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第30話 廻れよカメ 3/4

〜時空廻亀グノーミー登場〜


 9:00 AM


 辰真は左腕の腕時計を見て、溜め息をつく。ほぼ同じタイミングで、右手に握られていたエネルギー帯はサラサラと粒子化して消えていった。朝の9時。辰真は見ての通り登校中だったが、つい10分前までは布団の中にいた。彼の住む学生寮は大学正門の隣、ここから徒歩5分くらいの所に建っている。試験当日なのに今まで無勉強だった事もあり、流石に授業のない午前中くらいは勉強しようかと思い研究室に向かったのだ。まあ結局その後は研究室で二度寝してしまった訳で、振り返ってみると賢い策とは言えなかったのだが……いや、主観的にはともかく、客観的には未来の時系列になるのだから、「振り返る」という言い回しはおかしいのだろうか。今まで時間移動などしたことなかったから、どうにも感覚が分からない。


 そんな事を考えていると、月美から電話がかかってきた。

「もしもし森島くんですか?朝になっちゃいましたね」

「ああ。そっちは大丈夫か?」

「はい!また図書館の同じ席に戻されましたけど……それより、シェセンさん見ませんでした?」

「電話したらどうだ?さっき連絡先交換したし……って、ダメなのか」

「そうなんです。スマホは時を遡れませんでした」

 そこで辰真も気付いた。シェセンの連絡先を登録したのは11時頃。2時間前のスマホには、当然記録は入っていない。仕方がないので月美と合流後にシェセンを捜索したのだが、大学敷地外にまで戻されていたシェセンとの再合流にはしばらくかかった。


「お告げが来ました。霧深き広場、異界の森、天から生える植物……どの場所を指しているのか分かりますか?」

「これ、多分あっちだろうな」

 辰真が東の方角を指差し、月美も頷く。

「はい。運動場ですよね」

 かつてアベラントエリアと接続し、特災消防隊が異次元植物シレフレータと死闘を演じた揺木中央公園の運動場。揺木街道を挟んで大学の反対側にあるが、大学の端からであれば移動に5分もかからないため、運動系の部活・サークルはこちらを利用することも多い。朝早くの時間帯はグノーミーもまだ大学敷地内に入っていなかったようだ。

「早速行ってみましょう!」


 グノーミーを探して街道を乗り越えた一行を待ち受けていたのは、運動場の周辺を霧が覆いつくしている、以前とよく似た光景だった。

「だいぶ霧が出てますね。アベラントエリアができてたのかも」

「ええ、グノーミーはこの付近から出現したのでしょう。周囲を探してみましょう」

 しかし、霧の中で自分達が迷わないようにしながら異次元生物を探すのは至難の業だった。


「なあ、もっと正確な場所を占うことはできないのか?」

「占星術は天体の位置を元に将来の事象を読み取る技術です。その性質上、外界からの干渉があると精度が落ちるのです」

「はあ」

 だとすると、アベラント事件においては占星術もあまり信頼できないのかもしれない。

「あ!あっちに居ましたよ、怪しい影が」

「よし、静かに後を尾けるぞ」

 だが結局、霧の中を自在に泳ぐグノーミーに追いつくことはできず彼らは標的を見失ってしまった。


 10:30 AM


「畳敷きの部屋、飛び跳ねる蛇、瞬く星空……?」

「武道場だな」

 困惑するシェセンを横目に、一瞬で場所を特定した辰真は一足先に武道場の偵察に向かった。体育館に併設されたこの建物は、かつてハリノコと呼ばれるツチノコ型の異次元生物が出現した場所でもある。土間から靴を脱いで廊下に上がり、襖を開け放つと、畳敷きの部屋の隅の方に黒い影が浮遊しているのが見えた。しかし、グノーミーは丁度移動を開始する所だったらしく、近くの窓から外へと姿を消す。


「逃げられたか」

 追いかけようとする辰真に、入り口脇の小部屋から出てきた人物が声をかける。

「あれ、森島さんですか?」

「里中主将か、どうも」

 それは合気道部主将の里中藍子だった。武道の腕だけではなく気、すなわちオーラ(=波動エネルギー)の扱いにも長けており、ハリノコ事件の時には大いに世話になった。

「また怪奇事件の捜査ですか」

「まあな。ちょっと邪魔させてもらったけど、武道場は心配ない」

「それは良かった。でも、困った事があれば何でも協力します。今や体連の殆どの団体は合気道部の傘下ですから」

「主将が言うと冗談に聞こえないな……」


 里中主将と話していると、外から月美とシェセンの声が聞こえてきた。

「森島くーん、どうでした?」

「グノーミーは見つかったのですか?」

 それを聞くなり辰真は武道場を飛び出す。

「えっ森島さん?」

「敬語キャラ3人は不味い……俺は席を外させてもらう!」


 12:00 PM


 辰真達は武道場から裏手の山へと逃走したグノーミーをしばらく追跡していたが、結局見失ってしまった。体力を消耗した一行は捜索を一旦中断し、食堂で休憩することにした。テラス席で本日2度目の昼食をとる辰真と月美。一方のシェセンは食事を注文せず優雅に紅茶を啜っていたが、その直前にスプーン山盛りの量の砂糖を投入していた。エジプトではポピュラーな飲み方らしい。


「そう言えば、もうすぐ試験が始まるけど、どうする?」

「うーん、やっぱりグノーミー捕獲を優先すべきじゃないですか?残念ですが、単位一つくらいなら落としてもなんとかなりますよ」

「…………」

 そりゃ月美のような優等生なら平気だろうが、毎期単位がカツカツの辰真にとっては死活問題になりかねない。できれば試験前に手を打ちたいところだが……


「ところでグノーミーですが、どうやら此方に接近しているようです」

 水晶玉を眺めていたシェセンが告げる。辰真達が周囲をキョロキョロと見回すと、体育館の方角の空高くに黒い点が浮遊しているのが見えた。

「あれは、確かにグノーミーだな」

 辰真がスコープ越しに確認する中、宙をかき分けるように泳ぐ大亀の姿は少しずつ大きくなる。明らかに辰真達の方角に向かってきている……いや正確には、食堂ではなく第一校舎の方角に進んでいるように見えた。そういえば最初に会った時、と言っても試験中なので今よりも時間軸としては後の話だが、グノーミーは第一校舎の中庭に居た。ということは、これから亀は中庭に向かうのかもしれない。そうだとすれば__


「…………」

 辰真は何を考えたのか、グノーミーに向かって走り出した。

「森島くん!?」

 そして、亀の真下あたりに到着するや否や、懐からある物を取り出して高く掲げた。師匠である城崎教授に倣ってアベラント事件対策に持ち歩いている発煙筒だ。点火された発煙筒から派手な色の煙が放出し、周囲の学生達の注目を集めながら天へと立ち上っていく。そしてその煙がグノーミーに接触した瞬間、亀は再び時の巻き戻しを発動させた。


 10:30 AM


 揺木大学西部、大学正門付近に設置された小さな広場。小さなオブジェを囲むようにベンチが置かれたこの場所は、学生達にとっては格好の待ち合わせ場所になっている。風変わりな気球のような形をしたオブジェは、初代学長がかつて目撃した光景を美術家に再現させた物と言われているが、具体的に何を示しているのかは誰にも分からなかった。ただ、このオブジェに願を掛けると試験に通りやすくなるという出所不明の噂が学生達の間で広まっていたため、この時期は熱心に像を拝んでいる学生も多い。


 単位のためにオブジェに縋る学生達に混ざって、辰真達3人の姿も広場にあった。再び時を戻されたらここに集合するよう、事前に打ち合わせていたのである。

「それで森島くん、どうしてさっきはあんな事をしたんですか?」

「ちょっと確認したい事があったんだよ。なあシェセン」

 シェセンはオブジェの方を向いたままで、辰真の呼びかけに応えない。

「volagel……」


「シェセン?」

「ああ、すみません。何ですか?」

「時を巻き戻した後でも、グノーミーの行動は変わらないのか?確かこの時間は、武道場の辺りに居たと思うが」

「時を戻されたとしても、その記憶が無ければ、全ての生物は全く同じ行動を繰り返します。ですが、グノーミーは当然ながら記憶があるので、捕まらないように以前とは違う行動をしている筈です。現に、最初に時を戻された頃のこの時間にはグノーミーは図書館付近にいました」

「まあな。でも、最初にあいつが確認された時点、13時頃にいたのは第一校舎の中庭だ。そして、ついさっきもあの亀は第一校舎に向かおうとしていた。多分、中庭にな」

「た、確かにそうですよ!でも、なんで二回も中庭に?」

「中庭に、グノーミーを惹きつける何かがある……ということですか?」

「予想だが、確かめてみる価値はあると思う」


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