第34話 マイクロスコーピック・ジャーニー 3/5
辰真と月美は光の粒子を黙々と辿っていく。その間に、周囲に薄っすらと霧が漂い始めていく。彼らが気付いた時には、ミクロの世界は大きく変貌を遂げていた。白い巨岩(実は砂粒)が転がっている砂浜のような様相から一変して、地面からは凹凸が消え、薄紫色の平らな床石が広がっている歩きやすい空間に。よく見ると床石は正方形の形に区切られており、人工的に四角いタイルが一面に敷き詰められたかのような、幾何学的な風景になっている。
「どうなってるんだ。まさか誰かがこんな所を整備したのか?」
「違うと思いますよ。あれ見てください」
月美が遠方を指さす。そこには床石と同じ色の立方体が多数積み上げられ、山のような地形を形作っていた。どうやら地面の正方形も、この立方体の一部であるようだ。
「たぶん、ここはもう異次元のミクロ世界なんです。この辺りにある石は、何らかの異次元エネルギーの影響下にあるせいで綺麗な立方体になってるんだと思います」
「なるほど……流石は異次元世界、想像を超えていくな」
正方形のキューブが形成するなだらかな山脈が、地平線の彼方まで遥かに続いている。そして、モルフォ蝶の残滓である光の鱗粉が、登山ルートを示すかのように斜面に沿って山を登り、そのまま裏側へと伸びていた。
「行ってみましょう!」
2人は体長の半分ほどの大きさのキューブの山をよじ登り、モルフォ蝶の追跡を開始した。
紫色に染められた無機質な世界で、大きな起伏のある地形を進んでいく。前によく似た体験をした事を嫌でも思い出させられる工程だったが、辰真はそれを記憶の底へと沈めてしまった。やがて2人は稜線上へと到達。斜面に遮られていた山の裏側の景色が目に飛び込んで来た瞬間、彼らの動きは完全に停止した。
斜面を下っていった光の帯は、ある地点から急に上昇を始め、背後にある巨大な柱のような物体の内部へと姿を消していた。その長大さたるや、先端が上空に吸い込まれて視認できない程だ。この柱も多数の立方体で構成されているようだが、ところどころに歪な曲線がある円柱形で、あまり幾何学的な印象は感じられない。むしろその歪さは、何らかの意思の介在を感じさせた。
「……これは」
接近するにつれ、建造物の細部が明らかになってくる。それは無数の円柱が1箇所に集結したかのような形状で、表面のあちこちに入り口らしき穴が開いている。直感だが、内部に複数のトンネルが走っていて、入り口同士が繋がっているのではないか。そして鱗粉の痕跡は、柱の一際大きな開口部の中に吸い込まれていた。モルフォ蝶を追ってここに侵入するのは、大きな危険を伴うかもしれない。辰真は半ば確信していた。この建造物は、ミクロ世界の異次元生物が建造した、極小の超巨大コロニーに違いない。
ミクロの異次元空間に聳える巨大な柱状の建築物。無造作に積み上がった紫色のキューブで構成されたその壁面を登攀する、2人の小人の姿があった。
「稲川、大丈夫か?入り口まではもう少しだ」
「ありがとうございます、でもこれくらい平気ですよ。早いとこ登ってしまいましょう」
辰真と月美は、モルフォ蝶が残した光の帯を追って建物の中腹の開口部を目指している所だった。壁面は60度ほどの傾斜だったため、登攀にそこまで体力を消耗する訳ではなかったが、開口部自体が彼らの現在の体長の10倍くらいの高さの場所にあったため、かなりの緊張感を強いられていた。
しかし幸いにも、ここを作ったであろう異次元生物達は辰真達の接近にまるで気付いていないようであった。特に危険に遭遇することもなく、2人は開口部へと到達、コロニー内部への侵入を果たす。
「ここは……」
彼らの予想通り、開口部はそのまま大きなトンネルとなって、巣穴の奥へと伸びていた。そしてモルフォ蝶の鱗粉も、通路の中央を通って奥へと消えている。
「あれ、一体どこまで続いてるんだろうな」
「モルフォ・オルゴノスの移動の跡だとすると、モルフォ蝶もこの先にいるって事ですよね。ひょっとしてここが住処なんでしょうか?」
「いや、さすがに蝶の住居にしては大きすぎるだろ。他の生き物が作ったんじゃないか?そんな場所に何の用があるのかは分からないが」
2人は言葉を交わしながら、ゆっくりと通路を進み始める。
トンネル内には目立った障害物や異次元生物は見当たらなかったが、一箇所だけ通路の半分が壁に阻まれていて、先に進むには崖を乗り越えるようにして進む必要がある場所があった。今回は体長の3倍くらいの高さではあるが、2人は掴めそうなブロックを慎重に探し、一歩ずつ登攀を始める。じりじりとした空気の中、先に登っていた辰真の掌がようやく崖の縁に届いたのと同じ頃、斜め下方にいた月美が足場にしていたブロックの一つがガクンと傾いた。そして、辰真が崖の上に這い登ろうとしたその時、そのブロックは壁から外れ、月美諸共に落下した。
「!!」
崖の上に到達して安堵したのも束の間、背後の落下音を聞いた辰真は慌てて後ろを振り返る。しかし、崖下にはブロックが転がっているだけで月美の姿は無かった。
「稲川?」
混乱する辰真。その真横から声がする。
「森島くん、わたしは大丈夫です!」
横を見ると、崖の縁にしがみついている月美の姿があった。今しがた落下音がした筈なのに、何故?
「いつの間に移動したんだ?」
「わたしにも良く分かりません……気付いたらここにいました。でもあの感覚、どこかで体験したような……」




