第31話 揺木市防災訓練記録 〜SOS薄明山〜 5/5
一方の教授や職員達は、テントから逃れてムベンベの後方へと避難していた。車体の影からペトロスを観察しつつ、教授とドクター、そして学生達は対策について話し合っていた。
「白い核、見えませんね。完全に胴体に埋まってるんでしょうか」
「そうだね。行動パターンは見えてきたから、地面に引きずり下ろして表面を削っていくしかない。さっきと同じように」
「いや、待ってください先生」
「何だい?」
「あいつ、そもそも地面から出て来た時点で胴体が白かった気がします、攻撃される前から」
「うーん、確かに初めて見た時から白い部分ありましたね。でも、地中から出てくる時に崩れてしまったのかもしれませんよ」
「それはそうだが、なんか気になるんだよな」
「ふむ。その場合、考えられるのは……」
辰真の指摘を受けて考え込んだ先生は、ソルニアス教授に質問を投げかける。
「ドクター、岩石生命体の中で、赤いコアが必ず心臓の部分、それも体表に露出している種類がいますよね」
「いるな。だが、ペトロスには当てはまらないだろう」
「ですが、ペトロスにも同様の法則があるとしたら?つまり、コアの一部を必ず体表に露出しているという法則が」
「なるほど、なかなかユニークな仮説だ。それが正しければ、奴の体表のどこかが必ず白くなっているというわけか」
「森島くん、スコープ持ってますよね。コアを見つけられますか?」
「やってみるけど、この位置からじゃ正直見にくいし距離ありすぎるぞ」
「じゃ、もっと近くに行きましょう!」
「は?」
「大丈夫です、石が飛んできたら教えてあげますから」
月美は辰真を引きずってムベンベの影から出て行ってしまう。
「なかなかアクティブな教え子達だね」
「まあ、観察は彼らに任せましょう」
城崎教授は無線に向き直り、消防隊に呼びかける。
「ペトロスの上方から攻撃を仕掛けてください。恐らく奴は降下してきます。今までの動きからしても、他の岩石生命体の記録から見ても、10m以上の浮遊は困難なはず」
教授の無線を受けた駒井司令は、直ちに部下に指示を飛ばす。
「なるほど。袋田、上空から奴を脅してやれ」
「了解!今度はこれだ、ハンマー・ラダー!」
メインラダーをハンマー形態に変形させた袋田は、ラダーを敢えて斜めの角度、ペトロスのやや上方辺りの位置に調節して伸ばしていく。そして、横向きに薙ぎ払うように怪獣に向けてハンマーを放った。
円弧を描きながら迫り来る鉄槌を避けるため、ペトロスは回避行動を取る。その方角は、彼らの予想通り真下だった。
「今だ!」
司令の合図と同時に、待機していた2本のロボットアームがペトロスへと伸びる。高見と時島によって操られる2本の鉄腕は、高度を落としたペトロスの両脚をがっちりと掴んだ。
「よし!そのまま離すなよ。後はコアを発見できれば」
その時を狙ったかのようなタイミングで、学生達から通信が入る。
『見つけました!向かって左側の首の天辺から、白い核が見えてますっ』
「よし、では我々で、核を直接攻撃する」
「了解!……でもどうやって?」
時島の疑問はもっともだった。脚を掴んで動きを封じているとしても、ハンマーやロケットパンチで核を正確に狙い撃つのはかなり難しい。たとえ彼らが乗ってきたのがクリッターであっても、そんな繊細な操作は不可能だろう。だが、隊長は高らかに宣言した。
「袋田、梯子を元に戻し、左側の首まで伸ばせ。手作業で核を除去するぞ」
「なるほど、それは確かにムベンベにしかできませんね!」
さっそく服田はラダーを変形させ、元の姿、すなわち先端にバスケットが付いた姿へと戻す。
「よし、じゃあ俺が__」
「待て」
屋上へ上がろうとする高見を司令が制する。
「高見、お前はサブラダーで怪物の足止めに集中してくれ。時島もだ。梯子には私が乗る」
「でも隊長」
「これが一番効率的だ。今ある資源で何とかするしかない、だろ?」
そう言うと、駒井司令は自ら屋上へ上がり、ラダーの先端のバスケットに乗り込んだ。
ムベンベ内外の人々が固唾を呑んで見守る中、メインラダーは上空10m付近までその身を伸ばす。先端のバスケットは、動きを封じられたペトロスの頭部を見下ろせるほどの位置で停止した。白い核は既に視認可能だったが、ペトロスも静止しているわけではないため、確実に攻撃できるとは言い難い。とはいえこれ以上の接近も危険だ。だがバスケット内の駒井司令は、決然とした表情を崩さず、床に置いていた物体を担ぎ上げた。
オレンジと白で塗装されたその武器は、特災消防隊専用アクアランチャー「ウモッカ」であった。司令は怪物の頭部、白い核部分に狙いを定め、ウモッカのトリガーを引く。射出された水の砲弾は、コアを構成する曲面に見事に着弾し風穴を開ける。核に損傷を受けると同時に、ペトロスは急に動きを止め、少しの間けいれんするかのように震えた後、結合の力を失ったのかバラバラの石片になって地面に崩れ落ちた。核であった白い球体も、落下の衝撃で完全に2つに割れてしまい、そのまま動かなくなった。
ペトロスの駆除が確認された後、ムベンベから降りてきた隊員達を、ソルニアス教授が拍手しながら迎えた。
「ブラボー!見事なペトロス退治だった。素晴らしい物が見られて感動しているよ」
駒井司令はそれには反応しなかったが、ドクターの額に巻かれた包帯に気付いて言った。
「怪我をされたのですか?すぐに手当ての者を呼びます」
「いや、このバンデージは昔から巻いているんだ。つまらない事故で作った、醜い傷痕さ」
時は流れ、夕刻。揺木市の総合防災訓練は、紆余曲折を経ながらも全てのプログラムを何とか完了させ、閉会式にまで辿り着いていた。開会式同様、揺木消防署のグラウンドに整列した参加者の中で、霧島市長が講評を行おうとしていた。普段は無口な市長が重々しく口を開く。
「揺木消防署、揺木警察署の皆さん。総合防災訓練の開催、お疲れ様でした。多少のトラブルはありましたが、訓練を成功裏に終えられたことを嬉しく思います。ご存知の通り、この揺木市では想定外の災害が他の自治体に比べて非常に多く、今後も更に増加することが予想されています。ですが、どれだけ重大な災害が起きようとも、皆さんの知識と機転があれば必ず乗り越えることができる。今回の訓練を見て、私はそう確信しました。今後とも、揺木市の防災へのご協力をお願いします」
講評を終えた市長が敬礼をすると、それに対応して参加者達も一斉に敬礼を返す。特災消防隊を始めとする消防署員、そして市役所職員や警察署員。今回の訓練は、結果だけ見れば彼らの結束を高める事となった。だが、ごく少数のメンバーは、市長が口にした、「重大な災害」という言葉に妙な懸念を覚えていた。その内の1人である高見は、城崎研究室メンバーの隣で微笑を浮かべながら閉会式を見守っているドクターをちらりと見た。……いや、気にしすぎだろう。彼は視線を戻すと共に、懸念を頭から振り払う。そう遠くない将来、それが予想の数倍のスケールで実体化する事も知らずに。




