第32話 オーロラエッグ・スクランブル 1/5
揺木市駅ビル一階の喫茶店(チェーン店)。揺木の地域紙である「揺木日報」の社会部記者である綾瀬川絵理は、今日も新たな記事を執筆するため、地域情報の収集に勤しんでいた。
ここ数ヶ月のアベラント事件急増によって、社内の雰囲気も徐々に変わってきた。最近は異次元関係の記事が一面を飾ることも珍しくなく、揺木日報の柱の一つになりつつある。そして絵理の場合、独自の取材の他に月美達からレポートを回してもらっていたりするので、記事のネタには事欠かない状況だった。そう、辰真などの知らぬ間に、彼らの出くわした数々のアベラント事件の顛末は多くの市民に知られる状態となっていたのである。もちろん記事だけでなく、動画作りも手を抜いていない。今では動画の投稿先も会社のHPから大手動画サイトへと移行し、投稿の度に揺木市内でちょっとした話題になるほどの人気を獲得するようになっていた。当初は異次元事件に理解を示さなかったデスクも、今では市に馴染んだのか態度を180度変え、「もっと動画を撮ってきなさいよ」と要求してきている。総合的に見て、彼女の仕事は順調と言えた。
ただ最近、絵理には気になる事があった。投稿先を変えてから気付いたのだが、動画が話題になるのは決まって市内だけで、市外からの反応はほぼゼロに等しいほど皆無なのだった。言うまでもないが、大手動画サイトはインターネットを介して全世界に繋がっている。マイナーな地方メディアのチャンネルと言えど、世界中の物好きなネット住人達にスルーされ続けているという状況はどうにも不自然だ。
そういえば以前、城崎先生が「日本政府はアベラント事件の存在を公に認めていない」と言っていた。確かに政府や地方自治体が異次元騒ぎについて発言したのは聞いたことがないし、特災消防隊にも度重なる取材要請を全て断られている。でも考えてみれば、そんな程度で市外の人々の認知をコントロールすることができるのだろうか。毎週のように怪事件が起きる揺木市内の状況に大手マスコミが食いつかず、自分達のような地方メディアかオカルト系雑誌(例えば「アトランティス」のような)の独壇場となっているのは、改めて考えると不自然と言わざるを得ない。マスコミという人種をよく分かっている絵理にしてみれば、尚更そう思えた。
ひょっとすると、この件の裏には何か大きな力が働いているのではないだろうか?人々の記憶のみならず、電子上の記録情報までも自在に制御するような、予想を超えた力が__そんな陰謀論めいたことを考えながら情報収集を進めていた絵理の視線が、あるサイトで止まった。アマチュアサイト「揺木怪奇事件情報局」に、いかにも妖しい虹色の光の目撃情報が複数寄せられていたのである。
揺木市東部、響台地区の外れにある小学校の廃校舎。その横に広がる、かつては校庭だった広い空き地の真上で、現在奇妙な現象が起こりつつあった。突如として空中に裂け目が現れ、虹色の光を地上へと振り撒き始めたのである。この裂け目は、少し前にここで動きを止めるまで揺木の上空をあちこち移動しており、「怪奇事件情報局」に寄せられた場所の情報も錯綜していた。そのため、光を追ってこの場所を探り当てるのは至難の業だったのだが、絵理は持ち前の行動力と情報収集能力を生かし、どうにかこの場所に辿り着くことに成功。そして、校庭には約2名ほどの先客もいた。
「あ、絵理さん!お久しぶりです!」
「どーも」
現場に一番乗りしていたのは、彼女の情報元でもある城崎研究室の学生コンビ、稲川月美と森島辰真だった。ここ最近はしばらく会っていなかったが、噂によると合宿先の波崎市でも大々的に時間に巻き込まれていたらしい。
「二人とも元気そうね。波崎はどうだったの?」
「いやーもう、いつもの3倍くらいスゴかったですよ!後でレポートお送りしますね。絵理さんの方は何か面白い事件とかありました?」
「そうねぇ、先週先生が東京とか名古屋に事件調査に行った時は追跡取材したりしてたけど、動画にするほどの大物は無かったわね。というかここ(揺木市)の事件が異常なだけなんだけど」
「ちょっと待った、城崎先生ってそんなによく出張調査してるんですか?」
「森島くん、知らなかったんですか?先生は異次元社会学のプロですから、全国の自治体からこっそり調査依頼が来てるんですよ。特に最近は依頼も増えてますし」
「それで俺達を放置気味なのか……」
「さあ、そんなことより今は目の前の事件に集中よ。あの光の正体、いったい何なのか知ってる?」
「その質問には僕が回答しよう!」
突如として会話に割り込む第4の声。驚く3人の眼前に校舎の中から姿を表したのは、案山子のような体型に迷彩服を着た不審な男だった。
「あなたは確か、月美ちゃん達の先輩の__」
「そう、YRKの元代表にして、あなたも愛読の「怪奇事件情報局」の管理人の米澤法二郎とは僕のことさ」
「……後で長時間取材させてもらっても?」
「もちろん構わないが、報酬として僕を動画にだね__」
「そんな事より米さん、あの光の正体知ってるんですよね?」
話がどんどん脱線しそうだったので、辰真が無理やり話題を戻す。
「おお、そうだった。あの虹色の光はおそらく、伝説の「虹の卵」に関係するものだろう。後でドローンを飛ばしてみるつもりだが、もうすぐ裂け目から「虹の卵」が落ちてくるはずだ。いや、今は正式名称があるんだったな。確か……」
米さんが名前を思い出そうとしていたその時、異次元の裂け目から漏れ出る虹色の光が一際強く輝く。一同が視線を集める中、裂け目を通って球形の物体が姿を現す。
「あれは……」
「出たぞ、確保だ!」
辰真達が裂け目に近づく間に、その物体は音もなく地面へと着地していた。スイカ程の大きさの、楕円形のシルエットを持つ球体。表面はメタリックブルーだが、光の加減によって七色に見え、まさに「虹の卵」と言うに相応しい見た目だった。一番先に辿り着いた月美が、両手で卵を抱え上げる。
「あ、意外と軽いですね!」
「動かないで、今写真撮るから」
「早く僕にも触らせてくれたまえ」
卵を囲んでわいわい騒ぎ始めた一行だったが、その平穏はすぐに破られることとなった。突如として校庭に、場違いな騒音が響き渡る。同時に周囲に突風が吹き荒れ、巻き上げられた砂埃によって視界は真っ白に染まる。その場にいた4人は思わず耳を塞いでしゃがみ込むが、やがて重々しい着地音と共に、騒音と突風はぴたりと止まった。砂埃が晴れた後、彼らの視界に飛び込んできたのは、校庭の中央に着陸した巨大な銀色の輸送ヘリコプターの姿であった。
「!?」
絶句する辰真達の眼前でヘリコプターの後部ハッチが開き、斜めに接地して搭乗口となる。そこから降りてきたのは、一様にサングラスと黒いジャケットを着用した、いかにも怪しい男達だった。総勢1ダースほどの男達が地面に降りた後、最後に小さな人影が機内から姿を現す。ハッチの上で腕組みしているのは、紫色のドレススーツを着た金髪美女、いや美少女だった。辰真達を見下ろしながら、彼女は高らかに宣言する。
「Good Day、迷走者の皆さん!今からこの地域一帯は、アトランティスの指揮下に入るわ」




