第33話 1/80計画(アンティッシュ・プロジェクト) 3/4
「まさか、こんな事が起きるとは……」
ここは揺木大学奥の城崎研究室。雑多に物が置かれたテーブルの中央に、手のひらサイズのフィギュアのような物体が2つ置いてあった。否、よく見るとそれは人形ではなく、生きている2人の人間である。スマホが使用不能になる寸前に、どうにか城崎教授にメッセージを送り、持ってきた虫籠に入れられて救出されたのだ。
「僕も業界に関わって長いけど、実例を見るのは初めてだよ。君は?」
テーブル脇で2人を見下ろしている城崎教授が顔を右に向ける。そこにいたのは、特災消防隊兼異中研所属の袋田だった。
「いやー、僕も初めてです。異次元エネルギーで人間を縮小する理論があるってのは噂に聞いてたけど、陰謀論レベルの話だと思ってました」
『オルゴンエネルギーを使ったんですよ!そうに決まってます!』
テーブル上の月美がぶんぶんと腕を振ると、上記の音声が先生の持つ波動通信機から流れる。先生達と辰真達は現在、通信機を通して言葉を交わしていた。回収されたライト型の機械には大きさを元に戻す機能は無さそうだったので、ひとまず通信機の一つを小型化したのである。
「うーん、たしかにオルゴンが生物の形態変化に影響を及ぼすって仮説は昔からあるけど、正直眉唾ものだと思ってた。でも、この資料を信じるなら、やっぱり本当だったのかな」
袋田が、手にしている一枚の紙に目をやる。それは公園の入り口辺りに落ちていた機密らしき書類を翻訳したものだったが、どうもその書類は例の怪しい社員がケースと一緒に落としていったものらしい。その紙の一行目には「1/80計画(又の名をアンティッシュ・プロジェクト)と書かれており、その後にはオルゴンを使用した異次元装置により人間を縮小する旨の計画が記されていた。
「この計画によると、将来の人口増加問題を解決するために、世界中の人間を片っ端から1/80サイズに縮小するらしいね。つまり身長160cmなら2cm、その辺のアリと同じくらいの大きさ。今の君達もちょうど2cm前後だ」
「確か、オルゴンを専門に研究しているという噂が流れている民間会社があったはずだ。森島君とぶつかったのは、その会社の社員だったんだろう」
「そいつが使ってたスーツケースが、僕の使ってたやつと偶然同じだったって事ですか?なんて紛らわしい!お陰で新型の探知機まで行方不明だよ」
「落ち着くんだ袋田君。警察署の方に捜索依頼を出しておいたから、その男も探知機もすぐに見つかるはずさ。知っての通り、揺木市には異中研から異次元装置が多数貸与されてるからね」
「こういう時のための探知機なんだけどな……あ、ちょっと写真撮っていい?」
袋田が持参していたデジカメでテーブル上の写真を俯瞰で撮り始める。辰真達からすると、巨大なレンズを向けられるのは威圧感が感じられ、あまりいい気分ではない。小人や妖精が人間社会に連れて来られ、見せ物にされる話を映画などでたまに見るが、その境遇に同情できるようになってしまった。
『先生、俺達はいつ元に戻れるんです?』
「装置の分析がまだだから、あくまで憶測だけど、君達が縮小してしまったのはオルゴンエネルギーを過剰に浴びせられてしまったのが原因だろう。だとすれば、時間が経ってエネルギーが切れれば自然に元に戻れる筈だ。もちろん機械の解析が終わるか、社員の男が捕まれば、もっと早く戻れるだろう。でも念のため、しばらくそこで大人しくしてた方がいいと思うよ」
『はあ』
辰真は周囲を見回す。テーブルの上には、相変わらず古い資料やらマグカップやらアウトドア用品やらが雑多に積み重ねられ、この視点で見るとちょっとした迷宮のような状態だ。こんな事になるなら、普段からもう少し掃除しとくんだった。ともかく、不用意に動き回らない方がいいのは間違いなさそうだ。
「それにしても気になるのは、さっき話に出たモルフォ蝶だな」
『モルフォ・オルゴノスですか?』
「ああ。君達も知っての通り、この蝶は人間が巨大化したり縮小したりする事件が発生すると度々目撃される。今まではこの蝶が事件を引き起こしているのではと言われていたが、今回の事件の原因は明らかに人為的なものだ。つまり、幻の蝶は別の目的で事件現場に現れるのではないか?そんな気がしてきた」
『例えば、オルゴンエネルギーに惹かれて飛んでくる……とか?』
「僕も同じことを考えていた。モルフォ蝶自体の大きさも可変のようだしね。前の目撃記録では、全長1m前後だったんだが」
『俺達がさっき見たやつもその位だった筈ですけど』
「君達は既に小型サイズになっていた事を忘れてはいけない。つまり実際の身長は2cmだったんだから、モルフォ蝶の大きさは1cm前後という事になる」
『あ、確かに』
言われてみればそうだ。1mと1cmでは流石に大きさが違いすぎる。ということは、モルフォ蝶も自分の大きさを変えることができるのだろうか。
「ともかく、モルフォ蝶がオルゴンエネルギーに引き寄せられるのなら、再び君達の前に現れる可能性は高い。注意しておいてくれ」
ひとまず今後の方針が決まり、一同の気が緩みかけたその時だった。予想だにしない事態が、室内の一行を襲ったのは。突如として、研究室内のあらゆる物が轟音と共に揺さぶられ始める。




