第32話 オーロラエッグ・スクランブル 4/5
辰真達4人は、状況を整理するために小型バンの中に戻っていた。運転席に座っている絵理はずっと無言で俯いたままなので、米さんが辰真と月美に問いかける。
「では、さっき起きた事を説明してくれ。君達は一体、何を見たのかね?」
「はい。あの子のおでこの所が急に光ったかと思うと、変な形の模様が浮かび上がったんです。それを見た瞬間、ちょっとのあいだ頭がクラクラしてしまって。森島くんも、同じですよね?」
「ああ、多分綾瀬川さんも同じだと思う。すぐに元に戻らなかっただけで」
「うむ。おそらくだが、その模様とやらには人の精神に作用し、暗示をかけやすくするような効力があったのだろうな。咄嗟に地面に伏せて正解だった。君達に効果が薄かった理由は謎だが……それで、具体的にどんな形だったのか覚えているかね?」
「ええと……」
月美が思い出そうとする横で、辰真も記憶を巡らせる。意識が濁る前の僅かな時間ではあったが、模様自体は視認している筈だ。確か、あれは……
「眼の模様、だった気がする」
辰真の呟きに、月美も反応する。
「そうだ、そうですよ!あの子、おでこに第3の眼が浮かんでました!いや、本物の眼じゃなくて模様ですけど」
そう、いまや辰真の記憶もはっきりと蘇っていた。あの少女の額に、光るラインで描かれた「第3の眼」が浮かび上がるのを。
「第3の眼か…………なるほど、正体が分かったかもしれん。だとすると対策は__」
米さんはそう言うと、背負っていた大型のバッグを開けて熱心に中を漁り始める。
「確かこの辺に__あった!」
彼がバッグの奥底から引っ張り出したのは、親指くらいのサイズの小瓶だった。瓶の中には、青く光沢のある薄い欠片のような物体が何枚か入っている。どこかで見たことがある気もするが……
「米さん、それは?」
彼は無言でその瓶を、隣に座る絵理の前方、ちょうど視線が当たる位置へと差し出す。そして数秒後、絵理は突然上体を跳ね起こした。
「え?わ、私は……一体何を?」
「それじゃあ米さん、解説をお願いします」
絵理が落ち着くのを待った後、一同は米さんから改めて事態を説明してもらうことになった。
「順を追って説明しよう。まず重要なのは、姫がどうやって綾瀬川女史に暗示をかけたのかと言う点だ。これについては然程難しくはない。一瞬で人を催眠状態にさせ、暗示をかけるなんて芸当は、一般人にはまず不可能。彼女はエスパー、すなわち超能力者だったのだよ。米軍には超能力者を集めた特殊部隊が存在すると聞くし、ああいう業界ならばエスパーが働いていても全く不思議ではない」
米さんの態度があまりにも自信満々な上、辰真達は実際に体験したばかりということもあり、その意見に異議を唱える者はいなかった。
「だが、超能力と言っても千差万別。能力の特定は容易な話ではない。しかし幸運なことに、今回は稲川君達のおかげである程度の絞り込みができた。そう、額に浮かび上がった「第3の眼」こそが姫の能力に違いない!」
「「第3の眼」とは、人間の額の中央に存在するとされる特殊な感覚器の事だ。近年では松果体という脳の器官に関連付けられているが、この概念そのものは遥かな昔から存在し、神智学を始めとする世界各地のオカルト研究分野において重要なものとされている。この眼が開眼することによって、様々な特殊能力が発現すると言う。例えば、全てを見通す力。悟りへと至るための力。そしてある時は、異なる世界へと接続するための力」
「様々な特殊能力……ね」
「第3の眼の概念の起源は、古代インド哲学におけるヨガの思想であると言われている。ヨガの一派であるハタ・ヨーガの教えによると、人体にはチャクラと呼ばれる生命エネルギーの場が7つ存在する。このチャクラを通して体内にエネルギーを巡らせるために行者達は様々な姿勢で修行に励むわけだが、このうちの6番目、アジナと呼ばれるチャクラこそが額の真ん中に位置するのだ。だが、チャクラにも更なる源流が存在する。それこそがインド神話の神々。ヒンドゥー教3主神の一柱であるシヴァは、その額の第3の眼が開く時、世界中を焼き尽くすと言われている!」
「ちょっと待ってください、シヴァって……!」
「気付いたかね。そう、先ほど姫は「シヴァの力を見せてあげる」と言っていた。最初に会った時もインド神話の話をしていた事からも、彼女がインドと深い関係にある可能性は高い。……長くなってしまったが、ここまでの話をまとめると、アトランティスの姫ことイェルナは、第3の眼を開眼させたサイキックだ。それも、神話の時代まで遡るほどに、極めて強力なっ!」
「ほ、ほんとですかー!?」
米さんの考察は明らかに途中から暴走していたが、今までの事象を完璧に説明できるのも事実だった。だが、それでもまだ謎は残っている。
「あの子の力の正体については分かりましたけど、結局それは、今の話とどう関係するんですか?」
そう言いながら辰真が指さしたのは、米さんが持つ小瓶に入った青い欠片だった。そう、今の説明には、絵理が正気を取り戻した理由が入っていない。
「もちろん、忘れてはいないさ。姫の能力を見破った後、僕は即座に、何か弱点がないか考えた。どんなに強力な超能力であっても、必ずどこかに弱点はある。特に神話や伝承に起源がある場合、その中に弱点のヒントがある、なんてのはよくある話だからね。それで今回の場合だが、インド神話にはナーガと呼ばれる蛇神の一族が登場する。ナーガは神々の敵だったり味方だったりするのだが、ある時ヴァースキという名のナーガが毒を吐き出し、シヴァがその毒を飲み込んで世界を救ったと言うエピソードがある。だが、その影響でシヴァの喉は青く変色してしまったのだ。この話を思い出し、僕は閃いた。すなわち、蛇に関係するアイテムであれば姫の力を無効化できるのではないか?とね」
「え?じゃあそれって、まさか……!」
月美が何かに気付いたように息を呑む。同時に辰真も、青い欠片の正体を悟った。彼ら、そして米さんに縁のある「ヘビ」と言えば、心当たりは一つしかない。
「それ、ハリノコのウロコだったんですね」
ツチノコによく似た外見を持ち、ワームホールを利用した巣を作る異次元生物、次元遁蛇ハリノコ。そのウロコは、確かに鮮やかな青色だった。
「事件が解決した後、武道場に落ちていたウロコを密かに回収していたのだよ。何かの役に立つと思ってね。……こんなにクリティカルに役立つとは思わなかったが」
「私が回復したのがそのウロコのおかげなのは分かったわ」
説明を黙って聞いていた絵理がここで口を挟む。
「それがあれば洗脳に対抗できるのもね。でも、それっぽっちじゃ卵を取り戻すのには不安じゃない?」
「え、卵を取り返す気なんですか?」
「当然でしょ!あれは私達が先に見つけたんだから」
「うむ、僕も同じことを考えていた。そしてご指摘の通り、ウロコ数枚だけで第3の眼に対抗するのは難しいだろう。何故か催眠が効きにくいらしい稲川君達はともかく、我々は返り討ちに遭うのがオチだ」
「わたしと森島くんだけじゃ多勢に無勢ですね……」
「どこかで本物のヘビか、蛇属性のアイテムをもっと集めてくれば、一度に奴らを無力化できるかもしれん。あの黒服達も姫に操られている可能性が高いからな。もっとも、卵が孵化するまでに蛇アイテムをかき集められればの話だが」
そう、卵を奪還できる可能性は見えてきたが、それが実行できるのかは別の話だ。この周辺で短時間でヘビを捕獲したり、蛇関連のアイテムを集めるなんて、到底現実的では__
「できるわよ」
はっきりと言い切ったのは絵理だった。
「絵理さん、でもどうやって?」
「これでも地方紙の記者だから、この辺りにどんな店があって何を売ってるかくらい把握してるわ」
そう言うと彼女は、不敵な笑みを浮かべる。
「姫だか何だか知らないけど、今に見てなさい。ローカルメディアを甘く見ないことね」




