を散歩する宇宙飛行士のように軽々と、迫り来る虫の群れの間を縫うようにジャンプで進んでいく。巨大寄生虫の何匹かとは接触しそうなほどに接近していたが、一歩を踏み出した今となっては、これまでのような恐怖はあまり感じなかった。いやむしろ、よく見ると意外と可愛いかもしれない。他と同じ異次元生物だというのに、どうして今まで毛嫌いしてきたんだろう。


「さてと」

 円形広場まで戻ってきた月美は、天井から生える鍾乳石のような柱を見つめる。目指す相手はあの中だ。まだ元気だといいんだけど。月美は一息で柱までジャンプすると、そのまま穴から柱内部に侵入した。柱内側の底の方には、虫達が周囲から集めてきたと思われる微生物の死体や鉱石類が積み重なっていたが、その中に幻の蝶ことモルフォ・オルゴノスもいた。まだ生きているようだが、羽の上にキューブが重石のように乗っているために身動きが取れないらしい。

「待っててください、今助けてあげますから!」

 月美は羽の上からキューブを取り外すと、そのままモルフォ蝶を両手で抱え上げる。まだ飛行能力が復活していないモルフォ蝶は、特に抵抗することもなく大人しい。そのまま高くジャンプし、柱の外に飛び出す月美。脱走者である彼女達を捕らえようと集まり始めた虫達を小ジャンプで避けつつ、来た道を戻っていく。


 例の崖を一発で飛び降りた月美は、そのまま辰真の方へと駆け寄り片手を伸ばす。

「森島くん、行きますよ!」

「へ?」

 月美はそのまま辰真の襟首を掴み、反対側の手でモルフォ蝶を抱えたままジャンプを繰り返し、コロニーの外部へと飛び出した。

「脱出ー!」

「うわあああぁぁ!」


 月美は四角く区切られた大地へと華麗に着地。辰真を地面に下ろすと、彼の胸の上あたりにモルフォ蝶を掲げるようにする。蝶は丸まった口吻を辰真の方へと伸ばしていく。吻の先が辰真に触れるか触れないかくらいの距離まで来た時点で、彼の体から青い光が浮き上がり、そのまま液体のように口吻へと吸い込まれていくのが見えた。

「これは……」

「モルフォ・オルゴノスがオルゴンを吸い取ってくれているんです。もう少しの辛抱ですよ!」


 やがて辰真の体から光が出てこなくなると、彼の体はゆっくりと振動を始める。続いて月美も、蝶の口吻に自らの掌を押し付ける。

「さあ、わたしの分も」

 数分後、オルゴンエネルギーを腹一杯吸い込んだモルフォ蝶は、満足したように空へと飛び立った。美しい翅を羽ばたかせ、光の粒子を振り撒いて飛び回る蝶の背後で、2つの人影がコロニーを圧倒するほどのスケールで際限なく巨大化していくのが見えた。



 数十分後。研究室の軒下で、元のサイズに戻っている所を発見された月美達は、先生と袋田に異次元ミクロ世界の冒険の報告を行っていた。極小世界の巨大建築と、その主である異次元寄生虫、更にはモルフォ・オルゴノス。いずれも貴重な報告ばかりであり、異中研による異次元微生物学研究の発展に大きく寄与することが見込まれた。報告したのは主に月美だったが、彼女の語り口は生き生きとしていて、つい先ほどまで抱いていたはずの虫型生物への恐怖感など微塵も感じさせなかった。また警察署からも、例の社員の男とビジネスケースを確保したという連絡が来た。男を引き渡した外国人女性によると、彼はFantastic Voyage社の研究員であり、縮小装置と探索装置の交換を要求しているらしい。


「森島くん、今回は本当に、ありがとうございました!」

 先生達が男との交渉に向かい、研究室を後にした後、月美は改めて辰真に感謝の言葉を述べていた。

「いや今回については、俺が礼を言う方だろ」

「いえいえ!森島くんのお陰でトラウマを乗り越えることができたんですよ。もうこれからは、どんな異次元生物が出てきても大丈夫!わたしに任せてください」

「そ、そうか」

 今回の事件は彼らにとって完全に想定外だったが、結果として月美は虫への恐怖を克服したらしい。同時に辰真からしても、月美が命懸けで自分のことを助けてくれた事で、改めて彼女を信頼できるようになったのは大きな収穫と言えた。もちろん、そんなことは口に出しては言わないが。


「足の怪我も数日で完治する見込みで良かったですね!本当に。……」

 月美が途中で言葉を濁し、会話が不自然に途切れる。辰真は察知した。彼女には話たい事柄がまだあるが、それを口に出せずにいることを。

「……森島くん」

「うん?」

「一つ、思い出したことがあるんです__この前の事件で」

「この前って言うと、異世界に行った時の?」

「はい……覚えてます?あの時、遺跡の一番奥に、何かがいたのを」

「ああ。影みたいな形で、はっきりとは見えなかったけどな」

「わたしは見ました。一瞬だけでしたけど、今なら思い出すことができます」

 月美はゆっくりと、それの外観を語り始める。

「あいつは、全身が昆虫とか甲殻類みたいな殻に覆われていました。そして、その殻は銀色に鈍く輝いていた。その印象から、わたしはあいつのことを巨大な虫か何かだと思い込んだんです。それで、記憶の底に沈めていたんでしょう。でも今、あいつの全体的なシルエットを思い出して分かったんです。あいつは多分、節足動物じゃない」

「……つまり?」

「巨大な翼と、すらっとした胴体。細長い首に2本の角。間違いないです。あいつは異世界の、ドラゴンの一種ですよ」


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